107 周囲の状況2
獣都ベラトゥーラにジャッジからの急使便が届いた。
「獣王様ぁ、獣王様ぁ、大熊族族長から急ぎの知らせが来ましたぁ」
ドタドタと廊下を走る音を聞いたバルボはうんざりした顔をした。
「なんだ、騒々しいぞ。何時も何時もアルの小言を聞かされているんだ。アルが居ない時くらい静かにしてくれ」
バルボが伝令にぴしゃりと言うと、別の方向から声が飛んできた。
「なんですと、わしは常に獣王のために献策していると言うのに、それをやかましいなどとなんて罰当たりなんじゃ」
バルボが慌てて声がした方を見ると、そこには顔を真っ赤にしたアルドロヴアンディが立っていた。
「え、居たのか。ま、待て、アルよ。別にそういう意味で言ったわけじゃないぞ。機嫌を直せ」
それでも文句を言いそうなアルドロヴアンディから気を逸らすため、伝令に大声を上げた。
「それで、大熊族族長は何と言ってきたのだ?」
バルボに突然そう言われた伝令は一瞬詰まったが、直ぐに気を取り直した。
「ニンゲン王国から拘束した第3王子と青髪青眼の小娘との交換を申し入れてきました。それでニンゲン国の第3王子とやらを本当に捕まえているのかという確認ですぅ」
伝令のその言葉に反応したのはアルドロヴアンディだった。
「何じゃと、一歩遅かったか。それでは早速その第3王子とやらと交換するのだ」
「待て、その第3王子というのは何だ?」
バルボは知らない事を伝令に尋ねた。
「はっ、大熊族族長の話によると、捕まえたニンゲン国の第3王子を返せとの事です」
「はっ、なんだ、それ?」
「はっ、どうやら私掠船が襲撃した船にその第3王子が乗っていて、捕虜になったとのことです」
「なんだと、そんな話、どこからも聞いておらんぞ」
バルボがそう言うと、アルドロヴアンディが不満そうに声を上げた。
「ふん、砂賊の連中だって、王子が乗った護衛だらけの船なんぞ襲撃する訳ないじゃろう。それは新たな嫌がらせじゃないのか?」
「ふむ、それも考えられるが、砂の連中が常に常識的とは限らないぞ」
バルボがそう言うと、アルドロヴアンディは不満そうな顔をぷいと逸らした。
「獣王様、それで大熊族族長は、身分を隠している可能性があるので、橙色の髪に橙色の瞳をした小太りの男を探してほしいと言ってきました」
伝令の言葉を聞いて、それからアルドロヴアンディの顔を見てため息をついた。
「仕方がない、砂狐族族長宛てにその外見の捕虜が居ないか聞いてみるか」
そして砂狐族族長宛てに手紙を書こうとすると、突然部屋に入って来る者がいた。
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マッツォーラは私掠船バンダル号をひたすら走らせていた。
隣では副長のクラッペッタと航海長のブランダが不安そうな顔で見合っているが、誰も船長を止めようとはしなかった。
それは他の駱駝族の者達も、シャーマンの呪いが怖かったからだ。
やがて恐る恐るといった感じで見張り員が声を上げた。
「周囲、船影なし。遭難船も見えなくなりました」
それでもマッツォーラは船を止めようとはしなかった。
するとそっと副長が声をかけて来た。
「船長、これから何処に向かうのですか?」
そこでふっと自分はひたすらシャーマンから逃げたいだけだった事を思い出し、これからどうするか考えた。
そしてこれは報告案件だという事に気が付いた。
「これから獣都ベラトゥーラに向かうぞ」
「獣王に面会するので?」
副長が聞いてきたので、マッツォーラは頷いた。
「人間族のシャーマンが居たのだぞ。これは獣王国にとって凶兆だ。あの忌々しいアルドロヴァンディに何とかさせればいいのだ」
昼夜構わず私掠船バンダル号を走らせたマッツォーラはようやく獣都の明かりを認めた。
「よし、獣都ベラトゥーラの灯りが見えたぞ」
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獣王バルボが砂狐族への書簡を書こうとすると、突然扉がバンと勢いよく開き、駱駝族の族長マッツォーラが姿を現した。
「バルボ、大変な事態が発生した」
「マッツォーラよ、いきなりなんだ。もっと静かに入ってこい」
「そんな事はどうでもよい。それよりも人間族の中にシャーマンが居たんだ」
マッツォーラがシャーマンと言った時、バルボはアルドロヴアンディの顔を見た。
「駱駝族族長マッツォーラ殿、その人間族のシャーマンの能力を見たのか?」
「ああ、見たぞ。そいつは人形を操りながら、目に見えない攻撃をするのだ」
「攻撃が見えないじゃと?」
「ああ、本当に見えなかった」
「う~む、それが真ならとんでもない能力をもっておるな」
バルボはアルドロヴアンディの顔色が変わったのを見て、強敵が現れたことを自覚した。
「やはり、呪われるのか?」
「どういう意味じゃ?」
アルドロヴアンディがそう聞き返すと、マッツォーラが青い顔で話した。
「ニンゲンの船を襲った時、その船に乗っていたのだ。船の連中を皆殺しにしようとしたが、シャーマンに反撃されたのだ。幸いな事に誰も死んでおらぬが、もしかして呪いを受けているかもしれないだろう?」
そう言ってカタカタ震えている駱駝族の族長にアルドロヴアンディが近づくとなにやら体を調べ始めた。
そしてこぶになった肩をポンと手に持った杖で叩いた。
「心配ない。呪われてはおらぬぞ」
「アルドロヴアンディ殿、それは真に真か?」
「しつこいぞ。問題ない」
「ああ、良かったぁ」
駱駝族族長は不安が解消してほっと押したのか、その場で頽れていた。
だが、ニンゲンのシャーマンが現れたとなっては、それは見逃せない事件だった。
「マッツォーラ族長、そのシャーマンの外見を教えるのだ」
バルボがそう指示すると、駱駝族の族長は何から考え込んだまま黙ってしまった。
それを見て焦った隣の駱駝族が声を上げた。
「獣王様、恐れながら私から申し上げてよろしいでしょうか?」
「其方は?」
「はい、駱駝族のクラッペッタと申します」
「よし、許す」
「ありがとうございます。その者は青髪、青眼の年若い娘でした」
バルボはそれを聞いて、それはアルドロヴアンディの探し人じゃないのかと思った。
するとアルドロヴアンディが叫んだ。
「ば、馬鹿者、何故、その者を連れてこなんだ」
そして顔を真っ赤にして、手に持った杖を床のドンドンと打ち鳴らして激しく怒っていた。
「その者は我々の未来を救う事ができる者だと、何度言えば分かるのじゃ」
「し、しかし、青髪青眼と言えばモステラ人の特徴、そうであればタイン方面で活動している砂の連中」
駱駝族の男がそこまで弁明したところで、再びアルドロヴアンディの雷が落ちた。
「馬鹿者、チャンピから他の場所に移動することだって考えられるじゃろうが。どうしてそんな事も気付けんのじゃ」
アルドロヴアンディが地団駄踏んで怒っている姿を見たバルボは、駱駝族族長に声をかけた。
「マッツォーラ族長、その者はどうしたのだ?」
「逃げて来たからな。あのままなら遭難した船の中じゃないか?」
それを聞いたアルドロヴアンディが信じられないと言う顔になった。
「ま、まさか、見捨てて来たのか?」
「し、仕方が無いだろう。こっちだって呪いは怖いのだ」
バルボは状況を察してため息をついた。
「マッツォーラ族長、その者を迎えに行く事は可能か?」
バルボがそう尋ねると、駱駝族の族長は真っ青な顔になって首を横に振った。
「既に敵対している。今度顔を出したら絶対呪術を掛けられる。無理だ」
「獣王、その者を急いで救出する必要がある。直ぐにでも救助船をだすのじゃ」
「分かった。それと族長よ、遭難した場所までの案内は頼むぞ」
バルボがそう言うと、駱駝族の族長は嫌そうな顔をしていたが、頷いた。
「分かった」
マッツォーラ達が去った部屋では、アルドロヴァンディが心配そうな顔でうろうろしていた。
「アルよ、目の前でうろうろされると目障りなんだが?」
バルボはそう言った途端、アルドロヴアンディの顔が真っ赤に染まったので、失敗した事を悟った。
「何を呑気な事を言っておられるのじゃ。儂の占いのとおりあの者は我々の未来そのものなのじゃぞ。それを価値の知らない連中に、その身柄を預けておくことの方がよっぽど危険じゃというのに、少しは事の重大さに気付いてもらわないと困りますな」
こうなるとアルドロヴアンディの小言がずっと続く事をしっていたバルボは失敗したと思った。
「だが、ニンゲン国に確保されていても、連中の言う第3王子が本当にこちらで確保していたら、交換できるのではないか?」
「砂の連中が、ニンゲンの王子を生きたまま捕まえていれば、じゃがな」
「それはどういう意味だ?」
「あの連中が、既に奴隷として売り払っている可能性がある。それに価値が分からず熱流砂に放り込んだとも考えられるぞ」
アルドロヴアンディにそう指摘されて見ると、確かにあの連中だとやりかねないなと焦った。
「おい、誰かおらぬか?」
バルボが叫ぶと、直ぐに連絡係が顔をだした。
「獣王様、御用は何でしょうか?」
「砂狐族の族長を呼び出せ。大急ぎだ」
「はっ、畏まりました」




