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夕餉

「いやはやしかし、弟君のご判断は素晴らしかったな。これもノルデン伯爵の教育の賜物か」

「ああ、普段から伸び伸びと過ごさせていたようだからな。おかげで、領民もリューゲの話をよく聞いていた」


 オルデン侯爵とアオフリヒ様を招待した食卓で、侯爵が快活に笑う。

 彼の言葉に相槌を打ちつつも、やんわりと棘を混ぜるアオフリヒ様に、内心でため息をついた。

 確かにここ数年、兄上のようによく直轄領――ノルデン家が代理を立てることなく治めている土地の人と交流していたけれども。

 だからといって、わざわざこの場でその話をする必要はないと思うのだが、それは自分だけだろうか?

 オルデン侯爵も、驚いた様子で軽く目を見開く。


「山中で見たあの身のこなしも、偶然ではなかったのか。素晴らしい」

「お褒めに預かり光栄です。でも、指示の出し方といった知識の面については兄上から教わったことだったので」


 キレイな敬語の端々を少し崩しつつ、兄上を持ち上げる。

 だが、それらを教わったことについては嘘ではないし、おかげで誰にどんな指示を出せばいいのか、迷うことがなくて助かった。

 もちろん、兄上から教わったことはそれだけではなく、彼が家庭教師や学園の教師から教わったことの半分くらいを、兄上は内容を噛み砕きながらわかりやすく教えてくれていた。

 もっとも、それを聞いていたのは五歳以前からのことなのだが。

 それでも教わり始めた当時からなんとなく理解できていたのだから、兄上は凄いと思う。


「正にかつての行いが身を助けたというわけだ」

「はい。しかし、それもリューの理解力あってのこと。指示の出し方など、彼が幼い頃に教えたことですから」

「僕は兄上が死んじゃうかもと思って必死だっただけです。それに、できたのは兄上が簡単に説明してくれたからですし」


 侯爵の言葉を受けて、兄上は謙遜をしてみせる。

 むしろここは侯爵の褒め言葉を素直に受け止めるべきだと思うけどな。

 これで、アオフリヒ様や父上経由ではなく、明確に兄上と侯爵の間に縁ができるのだから、多少有能さを見せつけても問題ないはず。

 兄上が有能な人間であることに間違いはないのだし。


「ふむ、オルデン伯爵のご子息は二人とも謙虚なのだな。それで、伯爵はどこへ?」


 何を納得したのか、鷹揚に頷いた侯爵は食堂を軽く見渡してからそんなことを尋ねる。

 リーヴルから父上は家を出て行ってからまだ戻っていないと聞いている。

 おそらくだが、市井の方にいる妾となる女性のところにいるのだろう。

 以前まではほとんど書斎にこもり、時折視察に出かけている程度の頻度だったのに、アオフリヒ様が来てから少しずつその頻度が高くなった。

 今ではほぼ毎晩、家を出るようになっていた。

 おそらくだが、思い返すと視察と言って外を出ていたのは、妾に会うためだったのだろう。


「僕はわかりませんが、リーヴルに聞いたらわかるかもしれません」

「では気にしないでおこう。そちらの執事の手を煩わせるわけには行かないのでな」

「いえ、彼は我が家の書庫番です。確かに以前までは筆頭執事として父上の補佐をしておりましたが、現在は彼の息子が担当しております」


 適当に知らないふりをしつつ、面倒なのでリーヴルに丸投げすると、それを察したのか侯爵は諦めたように軽く首を振る。

 彼の誤解を兄上が簡単に解くと、侯爵はまたも驚いたような表情を見せた。


 まあ、今回の救助ではかなり助かったし、書庫番とはいえ――書庫番だからと言うべきか――執事服を身にまとっている上に、モノクルまでかけているのだから、知らない人が勘違いしてもおかしくない。

 それに、まだ若いからというのもあるだろうけれど、彼の息子である現筆頭執事よりも仕事が早い。

 引退するには少々早かったのではないかと思うが、それでも息子が成人して数年経つくらいには年齢を重ねている。


「こう見えても、五十歳は超えてるんです」

「そうは見えんな。もう少し筆頭執事とやらとして働けば良かっただろうに」

「後で彼に伝えておきます。それと、おそらくですが、父上はまだ『仕事』をするため、外出中かと思われます」

「伯爵は随分と『仕事』熱心なのだな」


 兄上の言葉に、侯爵は目を細める。

 彼らの言う『仕事』という単語に含みがあるような気もするが……社交界における隠語なのだろう。

 余程のことがない限り自分は社交界と無縁でありたいから、自分には関係ないだろうけれど。

 まぁ、この状況から考えるに、おおよその意味合いは察しがつく。

 だが、さすがにそんなことは、九歳の子どもである自分が知るよしもないことなので、知らないふりをしておくことにしよう。


「ふむ……。ミルトと言ったか。取引をしないか?」

「と、言いますと?」

「貴殿が父君に関して助けを必要としたとき、手を貸そう。その代わり、貴殿が領主になった以降もヴァルク山で雪中行軍演習をさせてもらいたい」


 カトラリーを置き、兄上に話を持ちかける。

 取引とは言うが、どう考えても破格の条件だ。

 一見してこちらに得があるように聞こえる。

 それに、兄上がまた、今回のような不慮の事故に巻き込まれないとも言えない。

 もしそうなったら、今度こそ自分は助けられないかもしれないし、兄上は死んでしまうかもしれない。

 そんな確証のないことと引き換えに手を貸すと言うのか。

 何か裏があるとしか思えないけれど……侯爵のことだし、単に演習を続けたいのか?

 それとも、今後のことを見据えて?

 例えば、今後雪の多いところで国軍を利用する予定がある、とか。

 まぁ、軍所属ではない自分には関係のないことか。


「本当によろしいので?」

「ああ。二言はない」

「では、成立ですね。よろしくお願いします」


 兄上の怪しむような確認に、侯爵は鷹揚に頷く。

 これ以上疑ったところで、とでも考えたのか、兄上は警戒を解き、侯爵と握手を交わした。

 確かに、今後のことはまだわからないし、あちらの狙いを知ろうにも情報が少ないから仕方ないのか。

 それに、あの父上を失脚させられるかもしれない契約なのだから、手札として持っているだけでもいいに決まっている。

 それに、仮にこの話を父上に知られたとて、正確な用途が決まっていないから、問題ないのだろう。


「そう言えば、リュー。明日の予定は?」

「明日は街を回って、その後山を登ってみようかと」


 思い出したように尋ねた兄上に、食べ物を飲み込んでから答える。

 死者が出なかったとは言っても、怪我人が出たことにはかわりないし、元々時間のある時は待ちに出ていたのだから、かわりないはず。

 それに、おそらく雪崩を引き起こしたのだろうと思しき魔術陣のほうも気になる。

 山を歩くには少々危険な時期ではあるが、多少魔物の退治をする程度ならできるようになってきたし、道中の心配をする必要はないだろう。


「今山を登るのは危険ではないか?」

「僕は山道に慣れていますし、魔物も多少退治できます」

「確かにそれならば問題もないだろうが……ワシもついて行こう」


 いい考えだと言わんばかりに胸を張ってそんなことを申し出る侯爵に、思わず少し顔を歪める。

 なんのつもりだ、何を企んでる?

 それとも単に慈善的な感情から来るものか?

 父上が魔術陣を放置したことを知ってもらえる良い機会かもしれないが、むしろ自分が設置して自分で救助した、自作自演と捉えられかねない。

 侯爵が悪い人ではないと分かっているが、根っからの良い人とは断言できない。


「でも、侯爵は部下を見てないといけないのでは?」

「その点においては問題ない。こんな事があった翌日までアヤツらを働かせるつもりはないのでな」

「じゃあ、侯爵もお休みですね」

「ああ、休みだ。その休みをどう利用しようとワシの自由だ」


 こちらの逃げ道を塞ぐように的確な返しをする侯爵。

 そこまでして登山について行きたいのか。

 まぁ、侯爵のことだから、気を遣ってゆっくり目に、なんてことをする必要もないだろう。

 むしろ、自分が気を遣われるかもしれない。

 話せばわかる人だろうし、魔術陣を見せたら得になる未来に賭けるか。


「別に、楽しいものでもないですけど、それでよければ。登山は午後からのつもりです」

「あい分かった。楽しみにしていよう」


 心の底から楽しみにしているのだろう、満面の笑みを浮かべた侯爵が頷く。

 こちらからしてみれば、別についてこなくてもいいんだけど、なんて悪態をつく。

 心の外に漏れないよう気をつけはするが。


「ところで、頻繁にヴァルク山へ行っていると言っていたが、何か面白いものでもあるのか?」

「面白いものはないですけど、気分転換とお仕事の見学をしています」

「仕事の見学か。ふむ……もしや、林業に興味が?」


 そんなわけねぇだろ、なんて思いつつ、曖昧に笑顔を浮かべる。

 機械が発達していた前世ですら大変な仕事だったと言うのに、全て手作業の世界でそんなこと、したいと思うわけないだろ。

 そもそも仕事だってやりたくないのに。

 いや、こんな事考えてても仕方ないか。


 自分が頻繁に山を行き来していたのは、労働者に好印象を与えるためと、魔術陣の確認、それから魔物の住処をマッピングするためだ。

 まだ体ができてきたとは言い難いから、あくまでも縄張りより外に出た奴だけを対処しているわけだが。

 あ、どうせ侯爵がついてくるなら、大きめの縄張りの近くをいくつか通れば、壊滅してくれるんじゃないだろうか。

 いや、さすがに無謀すぎるか。

 でも一つだけなら試す価値はありそうだ。


「話が盛り上がっているところ悪いが、オレは先に失礼する」

「ほう、もうこんな時間でしたか。殿下、良い夜を。お二人ともっと話したかったが、明日もあることだ。私も失礼しよう」

「はい、お二方とも良い夜を」

「良い夜を」


 ガタン、と席を立ったアオフリヒ様に続き、オルデン侯爵も離席する。

 その背中に声をかけ、食堂を出ていく二人を見送った。

 侯爵の話に付き合っていて半分くらいしか食べれていないし、早く食べて寝よう。

 それで、明日は空いた時間で、兄上と沢山お話しよう――。

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