96 アルドリット公爵家の動き
チャンピにあるアマハヴァーラ教の神殿は、他の国のそれと比べても非常に控えめだった。
バキラ出身の神殿長ガストーネ・フィネッティは、アンスリウムの大神殿から定期的に送られてくる指示書を見て深いため息をついた。
ここバキラではアマハヴァーラ教の信者はそれほど多くないのだ。
それというのも、以前アマハヴァーラ教の強制懲罰部隊がこの国で大事件を起こしたせいで王国側から嫌われているのだ。
その事を何度報告書にして大神殿に送っても、見ていないか無視されているようだった。
まあ、強制懲罰部隊が大神官直轄なので、大神殿側も事を荒げて大神官の不興を買いたくないというのが本音だろう。
物思いに耽っていたガストーネは、神殿前に馬車が止まった音に気が付いた。
この神殿に馬車で乗り付けて来る者は殆どいないので、その音に興味を持った。
やがて下級神官見習いの子供が顔をだした。
「神殿長、アルドリット公爵家の方が面会に来られました」
公爵家だって?
そんなところから使いが来ること自体、なんだか嫌な予感しかしなかった。
「分かった。直ぐに会おう。談話室に案内してくれ」
「はい、分かりました」
ガストーネは袖に青色の2本線が入った白い神官服を身にまとうと、公爵家の使者が待っている談話室に向かった。
談話室にはバキラ人特有の赤い髪をした身なりの良い若い女性が座っていて、その隣には護衛らしき屈強な男性が立っていた。
「お待たせしました。私が当神殿の神殿長ガストーネ・フィネッティです」
公爵家の女性は私の神官服を見てから、微笑んだ。
「私はアルドリット公爵家の次女ルアーナです。フィネッティ上級神官様、本日は神殿に寄付をしようと参りましたの」
女性がそう言うと、護衛の男がテーブルの上にこの国の通貨であるルドヴィーガ金貨を積み上げていった。
「え、こんなによろしいのですか?」
「はい、それと、実は我が兄を助けるのに協力して頂きたいのです」
ああ、やっぱりひも付きの寄付だったか。
「どういう意味でしょうか?」
「我が兄シリルは恐れ多くも第3王子殿下の誘拐を企むアマハヴァーラ教の偽神官をバキラに呼び込み、まんまとその企みを成就させた罪で、近衛隊に拘束されているのです」
「偽神官?」
「はい、アンスリウム大神殿所属のアリソン下級神官と称しているようです」
ガストーネは偽神官と言われたのでそれを確かめるため見習いを呼ぶと、直ぐにアマハヴァーラ教の神官リストを持ってくるように命じた。
そしてアンスリウム大神殿所属の神官欄を開くと、下級神官の項目に目を走らせた。
「ええっと、リストにはアリソンという名前はありませんね」
「まあ、それでは私の兄が、アンスリウムから態々偽物を連れて来たと言いたいのですか?」
目の前の女性は事実を知っているが私は知らないのかと言っているようで、妙に落ち着かない気分になった。
「えっと、神官リストが毎年発行されますが、それまでの間、新任の者はリストに載らない事もありますね」
「兄の話だと、その方はカルテアに巡行を命じられた新任の神官様だという事でしたよ」
カルテアへの巡行。
それはアンスリウム大神殿が定期的の行っている成功率が極端に低い行事だ。
そんな巡行に手を上げるとしたら、それに見合う飴が無ければ誰も手を上げないだろう。
「その者に会って確かめてみる必要がありますね。その者は今何処に居るのでしょうか?」
「残念ながら、近衛隊に捕まってしまいましたわ」
ガストーネは公爵家から多額の寄付が、偽神官をバキラに連れて来たという嫌疑を晴らすための活動費用だと理解した。
だが、王国側が素直に面会を許可してくれるかどうかは甚だ疑問だった。
それというのもバキラ国王の病を治すために呼ばれた時、治癒魔法がその病に効果がなかったからだ。
それにより元々低かった神殿への信頼が、ほぼなくなったと言っていい状況なのだ。
それでも多額の寄付には、それなりの行動が求められた。
「分かりました。その神官に会えるように王国側に圧力をかけてみましょう。そしてその者が本物の神官だったら解放を要求します。さすれば貴女様の兄上も解放されるでしょう」
ガストーネがそう言うと、目の前の令嬢はにっこりと微笑んだ。
「まあ、なんて素晴らしい提案なのでしょう。私達にとって、きっと良い結果になると期待しておりますわ」
ガストーネは自分の肩に乗った重圧に苦笑いする事しかできなかった。
公爵家の令嬢が馬車に乗って帰って行くと、ガストーネは早速見習いを呼んで強い口調で書いた手紙を王城に届けるように命じた。
やれやれ、王国側はどんな反応をするのやら。
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チャンピにあるアルドリット公爵家では、当主が神殿から戻って来た愛娘から報告を受けていた。
「それでは神殿は動きそうなのだな?」
「はい、お父様、しっかり鼻薬を嗅がせてあげましたから問題ないかと。それで第3王子はどうなったのでしょうか?」
第3王子は正妃が産んだ男児という事もあり、小さい頃から甘やかされ俺様王子になってしまっていた。
第3王子の身分なら莫大な身代金目当てに生かされている可能性もあるが、あの傲慢な性格を嫌がられて熱流砂に落とされて焼け死んでいてもおかしくないのだ。
第3王子派が獣王国を刺激して不測の事態が発生したら、それもこちらのせいにされそうだった。
いずれにしても降りかかった火の粉は払わないと、全ての不都合をこちらに押し付けられてしまうだろう。
それにしても何で第3王子は民間船でタインになんか行ったんだ?
それではまるで捕まえて下さいと言っているようではないか。
「誰かタインにやって、第3王子の行動を調査させる必要があるな」
「はい、私もそう思っておりました。それでも兄様が心配ですね」
「ああ、だが今は神殿からの圧力にどう対応するか様子を見よう。心配には及ばないよ」
当主はそう言って、兄を気遣う愛娘を安心させた。
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近衛隊長ドメニコ・バレージは、神殿長からの手紙を読んで眉間に皺を寄せた。
くそっ、どうして情報が神殿に漏れたのだ?
だが神殿長に騒がれて、第3王子の救出に不都合が生じる事は絶対に阻止しなければならなかった。
仕方がない、ここは宰相に指示を仰ぐとするか。
宰相への面会要請は直ぐに通った。
どうやら宰相の方も、こちらの尋問状況に気をもんでいたようだ。
王城にある宰相の執務室に入ると、そこには宰相の他第1王子も待っていた。
ドメニコはその姿を見て一瞬眉を顰めた。
それというのも第1王子はアルドリット公爵家に好意的とみられているからだ。
「殿下、宰相閣下、こちらが神官を拘束した事を神殿側に気付かれました」
「それで何と言ってきたんだ?」
「捕らえている神官に面会を求めきました」
「返せと言っていたのではないのだな?」
「はい、そうです」
ドメニコは宰相が何故そこを気にするのか分からなかったが、次の一言でそれを理解した。
「成程、それは行幸、時間稼ぎをしている間に王子奪還の段取りを進めてしまおう」
「宰相、それは神殿からの要請は無視するという事か?」
第1王子がそう口を挟むと、宰相はさも当然とばかりに頷いた。
「はい、我々にとっては、第3王子の無事救出が最優先です」
「だが、何故獣人国がその神官が第3王子の身柄と同等の価値があると思うのだ? 近衛隊からの報告ではその神官は偽物なのだろう?」
第1王子の指摘に宰相はそれを肯定するように頷いた。
「その可能性は高いですな。捕まえている神官が本物なら、神殿側は即時解放を求めてくるはずですからな」
「だが、獣人国がそこまで欲しがる相手を、このまま渡してしまってもいいのだろうか?」
第1王子は弟の事が嫌いなのだろうかと思っていると、宰相も同じ気持ちだったようだ。
「殿下は弟君が大事ではないのですか?」
「私が第1に考えるのは国の利益だ。近衛隊長、その神官には獣人国が欲しがる何かが本当にあるのか?」
第1王子にそう問われたドメニコは、全く想定していなかった質問に完全に言葉が詰まっていた。
「えっと、その、エジェオ・オルダーニ殿の証言では、獣王国が探している重要人物だと」
「どういった意味で重要なのだ? 獣王国が欲しがる何かを持っているのか? それとも重要な情報を握っているのか? その者を手放す事で我が王国に不利益をもたらさないのか?」
第1王子にそう畳みかけられたドメニコは、あの小娘はただの旅行者だと思い込んでいた自分に気が付いた。
「いえ、エジェオ・オルダーニ殿が人違いしたのでしょう。何処をどう見てもただの小娘です。そんな力があるとは思えませんし、それを匂わず発言もありませんでした。だいたい青髪青眼なんてモステラでは普通に見かける外見のはずですよ」
ドメニコがそう言うと、それまでやり取りを見守っていた宰相が口を開いた。
「殿下、そのあたりでよろしいのでは? そのような小娘なら、第3王子との身柄交換に使えれば御の字でしょう。王妃陛下も第3王子の安否をとても心配なされておりましたからな」
宰相が言うように、第3王子は正妃の子なのだ。
側室の子である第1王子よりもその命は重い。
第1王子は懇意にしているアルドリット公爵家に気を使っているのだろうが、現王が立太子を決めていない状況では、正妃の実家であるパルヴィス公爵家が権力を握る可能性もまだ残っているのだ。
「外務卿が獣王国に対して交換交渉を行う事は既に決まっております。殿下もご納得いただけますよう」
「ふん、分かっている」




