始末
「リューゲ。来い」
家へ帰ると、待ち構えていたらしき父上が仁王立ちのまま自分を呼んだ。
兄上には軽く断りを入れ、先導する父上について執務室へ足を踏み入れる。
今生で執務室に入ったのはこれで二度目となるが、その頻度が高いのかどうかはわからない。
少なくとも今回は、以前のように騒ぎ立てたわけではないことだけが確かだ。
ってことは、やっぱり呼び出しの理由は炊き出しについてだろう。
よく判断できたと子どもを褒めるような高等技術を父上が持ち合わせているはずもないし、釘を差されるんだろうな、ということくらいは見当がつく。
「なぜ呼んだか分かるな?」
執務室の中央窓際にある当主のための席。
そこに座った父上は、トン、トンと机を指で叩きながら口を開く。
呼んだ理由はもちろん、今回の炊き出しについてだろう。
むしろ、それ以外で呼び出されるような真似をした覚えはないし、普段の自分が何をしていようと父上には関係のないことなはずだ。
ただ、今までの不満をあらわにしながら父上と会話をするわけにはいかない。
普段はふだん、今回の呼び出しとは何の関係もないのだから、それについては頭から追い出さねば。
じゃないと返答が刺々しくなりそうだ。
「雪崩被害における救助活動を咎めたいとのことであれば」
「咎められるようなことをした自覚があるのか」
「いいえ」
深く息を吐きながら重ねられた質問に対して、即座に否定を入れる。
実際、炊き出しに関して咎められる筋合いはないし、ノルデン伯爵家の外部における株は上がったことだろう。
我が家が出した損失は、溜め込んだ食材を使ったことくらいだ。
その程度、多少節約した生活を何日か続ければ戻る量だし、もとより持て余し気味だったのだから何の問題もないはず。
「勝手な行動で他人を巻き込んだこと。勝手に屋敷の食材を使ったこと。勝手に責任者を屋敷から連れ出したこと。それについて心当たりは」
「それがあえて悪く言ったものなのだとすれば、あります。しかし、書庫番と料理長はともかく、御者は自分についている人間ですし、侍従たちは仕事を放棄していた人に仕事を与えただけです。それに、おかげで死者を出さずに済みました」
「では残り二つはどう言い訳するつもりか」
「屋敷の食材については、もとより持て余していたものを消費しただけなので、むしろ腐る前に使えたと言えます。料理長を連れ出した件については、炊き出しを行ううえで最も優れた人が手早く沢山作る上で重要だったからです」
全て合理的な判断ですよね、なんて表情を浮かべてみせる。
まぁ、平民は見捨てるのが合理的だというのであれば、自分の行動は全く合理的ではないのかもしれないけども。
だが、人は国の宝だと聞いたことのある身としては、見捨てるなんて選択肢をとることはあり得ない。
今回の対応を見るに、本人からしたらあり得るんだろうけども。
「屁理屈を……。勝手な行動は自重しろと明確に言った方が分かりやすかったか?」
「しかし、最善の結果として終わりました。それとも、ノルデン家の信用が落ちて、兄上が死ぬほうが最善の結果だったとでも?」
怒りを堪えているのか、眉間にしわを刻みながら問いかける父上に、皮肉を交えて言葉を返す。
極めつけに片眉を上げて鼻で笑い飛ばせば、そのこめかみに青筋が浮かんだ。
さっさと言いたいこと言って執務室から追い出せよ、なんて頭の片隅で考える。
五歳の頃から思っていたが、やはり自分に関して――というより、領地の損得に関わらないことについて、あまりにも興味がなさすぎないか?
兄上は後継者だから、領地の得になるよう家庭教師を手配していたようだし、今回に関しては家にとって損になるような行動を自分が取ったから釘を差している、と。
「今まで領地のことに心血を注いできた父上の崇高な考えを推し量ることはできないですけど」
崇高、という言葉を強調しながら、言葉を重ねる。
今回に関しては、領民からの支持を得られなくなる可能性もあったのだから、少なくとも傍観しているのは悪手だっただろう。
西欧系の文化圏らしいことはここ数年で理解した。
だから個人的に元日本人の感性からしてみれば、そうやって恩を見せつけるような行動は好まないけれど、この世界ではそうも言ってられないわけだし。
「父上、失礼します」
コンコンコン、と三回ノックされた扉の向こうから、聞き馴染みのある声が耳に届く。
父上の返事を待たずして、兄上が部屋へと足を踏み入れた。
そう言えば、ここに来る前に兄上が味方してくれるって言ってたっけ。
それで父上が意見を覆してくれるとは思えないけど、少なくともこの無意味な呼び出しの時間は終わるだろう。
「許可を出した覚えはないが?」
「父上がリューのことを不当に責めていると耳に挟んだので参りました」
「不当に、だと?」
「はい。父上はリューの行った炊き出しに関して話をしていたかと思います。ですが、それは周囲にとって、我が家が行ったことのように映ったはずです」
眉根を寄せて訊き返した父上に、兄上が物怖じせずに頷く。
そのまま言葉を続けると、父上はますます頭がいたいと言わんばかりに表情を歪めた。
炊き出しを行ったのは確かに自分で、自分はノルデン家の一員。
しかも、炊き出しに関与した人間はリーヴルや料理長と言ったノルデン家に仕えている人物。
周辺の人物からしてみれば、それを自分個人の判断で行ったことだとは考えにくいだろう。
「そして、そのおかげで死者が出なかったため、民たちからは『平民にも気を回す素晴らしい領主』として認識されたはずです」
「それになんの得がある?」
「おそらくですが、その噂を聞いた商人の一部が他領から流入してくるはずです。そうすれば、父上が求めている北領の経済発展に貢献できるかと」
迷いなく言い切る兄上に、父上は深くため息を吐く。
納得したのか呆れたのか、それとも観念したのか――その行動の真偽は定かではないけれど、力を抜いた様子で短く自分と兄上に下がるよう指示を出した。
にしても、父上の目的の一つが経済発展ね。
発展させてどうするんだ、とは思うけれど、少なくともこの土地に固執する理由が判明したと言えるだろう。
おそらくだが、前世の知識を活用すれば多少経済を発展させることはできるだろうけれど、少なくともその知識を父上に使うつもりは毛頭ない。
やるにしたって、兄上が領主の地位を正式に継いでからにするだろうし、その頃にはこの記憶も風化しているだろうから、どちらにせよ自分が力になることはないだろうな。
「兄上、ありがとうございました」
「気にしないで。それに、あれはリューが責められることじゃないし」
むしろ父上が悪い、と言い切る。
自分のためにそこまで憤慨してくれるのかと驚きもあるが、それ以上に博愛主義者な側面の強い兄上がそうやって言い切るほうが余程意外だ。
反感を持っている……というわけではないのだろう。
むしろノルデン家の後継として、将来北領を治める方法の一つを父上から学んでいるはずだ。
だから、父上のことは畏敬の念を抱いていてもおかしくない。
学園に行って知見が広かったってことなんだろう。
「リューも今日は頑張って疲れただろう? 殿下や侯爵も部屋に戻っているようだし、リューも休もう」
「うん。あと、兄上が無事で、良かった」
「助けてくれてありがとう、リュー。僕の自慢の弟だよ」
ゆっくりと、丁寧に、やわらかくほほ笑みながら言葉を紡いだ兄上は、ぎゅう、と自分のことを抱きしめる。
数秒のハグをしたあと、名残惜しそうに離れた兄上と共に、自分の部屋に向けて、再度歩き始めた。




