102 通りかかった船
チャンピにある王立環境調査機関が所有する調査船ガントゥーラ号の目的地は、フラグラと呼ぶ大地が激しく砂化している場所だった。
チャンピから出航してしばらくの間は、イーゼル要塞に向かう補給船と同じルートを通り、途中で分岐してフラグラに向かう事になっていた。
船長のイーヴォは、イーゼル要塞への補給ルートが度々私掠船に襲われている事を知っていたので、周囲の警戒を厳重にして、少しでも異変があれば迂回するつもりでいた。
そんな緊張が続く指令室に、突然見張り員からの声が響いた。
「前方に遭難船」
緊張していたイーヴォはその声に飛びあがりそうになった。
「周囲に他の船は見えるか?」
見つけたのが私掠船に襲撃された船なら、まだ近くに居る可能性があった。
「他の船は見えません」
本来であれば遭難船を見つけたら救助をしなければならないが、この船には絶対に失えない学者先生が乗船していた。
それに幸か不幸かここはイーゼル要塞への補給ルート上なので、見捨てたとしても他の船が助ける確率は高かった。
下手に救助活動のためその場に留まれば、この度は我々が私掠船の標的になってしまうだろう。
「人がいる気配はあるか?」
「・・・いえ、何の動きもありませんが、こちらを視認していない可能性もあります」
よし、決めた。
「よし、無視するぞ」
「え、しかし・・・」
「いいか、良く聞け、この船の目的は崩壊に向かっているバキラの環境を改善するための重要な調査なのだ。珍しくも無い遭難船を見つけたからといって、我々が向かわなくてもどこかの船が助けに行くさ」
「しかし、王国法では遭難船を見つけたら救助するようにと書かれています」
イーヴォは頭の固い船員にため息をついた。
「だから何だ。俺はこの船の安全を最優先する。万が一にも私掠船に襲われ、この船に乗っている学者先生を失う方が国のとっては遥かに大きな損失になるんだぞ」
「しかし」
「しつこいぞ。それにあの船からは人の気配がしないのだろう。既に全員害されたか、奴隷として連れて行かれた後さ」
そんな言い争いの中、突然年配の声が響いてきた。
「船長、どうかしたのですかな?」
イーヴォが振り返るとそこには学者先生と何時も連れている助手の姿があった。
その姿を見てイーヴォは一瞬嫌な予感がした。
それというのも、この学者先生は自分の研究以外無頓着で、何より純粋なところがあるのだ。
「先生、遭難した船を見つけたので救助について話していたのです」
イーヴォが制止する前に、部下が学者先生に話してしまった。
すると、予想通り助けに行かないのかと俺に聞いてきたのだ。
はぁ、全くもって面倒な事だ。
「ここらへんはイーゼル要塞に向かう補給船が良く通る場所ですし、我々が救助に向かわなくてもそのうち別の船が救助に来るでしょう」
「それは、助けに行かないという事かね?」
学者先生がこちらに鋭い視線を投げてきた。
拙い、このままでは危険を意識しないまま救助に行かされてしまうぞ。
「ええ、我々の仕事は学者先生達を安全にしかも確実に目的地まで送り届ける事です。それ以外の事には興味ありません」
「しかし、助けを求めている者が近くに居るのに見捨てるのはどうなのだ?」
「近くにまだ敵がいる可能性があります。万が一にも待ち伏せされていたら、全員熱流砂に放り込まれますよ」
イーヴォは何とかこの学者先生に危険を認識してもらいたかったが、どうやらその願いはかないそうもなかった。
「船長、われわれは王家の資金で活動できているのだ。王国の船が助けを求めているのなら、助けない訳にはゆくまいよ」
「・・・分かりました。当船はこれより救難活動に入る。進路変更せよ。見張り員は警戒を厳とせよ」
そして遭難した船に接近すると、そこで船を止めた。
「副長、救助員を選別して連絡艇に乗り込め」
「はっ、分かりました」
イーヴォはそっと副長に近づくと、小声で話しかけた。
「いいか、外から見て人の動きが無かったら直ぐに戻って来るのだ」
「え、中を調べないのですか?」
「私掠船に襲われたのなら、生存者が残っている筈がないだろう。それにあれは補給船だから、そのうち軍の方で捜索に来るだろう。これはあくまでも学者先生が納得するためのものだから、やったふりでいいのだ」
「ああ、分かりました」
そして連絡艇が母船から切り離されると、イーヴォはその姿を遠見のマジック・アイテムで様子を窺う事にした。
連絡船が遭難船に接近すると直ぐに何かに気付いたようで、アームを向けてそれを知らせて来た。
イーヴォがそれを見ていると、隣に学者先生の気配を感じた。
「先生、遭難船には大きな穴が開いているようです」
「穴?」
「ええ、船に穴を開けて乗り込むのは砂賊の手口です。連中は船に乗り込むと物資を根こそぎ奪い、船員は全員殺すのです」
イーヴォがそう言うと、隣の学者先生が息を飲む音が聞こえた。
「つまり、あの船はその砂賊に襲われたので、生存者はいないと言いたいのか?」
「ええ、その可能性がかなり高いです。念のため、船の周りを回って確かめてみますが、それで人の気配がなければ生存者はいないでしょう」
ここまで説明してやればこの学者先生も納得するだろう。
連絡船はゆっくり遭難船の周りを回りながら調べて行った。
誰か生き残っていれば、救助に来た船を見て何か動きがある筈だが、その気配は全くなかった。
「どうやら生存者はいないようですね。ここで随分時間を潰しました。急いでフラグラに向かいましょう。
「うむ、そうだなぁ」
+++++
バキラ王国のイーゼル要塞では、アプルッツイがバレージ伯爵から第3王子の身柄交換のため獣王国が欲しがっているという小娘を送ると連絡を受けていた。
その小娘を乗せた補給船が今日到着予定だった。
要塞に隣接する港にやって来たアプルッツイは、そこに居た補給係に声をかけた。
「おい」
「あ、アプルッツイ隊長、こんな所に何の御用でしょうか?」
「今日到着予定の補給船に俺宛ての荷物が届くのだ。すまないが船が到着したら連絡してくれないか」
「はっ、分かりました」
そして隊舎に戻ったアプルッツイが業務を終えてふっと顔を上げると、既に日が随分傾いていた。
アレは獣王国に捕まった第3王子の身柄交換に必要な道具で、正妃様からも必ず受け取るように指示されていた。
それをたかが補給係にぞんざいに扱われて腹が立った。
椅子から立ち上がったアプルッツイが港まで急ぐと、そこで見つけた補給係を捕まえた。
「おい、お前、補給船の到着を何故報告しないんだ?」
アプルッツイが怒鳴ると、補給係は目を見開いて驚いていた。
「す、すみません。ですが、船がまだ到着していないのです」
「なんだと、それはどういう意味だ?」
アプルッツイが食って掛かると、気圧された補給係が震える声で答えてきた。
「た、多分ですが、航路上で何かあって迂回しているのではないかと思われます」
「迂回?」
「ええ、よくある事なので、数日待てば到着すると思います」
「数日だって、それは本当か?」
アプルッツイがそう問い質すと、補給係は困った顔になった。
「ま、まあ、砂賊に襲われた可能性も無いとは言えませんが」
アプルッツイは、それを聞いて背中に冷たい汗が流れた。
これは拙い、非常に拙い。
アプルッツイの脳裏には正妃の怒り狂った顔が浮かんでいた。
「おい、今すぐ捜索のための船を出すのだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。砂嵐やら危険からの迂回などで補給船が予定日よりも遅れるのはよくある事です。遭難と判断するにはまだ早いです」
「なんだと、それじゃあいつまで待てば、捜索を出すんだ?」
「規定では、まる3日遅れた後です」
「3日、3日だと」
くそっ、そんなに待ったら生きている者も助からんぞ。
だが、軍規で決められた規定を破るわけにもいかないので、じっと我慢するしかなかった。
これは伯爵様に知らせておかなければならないぞ。
+++++
ハンモックに揺られて眠っていた私は、胸の上に乗ったガイア様の可愛らしい前足で頬を押され、変顔になっていた。
「う、う~ん」
「おい、起きろ、アリソン。誰か来たぞ。遭難者が居ると知らせないと、去って行ってしまうぞ」
だが、ハンモックのゆっくりとした動きで深い深い眠りに落ちていた私は、全く反応していなかった。




