退職を伝えて、少し痛んだ心
『食ったら、動け』の友人と
会った日から、しばらく月日が流れた。
そして……ある日の朝。
「おはようございます
すみません……少しお話があるのですが
本日、お時間いただけますでしょうか?」
私は、上司へ挨拶をしながら
声をかけた。
直属の上司は
少し驚いたような顔をして
「……分かりました
ただ、今日は物量が多いので
仕事が終わったあとでも、大丈夫ですか?」
そう答えた。
「はい、大丈夫です
忙しい日に、すみません」
そう頭を下げて
私は、現場へ入った。
そして、その日は本当に忙しかった。
全ての仕事が終わった頃には
時計は、19時近くを指していた。
片付けを終えて
私は、事務所へ向かう。
すると、直属の上司が
待っていてくれた。
「お疲れ様でした
こちらへ、どうぞ」
そう促され
私は、会議室へ入った。
向かい合う形で
私たちは椅子へ座った。
「お時間取っていただいて
ありがとうございます
早速、本題に入らせていただくのですが……」
一度、深呼吸をする。
そして
「今年いっぱいで
辞めさせていただきたいです」
そう言って
私は、頭を下げた。
でも、直属の上司は
何も言わなかった。
ただ、黙ったまま
じっと、私を見つめている。
しばらく
静かな沈黙だけが流れた。
そして
「……理由を聞いても、いいですか?」
直属の上司は
真剣な表情のまま、そう聞いた。
「はい……家庭の話にはなるのですが」
そう前置きをして
私は、理由を説明し始めた。
説明をしている間
直属の上司は
ずっと、静かに頷きながら
話を聞いてくれていた。
そして
「……以上になります」
そこまで話してから
私は、一度言葉を止める。
「でも……
誤解しないで、いただきたいのですが
仕事は……楽しいんです」
そう言うと
直属の上司は、ニコッと笑った。
「ありがとうございます
大丈夫ですよ
一生懸命頑張ってくださってるのは
よく分かっていますから」
そこまで言ってから
直属の上司は、少しだけ
何かを言いたそうな
でも、我慢したような顔をした。
そして
「……分かりました
では、今年いっぱいということで
あと七ヶ月ほどですが、よろしくお願いします」
そう言って、直属の上司は
頭を下げてくれた。
「本当に申し訳ありません
それで……、申し訳ないついでに
一つ、お願いがあります
私が辞める話は、ギリギリまで
皆さんには黙っていていただきたいです」
そう言うと、直属の上司は
少し不思議そうな顔をした。
「それは構いませんが……
理由を聞いても大丈夫ですか?」
「……あまり騒がれたくないのと
被害妄想かもしれないんですけど……
〘アイツどうせ辞めるから〙って
仕事を教えてもらえなくなるのが嫌だなって」
物流の仕事は
日々、扱う商品が変わる。
そのたびに
入れ方や、扱い方も変わっていく。
もちろん、現場の上司が朝礼などで
サラッと説明はしてくれる。
でも、実際に現場で扱ってみると
教わった通りに いかないことも多かった。
そんな時は
村長みたいな立場の人や
周りの古株パートさんたちへ聞く。
癖は強くても
そういう嫌がらせをする人たちじゃない。
頭では、ちゃんと分かっている。
でも……なんとなく
〘教えてくれなくなるんじゃないか〙
そんな不安があった。
「うーん……なるほど」
直属の上司は
少し考えるように頷いた。
「心配ないとは思いますが……分かりました
ギリギリまで、言わないようにします」
そして
「……他に、何かありますか?」
そう聞いてくれた。
「いえ、それだけです
まだ先ですが……
最後まで、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
そう言って、私は席を立ち
最後にもう一度頭を下げて
会議室を出た。
(……はああああ……緊張したわ~……)
長く息を吐きながら、廊下を歩く。
(でも……
引き留められなかったな)
そう思った時
少しだけ…
胸の奥が、チクリとした。




