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画面越しの吸血鬼と、二人の女神

「ツチヤ、この前のバグ修正、またデグレしてんじゃねえか。お前の脳味噌は飾りか? 給料泥棒が、死ねよマジで」


午前十時。宮川の怒号が、冷え切ったフロアに突き刺さる。ツチヤ(49)は、マウスを握る右手の震えを隠し、ただパソコンの画面を凝視した。


「……申し訳ありません。すぐ、再修正します」


「すぐ、すぐって……。お前みたいなゴミを置いてやってるサキさんの顔を潰すんじゃねえよ」


宮川はチッと舌打ちをして、自席に戻るとすぐにスマホを取り出し、ニヤニヤしながら高速でフリック入力を始めた。


(死ね……宮川。死ね、死ね、死ね……。お前がそのスマホを弄ってる間に、俺の魂は削られてるんだ……)


ツチヤは心の中で呪詛を吐きながら、こっそりと自分のスマホを開く。画面の中では、二人のヒロインが彼を迎えた。


『騎士様、お疲れ様です。私が癒やしてあげますから、無理しないでくださいね?』


清楚な美少女・ヒトミからの新着メッセージ。

その直後、数メートル先で宮川が「グフッ」と不気味に喉を鳴らして笑った。


まさか、とは思う。だが、ヒトミに課金し、ヒトミから甘い言葉が届くタイミングと、宮川がスマホを弄って悦に浸るタイミングが、最近妙に重なっている気がしてならない。


(……いや、考えすぎだ。ヒトミは聖女だ。あんな汚物なわけがない。……考えたくない。考えないようにしよう……)


ツチヤは思考を封印し、自分を肯定するためだけに、ヒトミの「限定ドレス」に一万円を課金した。その直後、宮川が「……よしっ、ボーナス確定」と独り言を漏らしたのが聞こえたが、ツチヤは必死に耳を塞いだ。


一方、画面の端では、元気いっぱいのジュジュが飛び跳ねている。


『しゃけ様ぁ! お仕事頑張ってるかな? ジュジュはいつでも、ここで待ってるからねっ!』


ジュジュは不思議と、課金を強要してこない。彼女とのやり取りは、ツチヤにとって唯一「吸い上げられない」純粋な癒やしだった。


「ツチヤさん……。宮川さんの言うこと、あまり気にしないでくださいね」


サキちゃんがお茶を置いてくれる。その微かな香りに救われながら、ツチヤは夜を待つ。帰宅路、駅前のスーパーで買った一番安い日本酒を煽り、三つのセカイを混ぜ合わせる。


====================

【勇者しゃけ:ログイン完了】

【夢の境界:増幅。……今夜は、さらなる「しっちゃかめっちゃか」を……】

====================


夢の中。白銀の鎧を纏った『しゃけ』を、ジュジュとヒトミが左右から奪い合う。


「しゃけ様ぁ! 今日は私と一緒に、お花畑へ行きましょうよぉ!」


ジュジュが、現実の疲れを吹き飛ばすような明るさで、俺の胸に飛び込んでくる。


「だめよジュジュ。しゃけ様は私の新しいドレスを褒めてくださるの。ねえ?」


ヒトミが、あの宮川の怒号とは正反対の、鈴を転がすような声で俺の腕に抱きつく。


二人のヒロイン。片方は俺の金を吸い上げる(かもしれない)魔性、片方は俺の心を温めてくれる太陽。

そしてサキちゃんの顔をした聖女が、それを見て少しだけ寂しそうに微笑む。


「……いいですよ、しゃけ様。今夜は、彼女たちと楽しんでください……。私は、あなたの『現実』で待っていますから」


夢の中のサキちゃんの言葉に、一瞬の違和感を覚えながらも、しゃけは快楽の渦へと飛び込んでいく。


疑惑も、呪詛も、五十肩も、すべては酒と夢の彼方へ。


この腕の中のヒトミが、「死ね」と罵るあの男の指先から生まれた「集金装置」かもしれないという恐怖を、ツチヤは深い眠りの中に封じ込めた。

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