再編
「アオフリヒ様、失礼いたします」
「入れ」
扉の内に招かれ、周囲に侍従がいないことを確認してから部屋の中へ入る。
今回のことで、アオフリヒ様と長時間いることは侍従にとってよくないものとして映っているらしいことはよく分かった。
だからこそ、気をつけるべきかと思ったんだが。
とは言えこれは前日から約束していたことだし、仕方ない、仕方ない。
「今日は災難だったな」
「実際、普段と違う行動を取っているからか挙動不審でしたし、事前に聞いていたので」
「そうか。無事で何よりだ。それで? 収穫はあったのか?」
本から顔を上げ、アオフリヒ様はそんな事を聞く。
収穫というのは、言わずもがな魔術陣に関することだろう。
一応あのあと、書庫に戻ってきたリーヴルに結果を聞いたが、返答はあまり前向きなものではなかった。
問題が発生したら対処するが、それまでは捨て置いて構わない――それが父上の話だったようだ。
となると、父上の力を借りて雪崩を防ぐのは難しいだろう。
そういった自分の意見も交えつつ、アオフリヒ様に報告した。
「そうか……。それなら、仕方がない。この件からは手を引く」
「ですがそれでは……」
「代わりに、その計画を利用させてもらうとしよう」
アオフリヒ様は愉快そうに口に弧を描く。
利用すると言われても、何をするのか全く分からない。
まあ、そういった策謀を練るのは自分よりも彼のほうが向いているのだろう。
伊達にあの王宮で生きていないというわけだ。
まぁ、普段は庭に建てられた一軒家に押し込められているようだが。
「最近山を登ったのも好都合だったな」
「と、いいますと?」
「前々からエーヴィヒ国軍には雪中行軍演習が足りないと思っていた。だが、今までは良い場所がなかったから、そういった話が現実になることはなかった。しかし今年はオレが来ることで、ここと縁ができた。しばらくいるつもりだし、冬を越す間にどれだけ雪が積もるかは分かるだろう。都合が良さそうなら演習にあの山が使えないかと思っていてな。オレが提案をしたとなればおかしな話でもないだろう」
ちらりと窓から見える山を一瞥し、そんな事を言う。
確かに、ここと王都では転移門を使う程度には距離があるし、王都の方では雪が降らないと言われてもおかしな話ではない。
となると、雪中行軍もあまりしないことだろう。
しかし、一部地域にだけエーヴィヒ国軍を毎年連れて行くには、雪中行軍だけでは口実が足りない。
だが、今年――いや、来年からは第二王子殿下がここに来て都合がいいと判断したという口実が追加でできる。
雪崩の発生時に出る被害を最小限に抑えられるよう洗練された人を置いておくというのもついでにできる。
幸いにも、発生時期はおおよそ検討もついているし、行軍の予定をそれに近づけられれば一石二鳥というわけだ。
「考えは分かりましたが、どうやって日時を近づけるんですか?」
「まだ考え中だ。今思いついたことを言っただけだからな。リューゲもなにかいい案があれば出してくれて構わない」
少し待て、と顎に手を当てながら考え込む。
まぁ、若干五歳にしてあの短時間でこんな案が出てきた時点で異常なのだし、当然と言えば当然なのだが。
改めて、アオフリヒ様が五歳であるという事実が頭から抜け落ちそうになる。
自分は前世の記憶があるからこそ渡り合えているけれど、もしこの記憶がなかったら彼の言っていることや狙いが全くと言っていいほど分からなかったはずだ。
それで、どうやって演習の日付を雪崩の日に近づけるか、だったか。
演習をするという口実だけならば、ちょうどいい量の雪と、雪中行軍の訓練が足りていないという理由の二つで充分だ。
だが、それだけではむしろ人通りの多くなる時期は避けるだろう。
そのためにもう一つ理由が必要だ。
となれば、避ける理由を逆に利用してしまうのはどうだろうか。
「……慣れない雪道に慣れるのに加えて、道中の平民の護衛も兼ねる、というのはいかがでしょうか。冬とはいえ山では魔物が来ないとも限りませんし、護衛中に出現した魔物の討伐であれば、雪中での戦闘訓練には良いかと」
ヴァルク山に生息しているのは、冬眠する獣型の魔物――魔獣が五割、それ以外の魔物が四割で、残りの一割が普通の動物だ。
だから、決して魔物が出現しないとは限らないし、むしろ強力な魔獣や黒龍が冬眠しているからと活動が活発になる魔物もいる。
例えばゴブリンやオークなどがそれにあたる。
それに、冬の間はほぼ一方通行と化している山道も、すれ違ってなお一人分余る程度には道を広くしてある。
理由は単純で、転移門が使えない人々の主要ルートの一つとなっているからだ。
さすがに舗装はされていないからガタガタだけれど。
だが、人々を庇いながら魔物を切り捨てていくのにそう苦労はしないだろう。
山道を登る羽目になっても、苦労するほど急な道は魔物も使わないだろうし、そのあたりを心配する必要もない。
「なるほど、いい案だ」
「人通りが多くなるであろう三日間ないし四日間に行軍演習を被せれば、日付も融通を利かせやすいでしょう」
「ではその案を採用しよう。冬を越したら、オルデン大将に手紙を書く。内容は……そうだな『ノルデン領はゆきがおおいです。まえに話していた、雪中行軍演習というものにちょうどいいとおもいます』なんてどうだ?」
「いいと思いますが……そんな事を言っていたんですか?」
「陛下にその相談をしている場面を偶然目撃してな」
良い案を得たと嬉しそうな笑顔でそんな事を言う。
確かに、オルデン侯爵ならそんな事を考えていてもおかしな話ではない。
オルデン侯爵家は国軍二次指揮権――つまり、エーヴィヒ国軍の事実上の統帥権を持っている。
その上、オルデン侯爵家はずっと当主が大将と護衛騎士を務めている。
大将と皇室騎士団長はそれぞれ護衛騎士も兼ねることになっているため、その両者を、ということだ。
つまり、オルデン侯爵なら雪の慣れが足りないと考えたり、それを改善するため陛下に進言をしていても、おかしな話ではない。
そして、たまたまその話をアオフリヒ様が聞いていた、と。
「もちろん、ノルデン兵との合同演習の体を取っても良かったんだが、それだと対処に遅れる可能性がある」
「確かに、屋敷から徒歩で向かえる距離にあるとは言え、準備をしてからとなると遅くなりそうですね」
「だからこそ、雪中行軍演習の方にしたのだ」
ノルデン家を巻き込んでもよかったのだが、なんて不穏なことを言う。
巻き込むなんて言い方をするからには、良いことではないのだけはわかる。
それに、合同演習の体を取るなら父上も無関係ではいられなくなる。
もちろん、最初から無関係とはいかないだろうが、合同演習にすると、より深く関わることになる。
対処とやらをするのがどこからどこまでなのか、どの程度以上なら問題となるのかがわからない以上、咄嗟の時にストップがはいる可能性も否めない。
周囲の評判を聞くに、そんなことはしないと思われているだろうが、自分は父上の事をあまり信用していないし。
父上なら完全に収まったことを確認してから救助に向かうだろう。
そして、その間に雪に飲まれた人々は段々凍傷で死んでいく、と。
「それでは、冬の間はここに滞在するご予定で?」
「ああ。そうなるな。元から少々長めに滞在する予定ではあったが、これで帰る時期も決められそうだな」
「帰る時期というと、積雪量を見る必要もありますから、雪解けした春先ですか?」
「春には北の転移門を使って帰る。その道中でオルデン大将に手紙を書けば良いだろう」
どうせ馬車の中は暇だしな、なんて事をいう。
馬車が退屈なのは分かるが、だからといって馬車の中で物を書いたら字が汚くなるのではないだろうか。
むしろ、幼さを強調するにはいい方法なのか?
そう言えば、アオフリヒ様はある程度は誤魔化しているけれど、自分ほど熱心に気にかけてはいなさそうだ。
そもそもそういう教育をされているから、頭が少しばかり周りより良いのも当然、みたいな認識なのだろうか。
前世も今世も含めてまだ貴族社会には疎いな……。
まぁそれも仕方ないことか。
「これで一段落ですか。冬になるまで、もうできることはなさそうですね」
「そうだな。まさか、あの発言がこんなことになるとは思わなかったが」
「自分からしてみれば、バレるとは思いませんでしたよ」
「あんなわかりやすく呟いていたのにか」
「アレは思わず漏れただけですから」
からかうように笑顔を浮かべるアオフリヒ様から視線をそらしつつ、軽口で返す。
たしかにアオフリヒ様が隣にいたことを失念していたとはいえ、さすがに不用意すぎたことは認める。
今後は考え事をする時には周りに気をつけないとだな。
そうじゃなければ、考え事の時に単語を口から漏らさないように気をつけるか。
どっちも同じか。
「とりあえず、僕は部屋に戻ります」
「ああ、わかった。気をつけろよ」
「そっくりそのままお返しします」
音を立てないよう気をつけつつ椅子から降り、一礼をして客室をあとにした。




