104 砂化する大地1
私が博士と助手のイザイア少年と過ごしている空間にノックの音が響いた。
「何だ?」
博士が声を上げると、扉が開き船員が顔を出した。
「先生、間もなくフラグラに到着します」
「おお、そうか。分かった」
船員が去ると、先生が私とイザイア少年に声をかけた。
「下船の準備をしよう」
「はい、博士」
私も「分かりました」と言ってみたが、自分の持ち物はガイア様が保管していて何も持っていなかったので、イザイア少年の手伝いをすることにした。
イザイア少年は慣れた手付きで部屋に置かれた書籍を箱の中に積めていくと、それが終わると地質調査に使うマジック・アイテムのような物を詰め始めた。
「あの、お手伝いしましょうか?」
私が手伝おうとすると、イザイア少年は首を横に振った。
「いえ、これらは博士にとって大事な道具ですから、他の人に触られたくありません」
私の提案はどうやら余計なお世話だったようだ。
下船準備が終わり待っていると砂流船が止まり博士とイザイア少年が近場の物を掴んだので、私も手近の物を掴んだ。
すると船体がすうっと降下していったが、事前に動きを知っていたので慌てなかった。
そして完全に停止したところで、博士が口を開いた。
「到着したぞ、早速下船しよう」
「はい、博士」
部屋を出て行く博士の後にイザイア少年が付いて行くのを見て、私もその後に続いた。
私達が通路に出ると、そこかしこで船員達が慌ただしく下船準備をする声が聞こえてきた。
この船には中央にもう1つ下の階が出来ていて階段でそこに降りて行くと、ハッチが開いていて外の景色が見えていた。
博士達の後を追って外に出ると、そこは不毛な大地だった。
そして地面はひび割れ、足元が少し沈んだように感じた。
それでも久しぶりの固い地面だったのでその感触を味わっていると、背後では船員と下働き達が物資の荷下ろしを始めていた。
その隣では調査隊の護衛なのか、防具を身に着け武器を持った集団が待機していた。
更にその隣では背が低い鱗だらけの4足脚の生き物に荷車を繋げていた。
私はその生き物を指さした。
「あれは、何なのでしょうか?」
「うん、ああ、あれは熱砂トカゲだ。大人しい性格でしかも熱にも強いから、こういう場所では重宝するのだ」
そして熱砂トカゲに繋いだ荷車も車輪は8輪も付いていた。
私がそれを見ていると、博士が直ぐ解説してくれた。
「荒地では車輪が轍や窪みに嵌りやすいからな、車輪を多くして嵌るのを防いでいるのだよ」
そこで私は最大の疑問を口にした。
「あの、なんで目的地まで砂流船で行かないのですか?」
すると博士は、素晴らしい質問をした生徒を見るようなまなざしを向けてきた。
「砂流船の動力源は何だと思う?」
そう聞かれた私は一瞬考えた。
「えっと、魔石、ですか?」
「砂流船は節足魔虫を改造したものだというのは知っているかね?」
「はい、教えてもらいました」
「節足魔虫が動けるのは、熱流砂からエネルギーを得ているからのようだ。だから、熱流砂から離れると動かなくなるんだよ」
何だか変な仕組みだが、元々は魔物なんだからそうだと言われたらそうなのだろう。
調査隊が此処に来るのは初めてでは無いので、準備作業の手際が実に見事だった。
直ぐ6台のトカゲ車が出来上がり、水や食料、日用品を入れた木樽が荷台に次々と積み込まれていった。
準備が整った調査隊は、最初に護衛達が乗った1台が動き出し、それを追うように私達が乗る2台目、そして物資を乗せたトカゲ車が続いた。
私が乗せてもらった2台目には博士とイザイア少年のほか、初めて見る調査隊の人達が乗っていた。
私は砂埃が舞う事もあり膝にガイア様を抱え、グロウ様が擬態した帽子とモーフ様が擬態したローブを身に着け、そして瞳の色を見られないようにゴーグルをつけていた。
目を隠したのは、道中でギーザ様の存在を調べるため、神眼を開いて神力だまりを探す為だった。
「アリーちゃん、ギーザの神力だまりはありそうかい?」
「いいえ、見つかりません」
「まあ、こんな辺鄙な場所にギーザが居る訳ないだろうねえ」
まあ、確かにガイア様はアンスリウムのほぼ中央に神域がありましたし、グロウ様やモーフ様もご自身が統べる地域のほぼ中央におられましたね。
私が同乗した調査隊は、車輪が嵌って立ち往生する事も無く、魔物の襲撃で被害を受ける事も無く目的地に到着していた。
トカゲ車が停車すると護衛達が素早く下車して周囲の警戒を始め、下働き達は荷台から木樽を降ろし始めた。
その無駄の無い動きからこれが初めてではない事がうかがわれた。
荷下ろしが済むと、下働き達は直ぐに大きなテントをいくつも張り始めた。
私がぼんやりとその動きを眺めていると、イザイア少年が博士の元にやって来た。
「博士、崖に設置しておいたマジック・アイテムからの信号が途絶えています」
「なんだと、それは拙いな。急いで確認しなければならない」
「はい、急ぎましょう」
博士は周辺の警戒から戻って来た護衛達に声をかけていた。
「オレンゴ隊長、急いで崖まで行かなければならなくなった」
「え、今からですか?」
「ああ、緊急事態なんだ」
博士の熱意に負けたのか護衛隊長は、直ぐに人選を始めていた。
そして出発しようとした博士が何かを思い出したかのように私を見た。
「これから岩が砂化する場所を見に行くのだが、アリソン君も一緒にくるかい?」
確か博士は私の幸運を期待していたのでしたね。
それなら私の答えは1つしかなかった。
「はい、ご一緒させてください」
博士は助手の少年と私の他護衛4名を指名すると、野営地を離れて歩き出した。
暫くひび割れて柔らかい地面を歩いていると、前方から水が流れるような音が聞こえて来た。
こんなひび割れた大地にも水が流れているんだと思って近づくと、流れていたのは水ではなく砂だった。
私が驚いて立ち尽くしていると、後ろからやって来た博士が声をかけて来た。
「ここフラグラでは、既に環境が壊れている。見渡してもあるのは岩と砂だけだ」
「ここを渡るのですか?」
私がそう尋ねると、博士は肯定するように頷いた。
「調査地点はこの先にあるのだ。熱流砂の流れが遅いように見えるが、簡単に流されるから気を付けるのだ」
「はい、気を付けます」
護衛達が向こう側に渡る場所を探しているのを見て、私は博士に質問した。
「前回も来ているのに、どうして渡れる場所を探しているのですか?」
「ああ、来るたびに流れが変わるのだ。だから毎回こうやって渡れそうな場所を探しているのだ」
「橋は架けないのですか?」
「熱流砂に流されるから無理なのだ」
博士の説明を聞きながら、護衛達が渡れそうな足場を作ろうと石を持って来ては熱流砂の流れの中に放り込んでいた。
私が熱流砂の流れを見ていると、何もないところで砂が跳ねたように見えた。
そこで危険感知を発動すると、赤い輝点が現れた。
「そこは危険よ。下がって」
私が叫ぶと、反対側に渡ろうとした護衛の動きが止まった。
すると護衛がまさに渡ろうとした場所に向かって物凄い勢いで砂が吹き抜けていった。
その光景を見た護衛達の動きが慌ただしくなった。
「魔虫がいるぞ。気を付けろ」
その声に答えるかのように熱流砂の中から多足の虫が姿を現し、誰かが熱砂ムカデだと叫んでいた。
ムカデは手近の護衛に向かって口を開けると、大量の熱砂を吐き出した。
標的にされた護衛は横に飛んだが、足にその熱い砂を浴びて悲鳴を上げた。
不意打ちを食らった護衛達だったが、直ぐに態勢を立て直すと、熱砂ムカデに効果的な攻撃を繰り出していった。
私がその光景を眺めていると、モーフ様が念話を送って来た。
「あれ、熱耐性が高いけど、水には全然弱そうね。僕なら簡単だよ」
「へえ、そうなのですね。とても頼りになりそうです」
私がそう言うと、直ぐにガイア様とグロウ様が反応した。
「アリソンよ、私のブレスがあればあんな小虫簡単に潰せるのだぞ」
「ガイア様、ブレスでは威力が強すぎで他の人達が怖がります」
「アリーちゃん、わらわにだって、種でしもべを作ればあんな小物簡単に退治できるぞ」
私はグロウ様まで参戦してきたところで「とても頼りにしています」といって微笑んだ。
護衛達は熱砂ムカデに慣れているのか最初の不意打ちから立ち直ると、うまく連携しながら倒していた。
戦闘が終了したが、魔虫の最後の反撃でもう1人の護衛がやけどを負っていた。
そして負傷した護衛達は、ベルトに下げたポーチから薬を取り出すと、やけどをした足に塗りつけていた。
私は負傷した護衛達の傍に行くと声をかけた。
「その軟膏で治るのですか?」
「ああ、大丈夫だ」
私が負傷者を見守っていると、他の護衛達も近づいてきた。
「ゴラン、メッジ、駄目そうか?」
「隊長、すまない。先の野営地に戻るしかなさそうだ」
「ああ、俺も駄目そうだ」
「付き添いを付けると、こちらの戦力が心もとないな」
どうやら困った事態になったようだ。




