112 愚かな男
タインの町にやって来たシリルとカーリーは、精力的に動いていた。
目的は当然この町にやってきた第3王子の行動を把握する事だった。
最初に向かったのは第3王子が立ち寄った可能性が高い町長の館だった。
タインの町の町長は第3王子に好意的だと聞いていたが、シリルがアルドリット公爵家の名前を出した事で、渋々だろうが対応はしてくれていた。
「まさかタインの町に、アルドリット公爵家が関心を持つとは思いませんでしたな」
「この町に第3王子が訪問したはずですが、こちらに立ち寄られましたか?」
「はて、殿下がこられたなら当然こちらも歓迎の宴を設けますが、そんな話は聞いたことがありませんな」
町長の館を辞すると、それまで黙っていたカーリーが口を開いた。
「おかしいですよね。この町のトップが来訪を知らないなんて事があり得るのでしょうか?」
「ああ、絶対おかしい。考えられるのは第3王子が身分を隠して訪問したか、正妃から口止めされているかのどちらかだろう」
「それじゃあ、証明は難しいですね」
カーリーが正妃と聞いてとても嫌そうな顔になった。
「いや、身分を隠していたなら、そうでもないぞ」
「え、それはどういう意味ですか?」
「あの第3王子が大人しく町を見物していると思うか?」
シリルがそう言うと、カーリーも分かりやすく噴き出していた。
「いえ、それはないですね」
「なら、どこかで問題を起こしている筈だ。それを探すぞ」
「ええ、分かりました」
その後、街中の酒場をはしごしながら情報集めをしていると、場末の酒場で面白い情報をえた。
その店の常連客に酒を奢り、橙色の髪をした男の話をすると、その男が反応したのだ。
「そう言えばそんな髪色の男が騒いでいたな」
「それでその男は何を言っていたんだい?」
「ああ他の酔客達と、どちらが熱砂セーリングが上手いかで言い争っていたぞ」
「なんだい、その、熱砂セーリングって?」
「ああ、楕円形に加工した板に帆を付けたボートに乗って、熱流砂の上を帆走する遊びだよ」
「それって危険じゃないのかい?」
「ああ、だから耐熱スーツを着て、伴走する船を用意するんだ」
シリルはあの王子ならそんな危険な遊びもしそうだなと感じていた。
「その時、言い争っていた相手は分からないかな」
「ああ、アベーレって奴だ。あいつ等なら港の傍にある浜に居るはずだ。よく熱砂セーリングをしているから簡単に分かると思うぜ」
「ありがとう」
シリルは情報をくれた酔客にもう1杯酒を奢ると、カーリーを連れて外に出た。
面白くなってきたな。
「カーリー、港に行くぞ」
「ええ、分かりました」
タインの港に来るとアリソンを連れて来た時の事を思い出していた。
あの時はこれでバキラの地が元に戻ると内心喜んでいたのに、あの馬鹿のせいでバキラの環境は悪化する一方であり、肝心のアリソンは行方不明という最悪の状況だ。
全く持って腹立たしい限りだ。
港にはチャンピ行きの砂流船が1隻、補給船が1隻係留されていて、砂流船からは乗客が降りて来るのを船員達が桟橋で見送り、補給船の方では物資の積み下ろしが行われていた。
「さて、命がけの遊びをするような頭のおかしい連中はいるか?」
「いえ、ここは港ですよ。その頭がおかしい連中は傍の浜だといっていましたよ」
「ああ、そうだったな」
カーリーが指さしたのは港の外れの方だった。
シリルはカーリーが指示した方に歩いて行くと、そこでは数人の男達が車座になって話し込んでいた。
シリルはその男達に近づくと出来るだけ敵意が無い事を示すように笑顔を作った。
「やあ、そこで何をしているんだい?」
「はぁ、ここはカップルが観光する場所じゃないぜ」
そう言われて隣を見るとカーリーの笑顔が固まっていた。
シリルは気を取り直して、質問を変えた。
「ここらへんに熱砂セーリングをする人達が居ると聞いたんだが、それは君達かい?」
「それが、なんだ?」
「俺達はアベーレという名の男を探しているんだ。君達知らないかな?」
シリルは名前を出した瞬間、男達の視線が中央の男に向くのを見ていた。
仲間達に見られたことを悟ったのか、男はため息をついてから「俺だ」と答えた。
「やあ、初めまして。私はシリル・アルドリット、騎士団の者だ」
「騎士団? そんなお偉いさんが俺なんかに何の用だ?」
「君は橙色の髪をした男が、熱砂セーリングをしているのを目撃しなかったかい?」
シリルがそう尋ねると、途端にアベーレの顔に動揺が広がった。
「な、なんの事だか、分からないな」
シリルはその動揺を見て、ちょっと脅してみる事にした。
「お前が腕を競った橙色の髪の男は、クレート・エリア・ラッジと言う名のこの国の第3王子殿下だ」
「えええっ、あいつ王子だったのかぁ」
男は目を見開いて驚いていて、それは傍に居た他の男達も同じだった。
どうやらこいつら絶対何か知っているな。
「私は王家から依頼を受けて調査に来たんだ。もし、嘘を言ったり、ごまかしたりしたら、どうなるか分かるよな?」
明らかに動揺した男は目が完全に泳いでいた。
「お、お、俺は、何もしっちゃいねえ。あいつ等が勝手に」
「勝手になんだい?」
動揺した男は突然立ち上がると、逃げるように駆け出した。
だが、それを察知したカーリーが拘束魔法を発動した。
「うわ、なんだ。体が動かねえ」
「まだ、話が終わっていないんだ。ちゃんと最後まで喋ってもらうぞ」
シリルが男の顔の傍でそう言うと、威圧を受けた男はようやく観念したように見えた。
「俺達が酒場で熱砂セーリングの話をしていたら、あいつが、いえ、王子様が話しかけてきたんだ、いえ、話しかけてきました」
「それで?」
「どっちが上手いかって事で言い争いになって、それで、勝負をする事になったんだ」
こんな危険な遊びで勝負したのか。
自分の身分を分かっていないのは確かだし、それを止めもしないとはあの男も相当な愚か者だな。
シリルが顎をしゃくって続きをうながすと、男は再び口を開いた。
「勝負はあの岩を回ってどっちが早く戻ってくるかだった」
シリルは男が腕を伸ばした先にある岩を見つめた。
「それで」
シリルが先を促すと、男は口ごもった。
「えっと、その」
「いいから、話せ」
「岩までは互角だったんだ」
帆が付いた板切れに乗って危険な熱流砂の上を走ったなんて、何を考えているんだ。
その先を話さない男を睨んだ。
「これは王家から依頼された調査だ。素直に話さないのなら拷問もやむを得ないが、そうなったら心象もすこぶる悪くなるぞ」
「だ、だが、あの男が話したら大変な事になると言ったんだ」
「あの男とは誰だ?」
「その王子の付き人だ」
シリルは遭難船で救助したエジェオ・オルダーニの顔を思い出した。
あの野郎、やっぱり何か隠していたか。
シリルが憤慨していると、カーリーが怯えるアベーレに優しく話しかけた。
「大丈夫です。この方はアルドリット公爵家の嫡男ですから、喋ったとしても問題にならないようにもみ消してくれますよ」
「こ、公爵・・・分かった、話す。あの岩を回ったところで、風向きが突然変わって王子が熱流砂に落ちたんだ」
「それは大事だな」
「ああ、だが、普通は伴走している船が救助することになっているんだが、あの時はその伴走していた船が熱流砂に落ちた王子を轢いちまったんだ」
それを聞いたシリルは口をぽかんと開けていた。
まさか側近が護衛対象に危害を加えるとは思わなかったのだ。
「あ、あれは事故だったと思うぞ」
「それで轢いた後はどうなったんだ?」
「それが・・・一度岩を回って事故現場に戻ったんだが、王子は居なくて側近だけが船に乗ってたんだ。そしてこのことは黙っておけと」
あ、あの野郎、自分で王子を害しておきながらアリソンに罪を擦り付けたのか。
1人でチャンピに帰る途中で砂賊に襲われた時、連中が青髪青眼の娘を探しているのを瓦礫の中で耳にして、とんでもないストーリーを組み立てたのか。
シリルは男に礼を言うと、直ぐに帰る事にした。
「カーリー、チャンピに帰るぞ」
「ええ、その方が良さそうですよ」
「どういう意味だ?」
「たった今連絡が来ましたが、イーゼル平原で獣王国と戦争が始まったようです」
それを聞いたシリルは頭を抱えた。
これは拙い事態になった。
シリルは真実バレて縮こまっている男を見た。
「王都観光をしてみたくは無いか?」
「はあ?」




