純米大吟醸の暴走、あるいは聖域の崩壊
「……おいツチヤ。お前、昨日の修正箇所、また先祖返りさせてんじゃねえか。お前の頭はハローワークの検索機以下か? 死ねよマジで、今すぐ消えろ」
午前。宮川の怒号がオフィスに響き渡る。ツチヤ(49)は、マウスを握る右手の震えを必死に抑え、ただ画面を凝視した。
(死ね……宮川。死ね、死ね、死ね……。お前がそのスマホを弄ってる間に、俺の寿命は削られてるんだ……)
いつもの呪詛。だが今日は、連日の深夜残業で心がひび割れていた。
ツチヤは逃げるようにスマホを開く。画面の中では、二人のヒロインが彼を迎える。
『騎士様、お疲れ様です。……ふふ、辛い時は私を頼ってくださいね?』
清楚な美少女・ヒトミからのメッセージ。直後、宮川が「……っし、ボーナス上乗せ」と独り言を漏らす。ツチヤは「考えたくない」と強く目を閉じた。
一方、ジュジュは今日も無邪気だ。
『しゃけ様ぁ! 無理しちゃダメだよ? ジュジュ、いつでもここで待ってるからねっ!』
(ジュジュ……。お前だけが、俺を搾取しない本当の天使だ……)
だがツチヤは知らない。この「ジュジュ」の背後にいるのが、現実では患者の財布の厚みを冷徹に見極める、欲深な看護師であることを。ゲーム内では完璧に「癒やし」を演じる彼女もまた、ツチヤの精神を蝕む「毒」の一つに過ぎない。
「ツチヤさん……。これ、良かったら」
サキちゃんが、震えるツチヤの手元に栄養ドリンクを置く。
「サキさん……。すみません、情けなくて……」
「いいえ。……私、ツチヤさんの頑張り、ちゃんと見てますから」
サキちゃんのその言葉が、ツチヤのダムを崩した。
その夜、ツチヤは駅前の酒屋で、普段なら絶対に手を出さない**『純米大吟醸』**の四合瓶を買った。安い紙パックではない。数千円もする「本物の酒」だ。
「……あー、美味い……。……サキちゃん……ヒトミ……ジュジュ……」
空き腹に染み渡る高級酒。脳のフィルターが、音を立てて外れていく。
ツチヤは朦朧とした意識でスマホを手に取った。
俺は勇者「しゃけ」だ。最強の騎士だ。サキも、ヒトミも、ジュジュも、俺の城に来ればいい。
「……送って……やる……」
彼は、SNS(現実のサキちゃんのアカウント)と、ゲームのチャット欄の区別がつかなくなっていた。
震える指で打ち込んだのは、夢の中の勇者の言葉。
『今夜、俺の城へ来いよ。お前を、俺の腕の中で眠らせてやる』
送信ボタン。
それが、現実のサキちゃんへ送られたのか。
ネカマ(宮川)疑惑のヒトミへ送られたのか。
欲深な看護師のジュジュへ送られたのか。
確認する間もなく、ツチヤは深い眠り(ログイン)へと落ちていった。
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【勇者しゃけ:強制ログイン】
【夢の境界:完全に消失。……すべてが混ざり合います】
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夢の中。白銀の鎧を纏った『しゃけ』の前に、三人が現れる。
だが、今夜の三人はどこか様子が違った。
「しゃけ様ぁ、お城に来いって言ったのは……私、だけですよね?」
ジュジュが、その瞳の奥に「欲」を滲ませて微笑む。
「いいえ。私にドレスを贈ってくださった騎士様が、私を選ばないはずがないわ」
ヒトミの声に、かすかに宮川の嘲笑が混じった気がした。
そしてサキちゃんの顔をした聖女が、真っ赤な顔をして俺の胸ぐらを掴む。
「ツチヤさん……! あのメッセージ、どういうつもりですかっ!?」
「あ……あはは……。しっちゃかめっちゃか……だな……」
絶頂と絶望が混ざり合う、最悪に幸せな悪夢。
だが、本当の地獄は、翌朝の通知画面から始まる。




