103 環境学者
連絡船が遭難船の調査を終えてこちらに向かおうとしたところで、船の動きが止まっていた。
直ぐにでもフラグラに向けて出発するつもりだったイーヴォはその動きにいら立ちを覚えていた。
ったく、あいつ等は何をやっているんだ?
「連絡船は何をしているのかね?
更にとなりの学者先生が話しかけてきたので、イーヴォの苛立ちが募っていた。
「さあ、分かりません」
するとせっかくこちらに戻りそうだった連絡船がまだ遭難船に向かって行ったのだ。
+++++
アンスリウムにある家で、私はお祖母ちゃんと一緒に野菜が沢山入ったスープを作っていた。
食卓には他に黒パンと、隣家からおすそ分けされた根菜の煮物があった。
そしてお祖母ちゃんと一緒に食べようとしたところで、突然家が揺れ出したのだ。
私が慌ててテーブルの上の料理がこぼれないように鍋を掴んだところで、突然天から声が降って来た。
「アリソン、起きろ」
「う~ん」
「いつまで寝ているのだ。それに早くしないと船が離れてしまうぞ」
息苦しさと船という単語を聞いてはっと目が覚めると、胸の上に乗ったガイア様が前足で私の頬を押していた。
「ちょ、ガイア様、重たいです」
「おい、寝ぼけてないでしっかりするのだ。それに急がないと船が行ってしまうぞ」
それを聞いた私は直ぐに危険感知を発動し、周辺に船がある事を見つけた。
このチャンスを逃してはならないと、慌てた私は揺れるハンモックに足が挟まり脱出するのに苦労しながらも、何とか船が見える場所まで移動すると、何とか相手に分かってもらえるように大声を上げながら手を振った。
「お~い、ここよぉ、ここに居るわよぉ」
だが、こちらの存在に気付かないのか、そのまま離れて行きそうだった。
「ガイア様、拙いです。気付いてくれていません」
「アリソンよ、他に何か目立ちそうなものは無いのか?」
「そんな突然何かないかと言われても」
周りにもそれらしい物は無いし、ハンモックから慌てて出てきたので、モーフ様が擬態したローブも着ていないのだ。
「どどど、どうしましょう」
「どうしようって言ったって、そそそ、そうだ、この際仕方がないから私が撃ってみよう」
「ちょ、助けてくれる相手を撃ってどうするのですか」
私は慌ててガイア様の体を掴むと、ブレスが撃てないように持ち上げていた。
「おい、アリソン、落ち着け。撃つと言っても足先の砂を撃つだけだ」
「えっ、本当ですか? そんな事をいって相手の船がひっくり返ったりしませんよね?」
「抑えるから大丈夫だ。それよりも早くしないと帰ってしまうぞ」
「駄目だよ。そんな事をしたら攻撃だと勘違いされて逃げられるよ」
突然割り込んできた声の主は誰かとキョロキョロしていると、不思議な事にこちらに向かってローブが飛んでくるのが見えた。
なんで飛んでいるのとびっくりして凝視すると、ローブから伸びた糸が私にくっついていた。
「えっと、モーフ様ですか?」
「そうだよ。どうして僕を置いて行くのさ」
「あ、すみません。ちょっと焦っていましたので」
「とりあえず、僕を振れば相手も気が付いてくると思うよ」
「ああ、そうですね」
私はローブを掴むと、戻って行きそうな船に向かって大きく振った。
お願い、気が付いて。
私の願いが届いたのか、戻ろうとした船が止まったのだ。
私は救助された事で、それまでの不安が消えていた。
そして助けてもらった相手の素性が分からなかったので、私は残っていた食料と水の樽をガイア様に保管してもらった。
保存食料があれば直ぐに詰む事は無いだろうと判断したからだ。
連絡艇から現れた船員達に手を貸してもらって乗り移ると、他に生存者はいるかと聞かれた。
私は首を横に振り砂賊に襲われた事を話すと、船員達は微妙な顔をしていた。
私を乗せた連絡艇は、少し離れた場所で待機している母船に向けて移動していった。
そして母船に乗せられると、直ぐに医務室で船医の診察を受けることになった。
+++++
イーヴォは砂賊に襲われた船に生存者が居たといいう報告に違和感を覚えていた。
しかもその生存者が小娘1人というのだ。
これは絶対に怪しかった。
イーヴォ自身も遭難船の話は何度も聞いていたが、そのうち砂賊に襲われた船で生存者が居たという話は聞いたことが無かったのだ。
戻って来た副長に直ぐにその事を問い質した。
「砂賊に襲われて、どうして生きているんだ?」
「それなんですが、部屋に鍵をかけて隠れていたそうです」
「嗅覚が鋭い獣人が見逃すものか?」
「ええ、ですが、そう言い張るんですよ」
もしかして砂賊の手先という事も考えられた。
「誰か、監視を付けた方がよさそうだな」
イーヴォがそう言うと、その声が聞こえたのか学者先生が名乗り出て来た。
「それなら私が傍において面倒をみよう」
また、余計な事を。
「先生、相手は砂賊の攻撃を閉じこもってやり過ごしたとか言う、いかにもうさんくさい小娘ですよ」
「大丈夫だよ。それに助手もいるし、目を離す事はないぞ」
イーヴォは学者先生にそう言われては、これ以上反対する事が出来なかった。
「分かりました。よろしくお願いします」
+++++
医務室での診察を終えた私を10才くらいの橙色の髪をした男の子が待っていた。
「私はイザイアと言います。ダヴィアーニ博士の助手をしています」
「ダヴィアーニ博士?」
「ええ、この国の博士で砂漠化の原因を調べています」
それはつまり、バキラの環境を調べているのね。
それならギーザ様の居場所についても何か知っているかもしれないわ。
「まあ、それは素晴らしい事ですね」
私がそう言うと助手の少年はまるで自分の事のように微笑んだ。
「ええ、その通りです。博士が呼んでいるので一緒に来てもらえますか」
「分かりました」
そしてイザイア少年に案内された部屋に入ると、そこには知的に見える白髪の老人が待っていた。
「博士、救助した遭難者を連れてきました」
助手の声に反応した博士が本から視線を上げて私を見ると、ふんわりと笑みを浮かべた。
「おお、大変な目に遭ったね。私はドナート・ダヴィアーニだ。暫くの間、君の面倒を見ようと思ってね。よろしく頼むよ」
「私はアリソンと言います。よろしくお願いします」
私は表の身分を言おうとしたが、バキラではアマハヴァーラ教は歓迎されていないという話を聞いていたので止めておいた。
「船長の話では、砂賊に襲われて生き残った者は居ないらしいね。君はとても幸運だったようだ」
博士は私を試しているのだろうか?
いいえ、相手の言葉を素直に受け取れないのはバキラに入ってから理不尽な目に遭ってばかりだから、自分が過敏になっているだけよね。
「はい、幸いにも見つからずに済みました」
「ほう、幸運持ちなのか。実に興味深い。それなら我々はこれから向かう危険地帯に同行してもらい、その幸運を使わせてもらえればうれしいな」
「危険地帯、ですか?」
私が聞き返すと、博士は頷いた。
「陸地の砂漠化が激しい場所なのだ。私はそこで何故砂漠化が起こるのかを調べているのだ。君の幸運で原因が掴めたらいいのだがな」
砂漠化が激しい場所かぁ。
そこにギーザ様の神力だまりがあれば手間が省けるんだけど。
「分かりました。微力ではありますが、同行させてもらいます」
「おお、それは嬉しいな。ただ、魔虫も出現するから、もしかしたら怖い目にあわせてしまうかもしれないのだ。それでも来てくれるかの?」
魔虫というと、砂流船の船体の元になっているという節足魔虫の事でしょうか?
あんなに大きな魔虫が出たら、どうやって退治するのですか?
「あのう、魔虫ってどんなものが出るのですか?」
「これから向かうフラグラの地では、甲殻虫が出没するな。外皮が固くて騎士の剣もなかなか通らないので、非常に厄介なのだ。それから熱流砂からは熱砂ムカデが出てくるが、こいつは口から熱い砂を吐き出すので油断すると大やけどするんだ」
博士の話しぶりからすると、その魔虫が発生しても対処できているみたいね。
私がそんな事を考えていると、イザイア少年がそっと声をかけて来た。
「博士は、バキラで一番の環境学者様なので、国王陛下からの期待も大きいのです」
イザイア少年の顔には博士を尊敬しているのがありありとうかがえた。
「そうなのですね。私もご一緒できてとてもうれしいです」




