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地獄の「既読」、あるいはデバッグ不能な朝

ピピッ、ピピッ、ピピッ。





「……う、あ……」


アラームの音が、ツチヤ(49)の割れるような頭に響く。


喉は砂漠のように乾き、胃の奥には純米大吟醸の残滓が重く居座っている。

右肩の五十肩は、昨日無理にマウスを振り回した報いで、火を噴くような熱を持っていた。


「俺……昨日、何した……?」


記憶の断片が、泥水の中から浮かび上がる。

仕事のストレス。宮川の罵倒。サキちゃんの優しさ。

そして、自分を勇者だと思い込んでスマホを操作した指先。


ツチヤは震える手で、枕元のスマホを掴んだ。

画面を点灯させた瞬間、彼は呼吸を止めた。

通知欄に並ぶ、戦慄のログ。


【SNS:サキ様から1件の新着メッセージ】



【ゲーム:ヒトミから1件の新着メッセージ】




【ゲーム:ジュジュから3件の新着メッセージ】





「……ひっ、……あ、ああ……」


ツチヤは冷や汗を流しながら、まずSNSを開いた。

そこには、自分が送った最悪の言葉が残っていた。


『今夜、俺の城へ来いよ。お前を、俺の腕の中で眠らせてやる』


対する、サキちゃんからの返信は――。

『ツチヤさん……。これ、お酒、入ってますよね……? 少し、びっくりしました。……また会社で、お話ししましょう』


(死にたい。今すぐ死んで、デバッグ不能なバグとして消え去りたい……!)


絶望に打ちひしがれながら、次にゲーム画面を開く。

ヒトミからの返信は一言。


『ふふ、騎士様。そのお誘い……高くつきますよ? 覚悟しておいてくださいね(はあと)』


直後、ツチヤの脳裏に、スマホを見てニヤつく宮川の顔が過ぎった。


(……高い、つく……? 課金か? 宮川のボーナスか!?)


さらに、追い打ちをかけるようにジュジュからのメッセージが並ぶ。


『しゃけ様ぁ! さっきの最高! ジュジュ、本気で会いに行っちゃうよ?』


『ところで、しゃけ様。最近の病院代、すっごく高くて困ってるんだ……』


『ねえ、助けてくれるよね……?』


「……っ……」


無邪気な癒やし枠だったはずのジュジュの言葉に、剥き出しの「欲」が混じっている。


ゲームの中では隠していた、欲深な看護師の「本性」が、ツチヤの失態に食いついてきたのだ。


「……何なんだよ、これ……。俺、何やってんだよ……」


否定の涙が、パジャマの襟元を濡らす。

三つのセカイは、もはや美しいパッチワークではない。


互いに喰らい合い、ツチヤという一人の男を八つ裂きにしようとする化け物と化していた。


「……会社、……行きたくねえ……」


だが、行かなければ「しゃけ」を維持するリソース(金)が手に入らない。


ツチヤは這いずるようにしてスーツを着込み、湿布を貼り、鏡の中の「死体のようなおっさん」に無理やりネクタイを締めた。


駅のホーム、電車を待つツチヤのスマホが再び震える。


宮川からの業務連絡(という名の嫌がらせ)だ。


『ツチヤ。昨日残したバグのせいでサキさんが困ってるぞ。早く来い、ゴミ。あと、今日はお前に面白い「プレゼント」があるから楽しみにしとけよ』


不吉な予感。


夢の中の勇者はどこにもいない。


いるのは、自分が撒いた「しっちゃかめっちゃか」の種に、首を絞められる寸前のツチヤだけだった。

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