93 国境の町
大裂孔を越えてバキラの地に足を踏み入れた私は、カーリーの道案内で国境の町であるタインに向かっていた。
いや、正確にはカーリーが先導する方向に向けて歩いているだけと言った方が正しかった。
それというのも熱い砂が風で舞い上がって視界がまったく効かなかいからだ。
カーリーは時折ポケットの中からマジック・アイテムを取り出しては、方向を確かめていた。
私は国境の町を聞いていたので大裂孔を過ぎれば直ぐ現れると思っていたのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。
「ねえ、カーリー、あとどれくらいでたどり着けるの?」
「ああ、もうすぐよ」
だが、目の前に見えるのは風で舞い上げられた砂によって出来た赤い靄だけだった。
これでは、モステラの時と全く同じじゃないの。
そこで危険感知を発動してみると、前方に白い輝点が沢山現れた。
危険感知に反応した白い輝点に向けて歩いているとやがて赤い靄が消え、目の前に町が現れた。
「ここが国境の町タインなのね」
「ええ、そうよ。アリソンちゃん、ようそこバキラへ」
カーリーはいたずらっぽい笑みを浮かべて私に歓迎の意を表していた。
「ふふふ、どうもありがとう」
私がそう応じると、カーリーは直ぐに続けた。
「シリルがチャンピに向かうための段取りをしているはずだから、急いで合流しましょう」
「ええ、分かったわ」
そこで私は足元の異変に気が付いた。
「ねえ、カーリー、足元の地面が固いのだけど、バキラは砂漠じゃなかったの?」
「後でゆっくり説明しようと思っていたけど、人が住める場所はこうした固い地面の上だけよ」
「えっと、砂漠の中に固い地面があるという意味なの?」
「逆ね。固い地面が崩れて砂になり、その砂が熱くなって砂漠になったのよ」
ああ、ギーザ様が正気を失ったから、硬い地面が崩れて砂漠になったという事なのね。
私達がようやくタインの町に到着すると、そこは海があれば小さな漁村って感じだった。
どうやらバキラでは砂漠が海だと思っていれば間違いないらしい。
そして周囲の建物を眺めていると、その形がアリソンが知っている物とは違っていた。
「ねえ、カーリー、建物が円錐形をしているのはどうして?」
「ああ、屋根に砂が積もらないためよ」
「ふうん、生活の知恵みたいなものなのね」
そして町が小さい事もありシリルは直ぐに見つかった。
「やあ、アリソン、チャンピに向かう段取りは済ませてあるから、今日は飯を食って、明日に備えようぜ」
「ええ、そうしましょう」
そしてシリルが手配した宿に入ると、早速私達は食堂に向かった。
モステラでは魔魚の肉が出されたがバキラはどうなのかと思っていたら、色々なものがあった。
「へえ、バキラって食材が豊富なのですね」
私がそう言うと、シリルとカーリーが苦笑いをしていた。
なんだろうと思っていると、カーリーが一品ずつ指さした。
「こっちはバキラ芋の煮物、隣がバキラ芋のサラダ、そしてこっちがバキラ芋の揚げ物、あっちはバキラ芋の焼き芋ね」
「えっ、全部芋なの?」
私が驚くと、シリルが微笑んできた。
「アリソンがバキラの環境を戻してくれたら、もっといろいろな物を食わしてやれるぞ」
ああ、環境の影響なのね。
私達は色々な芋料理の食事を終えて飲み物が運ばれてくると、シリルがテーブルの上におおざっぱな地図を広げた。
地図には縁を囲った部分とそうでない部分に分かれていた。
「縁を囲ってある部分は固い地面があって人が住める場所、そうでない部分は熱流砂だ」
「熱流砂?」
「熱い砂がまるで海流のように移動しているんだ。ここで手配している砂流船はこの熱流砂を越えるための乗り物だよ」
私はタインと書かれてある場所から目的地であるチャンピを見た。
「この地図だと、チャンピまではずっと熱流砂の上を進むことになるのですね」
「ああ、そう言う事になる」
「そして、熱流砂の上は風が吹くと直ぐに砂が舞い上がるから視界が効かなくなるのよ」
カーリーがそう指摘してきた。
「視界が効かなくなると、どうなるのです?」
「収まるまで待機することになるわね」
なるほど、嵐の中に船をだすようなものなのね。
そこで会話が途切れると、隣の席の会話が聞こえて来た。
「それ、本当なのか?」
「最近砂流船の遭難が増えてないか?」
「熱流砂の流れが変わったのかもなぁ」
「いや、獣人の砂賊が出るって噂もあるぞ」
「え、そんなのが出るのか」
ふうん、ユッカではエルフ、モステラはマーメイド、そしてバキラでは獣人が居るのね。
彼らと連絡が取れたら、ギーザ様の居場所に関する情報が得られないかしら?
あ、でも砂賊じゃ、会話にすらならないか。
「ねえ、チャンピには何日で到着するの?」
「ああ、順調にすすめば3日だな」
シリルがそう言うとカーリーが「順調」という部分を聞いて苦笑いしていた。
それは順調に進む方がむしろ珍しいと言う意味なのだろう。
食事を終えて部屋に戻ると、同室のカーリーが声をかけて来た。
「アリソンちゃん、明日は朝早いけど、起きられる?」
「ええ、大神殿でも朝は早かったですし、大丈夫ですよ」
「そう、じゃあ、起こさないけどちゃんと起きてね」
翌朝、カーリーが動き出した気配で起きた私は、直ぐに出発の支度をして食堂に降りた。
そして朝食もやっぱり芋だった。
カーリーは皿の載せられた芋を粉にしてそれを焼いた物に、小皿に入った好みのソースをつけて食べていた。
私もそれに倣って食べていると、シリルがやって来た。
「お、アリソン、随分早起きだな」
「ええ、大神殿でも見習いは一番早く起きて掃除をするのですよ」
「ああ、下っ端って大変だよなぁ」
その言い方には、自分は身分が高いからそんな事はしないと聞こえた。
そして荷物をまとめてシリル達が乗り場と呼ぶ場所にやってくると、そこには桟橋のような通路の両側に大きな虫みたいなものが居た。
それは葉巻のような胴体の両側から、吊り橋の支柱のようなものが沢山ついていた。
「あれ、何です?」
「何って、あれが砂流船だよ」
「船って言うわりには、なんかそれっぽくないですよね」
「そりゃあ、モステラからやって来たらそういう感覚になるのは仕方が無いな。まあ、乗ってみれば分かるよ。早速乗り込もうぜ」
私はシリルに後押しされながら、砂流船の乗り口に行くと、シリルが3人分のチケットを係員に渡していた。
係員がそのチケットを見て、私達に笑顔を見せた。
「砂流船にようこそ。中で係員が席まで案内します。では、良い旅を」
そして案内係に座席まで案内されて座ると、壁側には小さな丸窓があった。
席に座って待っていると、他の席が次第に埋まって来て、出発前には満席近くになった。
「結構、人気があるんですねぇ」
私がそう言うと、カーリーがそれに答えてくれた。
「これ以外に砂漠を渡る手段が無いんですよ」
ああ、確かに馬車では砂漠は渡れないですね。
そして出発を告げる鐘の音が聞こえると、突然自分の体が持ち上がったような感覚があった。
何だろうと丸窓から外を見ると、それまで地面近くにあった視界がかなり高い位置に変っていた。
私が驚いていると、隣のカーリーが教えてくれた。
「折りたたまれていた足が伸びたのよ。熱流砂から離れていた方が熱が伝わってこないから、蒸し暑さがしのげるのよ」
そして窓から砂流船の足を見ると先ほどまで胴体よりも上にあった足の関節部分が窓の外にありその下が地面に向かって細長い足が何本も突き出していた。
「熱流砂に接している部分が大きいと流されてしまうのよ。だから細長い足を何本も使ってその上を移動するの」
ふうん、中々考えられているのね。
そして座席に座ってうたたねしていると、カーリーに揺り起こされた。
「アリソンちゃん、売店で食事を狩って来るけど何か希望はある?」
「えっと、希望といっても全部芋なのですよね?」
「ああ、まあ、そうね」
「それではカーリーと同じものでお願いします」
「ふふ、分かったわ」
そして買ってきてくれたのは芋粉で作ったパンのようなものに、赤いソースが付いていた。
私とカーリーが食事をしていると、周囲が突然暗くなった。
何だろうと窓の外を見ると、赤い靄が広がっていた。
それを見たカーリーも残念そうな声をだした。
「ああ、ここまで順調だったのに残念ね。これでしばらく足止めになるわ」
「砂嵐はどのくらいで収まるのですか?」
「長い時は数日、短い時なら数時間で収まる事もあるわね」
すると係員が客室に現れた。
「お客様、砂嵐が発生しましたので、しばらく停止します」
「こうなったらもう動かないからのんびりしましょう」
カーリーがそう言ってきた。
「でも、止まっている間に砂に埋もれたりしないのですか?」
「ああ、砂流船の胴体部分は地上からかなり上にあるし、円筒形をしているから砂が積もったりしないわよ。それに足は細長いからこちらも問題ないから大丈夫よ」
そしてまる1日無駄にしてから、出発するとやがてまた停止した。
そして慌ただしく走る係員の様子を見て何かあったようだと感じた。
「何かあったようですね」
「ええ、そうね」
カーリーも少し不安そうだった。
そして窓の外を覗くと、その先に擱座した砂流船の姿があった。




