〘過去〙との決別、ありがとう
「どうしたの?」
後ろから突然声を掛けられて
私は、思わず振り向いた。
そこには
マックを買って帰ってきた
旦那が立っていた。
「う……あ、おかえり
ありがとね……」
それだけ言うのが、精一杯だった。
旦那は、私が泣いていることに
少し驚いたようだった。
でも……
私の手にある資料を見て
察したのだろう。
「落ち着いたら、リビング来な」
それだけ言うと
旦那は、和室の扉を静かに閉めて
二階へ、息子を呼びに行った。
(……ごめん)
心の中で
そう、小さく呟く。
そして私は
もう一度、資料へ視線を戻した。
一枚
また、一枚と
最後までめくり終えたあと
私は、当時のことを
改めて思い出していた。
辛かった記憶だけじゃない。
前の会社へ入った頃から
丁寧に
丁寧に
記憶を辿っていく。
楽しかった時も、確かにあった。
嬉しかった時も、確かにあった。
お客様に怒られてしまって
落ち込んだ日もあった。
初めて
お客様窓口へ入った日。
お客様からの
〘ありがとう〙が胸に染みた日。
本当に
たくさんのことがあった。
私は、毎日毎日
必死に駆けずり回っていたのだ。
でも、今……
過去を思い出して
そこへ囚われ続けるわけには、いかない。
私は、前へ進くと決めたのだ。
今の仕事を
最後まで、ちゃんとやり切りたい。
そして、いつか
前の会社でのことも
少し微笑みながら
思い出せるくらいには
自分の中で
消化していきたい。
そう私は、自分で決めたのだ。
私は……
もう一度だけ
資料を、パラパラとめくった。
そして、ギュッと抱き締める。
「……ありがとう、ございました」
そう、小さく呟いて
私は立ち上がった。
二階へ上がり
ゴミ袋を手に取る。
(……………………)
捨てる。
そのつもりでいる。
でも……
中々、手が動かなかった。
(止まらないって、決めたんでしょ
前へ……進もう!)
そう、自分へ言い聞かせるように
私は、資料をゴミ袋へ入れた。
その瞬間
…何故か少しだけ
息が上がっていた。
「……これでよかったって思える日が
きっと来る」
「大丈夫」
そう独り言を呟きながら
私は、ゴミ袋の口を縛る。
そして……
外のゴミ袋置き場へ入れた。
泣いていたことが
息子にバレないように
私は、少しだけ
車の中で休憩をした。
深呼吸をして
涙の跡を拭いて
「あー!お腹空いた!
母ちゃんのマック食べてないだろうね!?」
そう、わざと明るい声を出しながら
私は、リビングへ戻った。
その日のマックは……
例えるなら
胸に詰まっていたものが、スッと取れて
食べ物が、喉を
スルスルと流れていくような
そんな感じだった。
いつもより少し、しょっぱくて。
でも……いつもより
ずっと、美味しかった。




