105 砂化する大地2
護衛達が困った顔になると、直ぐに博士とイザイア少年がやってきた。
「大丈夫か?」
「先生、護衛が足りない、一度引き返した方がよさそうだ」
「それは困ったのう。直ぐにでも状況を確認したかったんじゃが」
「そうです。博士の研究はバキラの将来にとって、とても重要です。一刻も早く状況を確かめた方が良いと思います」
博士とイザイア少年がそう言って反対したが、護衛達は渋い顔をしていた。
するとグロウ様が念話を送ってきた。
「アリーちゃん、治癒魔法で治してやったらどうじゃ?」
「ええ、私もちょっと悩んでいるのですが、バキラの人達はアマハヴァーラ教の神官を嫌っているようなので、迷っているのです」
「だけど、この人達に助けてもらったんじゃろう」
グロウ様にそう言われてしまっては、反感を恐れて隠している訳にもいかないわよね。
「あのう、私が治癒魔法を掛けましょうか?」
私がそう言うと護衛達は怪訝そうな顔になった。
「嬢ちゃんが治癒魔法を使えるとでもいうのか?」
おっと、とても疑わしそうな顔をしているわね。
「ええ、でも、不要ならこれ以上でしゃばりません」
私がそう言うと、博士が声を上げた。
「治療が可能なら頼む。よいな、オレンゴ隊長」
「まあ、学者先生がそう言うんでしたら」
「では、よろしく頼むよ」
博士の言葉を聞いた私は負傷した護衛達の傍で跪くと、杖を取り出した。
負傷した2人の護衛に治癒魔法をかけると、ゴーグルの下で神眼を開いていたこともあり瞬く間に完治していた。
そして私の杖を見たオレンゴ隊長が声を上げた。
「その杖、アマハヴァーラ教の神官だったのか」
その一言で場の空気が一瞬で冷えた。
ああ、やっぱり嫌われているようね。
「治癒魔法持ちが居るのはむしろ好都合ではないか」
私は身の安全のため一歩後ろに下がったところで、博士の一言が場の空気を変えた。
私がほっとしていると、先ほどのオレンゴ隊長が砂の川を指さしながら話しかけてきた。
「えっと、君は確かアリソンと言ったな。それで魔虫はまだ居るのか?」
隊長の顔を見ると、私を試しているというよりも本当に尋ねているようだった。
私は危険感知を発動してから、首を横に振った。
「近くには居ないようです」
「そうか、助かる」
オレンゴ隊長はにやりと笑みを浮かべると、直ぐに義衛達の方に戻って行くと砂の川を渡り始めた。
私が危険感知を発動している時、イザイア少年が横目でじっとこちらを見つめていたことに気付いていなかった。
護衛の半分が反対側に渡ると、次は博士の番になった。
老体という事もあり、護衛達も手を貸しながら慎重に進めていた。
そして足場にした石がぐらついて一瞬場が凍り付いたが、隊長が博士の手を引いて何とか渡らせた。
渡河に少し手間取ったが、私達は再び目的地に向けて進みだした。
川の反対側はあちこち亀裂や窪みがある地面だった。
私達はそれらを避けて歩いて行くと、顔面に押し寄せる熱気と共に前方に切り立った崖が現れた。
その崖は視界の遥か先まで続いていて、削り取られた側面が痛々しい姿を晒していた。
崖のあちこちに開いた亀裂から大量の砂粒が激しく噴き出していて、下の熱流砂に向かって滝のように流れ落ちていた。
その光景を見ていたイザイア少年が叫び声を上げた。
「博士、マジック・アイテムを設置した場所が消えています」
「うむ、拙いな。砂化の速度が想定よりも早くなっているぞ」
環境悪化が加速しているのね。
イザイア少年は計測棒を構えて、崖が後退した位置を手元の紙に記録していた。
やがて崖の一部であった大きな岩盤がずずっと音を立ててずれると、圧力に負けて崩落した。
私の眼には岩盤が崖から離れ、ゆっくりと熱流砂の中に落ちていく姿が映っていた。
やがて轟音とともに地面が揺れた。
「昔、ここらへん一帯は山岳だったのだが、切り立った岩盤が砂化して崩壊していったのだ」
「砂化した原因は分かっているのですか?」
私がそう尋ねると、博士は首を横に振った。
「不明だ。だから今は岩盤を固める方法を色々検討しているのだ」
「錬金術師達が岩盤を固める凝固剤とか熱を持った土地を冷やすための冷却剤の研究をしているんだ」
博士の説明に助手のイザイア少年が補足してきた。
少年の顔には博士への尊敬の念がうかがえた。
博士は周辺の土の調査しながら指示すると、イザイア少年がその場所の土を採取していった。
「今日はここら辺にしておこう」
「はい、分かりました」
博士の言葉にイザイア少年が元気よく答えると、護衛達も帰ると聞いてほっとしていた。
帰り道ではオレンゴ隊長が私の隣に来ると、そっと声をかけて来た。
「魔物が現れたら教えてくれないか」
それは野営地までの間、私に危険感知を発動してくれという事ですか。
だが突然魔物に襲われるよりも、事前に警告出来た方が良いだろうと判断して私は頷いた。
「分かりました」
野営地に辿り着くまで危険感知を発動していたが、幸い魔物に襲われる事も無く無事たどり着いていた。
オレンゴ隊長は突然私の頭を撫でると、「助かったよ」と言って離れて行った。
出発する時、何も無かった野営地には木製の柵が作られていて、中に入ると大型テントが立ち並び、中央の開けた空間では、竈が組み上げられ、火にかけられた鍋の中からは良い臭いが漂っていた。
調査を終えて戻って来た私達を見た下働き達が駆け寄って来ると、夕食が出来ている事を告げて竈の周りに案内してくれた。
竈の周りに集まった私達が木材を横にした椅子に座ると、鍋の中からお椀にスープを注いで渡してくれた。
お椀の中はやはり芋のようだった。
私がお椀の中身を見ていると、隣に座った博士が声をかけて来た。
「昔は、肉や野菜をたっぷり入れたスープが食べられたのだがなぁ。今はもう芋ばかりなのだよ」
「また、そのようなスープが食べられるようになればいいですね」
私が希望を込めてそう言うと、博士は僅かに微笑み返してきた。
食事を終えた私は博士に一緒に来るように言われ、1つのテントまでやって来た。
「調査中は、このテントが我々の宿泊場所になる」
テントの中は天井の梁から吊るされた布で仕切られていて、そのうちの1つの仕切りに案内された。
その仕切りの中には藁を束ねて布を被せた敷物があった。
博士はこの敷物を簡易寝台だと教えてくれた。
「君はこの場所を使うといい」
「ありがとうございます」
「水は貴重だから、1人1日桶1杯だ。節約して使ってくれ」
「はい」
仕切りの中にあった手桶を持って外に出ると、同じように手桶を持った人達が向かう先に行くと、備蓄倉庫で水を配給していた。
私もそこに置かれた木樽から水を汲んだ。
手桶1杯の水を持ち帰った私はグロウ様とモーフ様が擬態した帽子とローブを脱い綺麗に畳んで置くと、服を脱いだ。
そして手桶の水で布を湿らせると、体を拭いてさっぱりした。
「ふう、体を綺麗にすると気分も良くなるわね」
そしてもう寝ようと簡易寝台に横になった。
私は魔物に追われていた。
必死に逃げるのだが、地面はぬかるんでいて足を前に出すのも大変で、その歩みは亀のようにのろかった。
そして足がもつれて倒れると、追いついた魔物が私の胸に乗ってきた。
その重さで息が出来なくなり、何とか息を吸おうと藻掻いていると、突然目が覚めた。
すると暗闇の中、私の胸の乗った何者かが居て、突き上げた両手には怪しく光る刃物が握られていた。
「お前、アマハヴァーラ教の神官を名乗っているが、リドル一族だな」
その声は、まるでこれから行われる処刑の判決文を読んでいるような冷たい声だった。
私は振り上げられた刃を避けようとなんとか動こうとしたが、私の腕は胸の上に乗った男の足でがっちりと固定されていて動かせなかった。
全く抵抗出来ない中、男が振り上げた刃が私の顔目掛けて振り下ろされた。
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