106 周囲の状況1
アプルッツイからの報告に驚愕した近衛隊長ドメニコ・バレージは、急いで正妃への面会を求める事にした。
正妃側でも第3王子関連の報告だと分かっているので、直ぐに面会が通った。
バレージが通されたのは、前回と同じサロンだった。
正妃は優雅に豪華な椅子に座りその周りを侍女達がお世話をしていた。
「伯爵、交渉はどうなっているのです? クレートは何時戻って来るのですか?」
正妃の期待を込めた瞳を見つめながら、バレージはごくりと唾を飲み込んだ。
「正妃様、イーゼル要塞のアプルッツイ隊長からの報告では、交渉材料を乗せた船が落ちたイーゼル要塞に到着していないとの事でした」
バレージがそう言うと、正妃の片方の眉が吊り上がった。
「到着しないとは、どういう意味なのです?」
「アプルッツイ隊長からの報告によりますと、予定時刻になっても到着していないという事でした」
「到着していないのなら、探しに行けばいいでしょう」
正妃は当然の事のようにそう言ってきたが、その質問は既にバレージがアプルツィイに行っていた。
「イーゼル要塞の規定では、予定日からまる3日到着しなかった場合のみ、捜索隊が出るそうです」
バレージがそう言った途端、正妃の方から「バシン」という音が響いた。
それは正妃が手に持った扇子を激しく打ち鳴らしたものだが、その音で数人の侍女がピクリと驚いていた。
「クレートの命がかかっているのですよ。今すぐにでも行動を起こしなさい」
軍の規定をそう簡単に変更する事は難しいはずだと思ったバレージは、正妃に命令書にサインしてもらう事にした。
「王命があれば、直ぐにでも動くと思うのですが」
バレージがそう言うと、正妃の眉がピクリと動いた。
「分かりました」
どうやら命令書を出してくれるようだ。
陛下が病に臥せっている事は公然の事実なので、正妃が王命として命令を発しているのも当然皆が知っている事だった。
だが、要塞側を動かすにはこれ以上ない強い一手を手に入れた。
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チャンピにあるアルドリット公爵館では、公爵家の圧力でようやく解放されたシリルが館に戻って来た。
シリルが入ったサロンでは、父親で公爵のフィリベルトと妹のルアーナが待っていた。
「父上、ルアーナ、私の釈放に尽力してもらい感謝します」
「まあ、お兄様、無事で何よりですわ。それからお母様も茶会に出かけて味方を増やしていますのよ」
シリルはルアーナが言った場面を思い浮かべて、にっこりと微笑んだ。
「ルアーナ、ありがとう。母上にも感謝を伝えないとな」
そして父親に向き直った。
「父上、私が連れて来たアリソン殿は何処に居るのですか? あの者はバキラの環境を元に戻す鍵を握った女性なのです。本来なら国賓として迎えなければならない相手なのです」
シリルがそう言うと、父親は渋い顔になった。
「ああ、それなのだが、公爵家の影に近衛隊の地下牢を探らせたのだが、そこに青髪の少女は何処にも居なかった」
アルドリット公爵家や神殿からの抗議が、相手に影響を与えたという事か。
「それは、別の場所に隠したという事ですね?」
「ああ、それでお前が釈放された可能性がある」
私の釈放で、すくなくともアルドリット公爵家からの抗議の声は小さくなるという事か。
シリルはチャンピの中で我々に知られずに隠す事が出来る場所を考えた。
可能性が高いのは正妃のおひざ元である奥の院だが、側妃の間者が潜んでいる可能性を考慮する筈だ。
では、遠い場所ならどうだろうか?
第3王子派の貴族領という事も考えられるが、アリソンを第3王子との交換と考えているのならそれもなさそうだった。
すると考えられるのは、あそこか。
「父上、イーゼル要塞のサビィーニ将軍に連絡を取ってもらえませんか?」
「ほう、お前もその結論に達したか」
「はい、我々に奪還される危険を最小限にして、しかも捕虜交換を迅速に行うにはイーゼル要塞は実に都合が良いです」
「ああ、既にアビントン・サビィーニには連絡を取っているところだ」
「流石です。では、私もイーゼル要塞に行って調べてきます」
シリルがそう言うと、父親が手を上げた。
「待て、お前が行くと第3王子派に警戒される。そうなるとまたどこかに隠されてしまうだろう。その場所が今より安全とは限らないぞ」
くそっ、それは拙い。
「そう簡単に何度も移せるでしょうか?」
「今現在、王宮の権力を握っているのはあの正妃だ。誰も異議を唱えないだろう」
あまり騒ぐと、アリソン殿の身の安全が脅かされてしまうか。
「父上、第3王子は本当に砂賊に襲撃されて連れ去られたのでしょうか?」
シリルが話題を最初の事件に戻すと、父親もそれは分かっているとでもいうように頷いた。
「タインの町に人をやっているが、まだ情報が掴めていない」
「それにしてもどうして第3王子殿下は、護衛も付けずにタインなんかに行ったのでしょうか?」
ルアーナが素朴な疑問を口にしたが、それは口に出さなくても誰でも思っている疑問だった。
「父上、もしかして第3王子はお忍びでタインに行ったのでは? オルダーニ侯爵家の側近も、それを止めたとはとても思えませんが?」
シリルの質問に父親も眉間に皺を寄せた。
「ああ、多分そうだろうな。砂賊が出現する危険な航路に護衛も付けずに出歩くとは、なんて愚かな行動なんだか」
「良い事ではありませんか。これが本当なら第3王子が次期国王になる可能性が遠のくのですから」
リアーナはそう言っておかしそうに笑った。
「それよりもアリソン殿を奪還したとしても、第3王子拉致の嫌疑は消えないのだ。お前はタインに行って第3王子の足跡を探るのだ」
「まさか、第3王子が本当に砂賊に拉致されたかどうか調べるのですか?」
「第3王子が砂賊に拉致されたというのは、あのエジェオ・オルダーニの証言だけだ。証拠は何もないし、他の者の証言も無いのだ」
確かにエジェオ・オルダーニの証言が偽物だったら、アリソンの嫌疑も簡単に晴れる。
「陛下がお元気であれば、こんな苦労はしなかったのだがなぁ」
父親はそう言ってため息をついた。
「父上、アリソン殿はかなり優秀な治癒魔法使いです。陛下の病に効果があるかもしれませんよ」
シリルがそう言うと、父親の顔に悪い笑みが浮かんだ。
「ほう、それは面白そうだな。お前は直ぐにでもタインに向かえ。それからカーリー・ブレナンも連れて行け」
そう言って父親が手を叩くと扉が開き、そこにカーリー・ブレナンが現れた。
「やあ、カーリー、君も無事釈放されたようだね」
「ええ、公爵様にご尽力いただきましたので」
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イーゼル平原にある獣王国側の砦では、防衛司令官のジャッジが平原を渡って来るニンゲンの使者の姿を眺めていた。
そして臭いで隣に副官のステッチが来たのが分かった。
「ステッチ、あいつ等何をしに来ると思う?」
「また、王子がどうのと言って来るんじゃないですか?」
少し前からニンゲンがイーゼル平原を越えてやって来ては、王子を返せとか訳の分からない事を言ってくるようになった。
正面から正々堂々と戦えば獣人がニンゲンに負ける事は無い。
ニンゲンもそれを知っていて、罠とか偽情報を流してこちらをかく乱してくるのは日常だった。
だから、王子がどうのというのもその計略の一環だと思っていた。
「それにしても同じような嘘を毎回言って来るのはなんでだ?」
「それは、毎回主張すれば、そのうちこちらが信じると思っているのかもしれません」
「ふん、やはりそうか。くだらない計略だな」
「それじゃあ、追い返しますか?」
「いや、毎回追い返していたら、今度はこちらが関係を悪化させていると言いふらすだろう」
「それじゃあ、会うんですね」
「ああ、会ったと言う事実を作っておいた方が良いという事だ」
砦に招き入れたニンゲン達が馬を降りて、こちらに歩いてくるのをジャッジは腕を組んで知らず知らずに威圧していた。
すると隣の副官に脇腹を小突かれた。
「司令官、威圧は止めて下さい」
「うん、ああ、そうか」
確かに友好的に来た相手を威圧しては、話し合いに良い影響は与えないとなんとか顔をほころばせて友好を演出しようと苦労した。
「ニンゲン国の方々、よく参られた。私はこの砦の防衛司令官ジャッジだ」
ジャッジがそう挨拶すると、ニンゲンも頭を軽く下げた。
「私はバキラ王国の外交官デルフィーノ・イソラと申します。宰相アニチェート・ルッジの書簡を持ってまいりました」
「分かった。話は中で聞こう。参られよ」
「ありがとうございます」
来訪したニンゲン達を伴って砦にあるサロンに入ると、ジャッジはニンゲン達の世話を副官に任せ、その間に書簡の中身を改めた。
手紙の中身は、こちらが欲している青髪青眼の女とこちらが拘束している王国の第3王子との人質交換をしたいという内容だった。
ジャッジは獣都が人を探しているという話を人伝に聞いていたが、それはアルドロヴアンディが勝手にやっている事だと思っていた。
あのアルドロヴアンディを喜ばせる為だけに人質交換するのは癪に障るが、念のため獣都にニンゲン国の第3王子を拘束しているのかどうか確かめてみる事にした。
ジャッジは副官に合図を送り、それから正式な会談を始めた。
砦内の部屋に入ったジャッジは、ニンゲン国の外交官と相対した。
「書簡によると我々がそちらの第3王子を拘束しているとあるが、そんな話聞いたことも無いが、それは本当の事なのか?」
「タインとチャンピ間の航路で王子を乗せた砂流船が砂賊に襲撃され、その時、王子を連れ去った事は分かっている」
東の方角だと砂の連中の仕業か。
粗暴な連中だから、身分がバレたらと思って黙っている可能性もありそうだな。
「そちらの王子が身分を隠している可能性がある。見つけるには外見的特徴が分からないと、調べようが無いぞ」
「では、王子の外見的特徴を説明する」




