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雪崩

「ふむ……そろそろか?」

「予定ではその通りです」


 窓から山の方角を望みつつ尋ねるアオフリヒ様に答える。


 計画から四年が経過し、九歳になった。

 季節は冬、一月上旬、天気は珍しく快晴。

 簡単に今年までに実行できたことを思い返すと、万全とは言えないまでも、対策としては充分だろう。

 雪解けを終えた春先、アオフリヒ様は宣言通り王宮へと帰り、その数日後にはオルデン侯爵から打診の手紙が届いた。

 どうやら一筋縄では行かなかったようだが、半分は権力に物を言わせ、もう半分はアオフリヒ様の助力でなんとか雪中行軍演習を実現させたそうだ。


 そして、ここ三年間雪崩や土砂災害は発生しなかった。

 あの魔術陣が悪意あるものによって設置されたと仮定するのであれば、あの日に自分たちが見つけたことはバレていなかったようだ。

 それから、やはりと言うべきか、ここ最近(ノルデン)領から木材が多く出ている。

 人が少なく、経済が停滞しがちな(オステン)領にリゾート地を作る計画が出ているらしく、そのためだ。


 東領は火山やその噴火に伴う地震が多いらしく、人が集まりにくいのだそうだ。

 だが、火山には温泉がつきものなのもまた事実。

 豊富な温泉とその効能が認められ、リゾート地を作る計画が通ったという。

 元日本人としては、一度くらい行ってみたいと思うが、現実を考えて、耐震技術とかを考えると、行くのは少し怖いし、難しいだろう。

 それこそ、市井に下らないとかもしれないな。

 ただ、アオフリヒ様との関係性が社交界で当然のことになっているらしい今、簡単には下れないだろう。

 それに、第二王子派筆頭である父上も、第二王子(アオフリヒ様)と関わりを持てる以上、許してはくれないだろう。


「朝早くには出立すると手紙に書かれていたので、あと数分で山間に差し掛かるかと」

「リューゲの兄上か、楽しみだな」

「会うのが、ですか? それとも、遭っているのが、ですか?」

「もちろん、会うのがに決まっているだろう」


 臣下となる人が危ない目に遭ってほしいわけがないだろう、なんて呆れた様子で言う。

 それもそうか。

 実際、利益的な視点で見ても、情からしても、自分だって兄上には死んでほしくない。

 学園で領地経営を学んでいる兄上はこのまま伯爵位を継いでノルデン領を活性化させてくれるだろうし、何より兄上は肉親だ。

 死んでほしいなんて思うはずがない。

 いやまぁ、フツウのオキゾクサマなら、次男以降は『上のヤツが全員死ねば自分が継げるのに』とか思いそうだけど。


 未だ誰にも言っていないが、自分は他人の上に立って仕事をするつもりはあまりない。

 もちろん、当初からの目標である『自分の地位を確立する』ことの達成に必要なら仕方ないとは思っているが。

 だが、わざわざ自分がやらずとも専門家が上に立って指示してくれるのなら、自分があえて上に立つ必要もないというもの。

 餅は餅屋と言うやつだ。

 そのためにも、兄上には健康に生きてノルデン領を治めてもらわないと。

 それに、自分が学ばなくても兄上が勉強してきてくれているのだから、その件について自分が苦労する必要もなくなるしな。


「兄上には良いお嫁さんを持って、この地に骨を埋めてもらわないといけませんから、そう言ってもらえて何よりです」

「普通は他の地に埋めてもらいたいと思うところだろう」

「僕には分かりかねます」

「ハハッ。そうだな、お前はそういうヤツだ」


 彼の言葉に何も知らないとばかりにしれっと返すと、その白々しい態度が面白かったようで、愉しげに口元を抑えた。

 アオフリヒ様こそ、自分よりも不名誉な噂を流されるかもしれないということを理解していないわけでもあるまい。

 それでもわざわざこの季節にここに滞在しているのは、新たに仕組んだ計画が順調に進むかどうかを見届けるためなのだろう。

 できることはしたし、炎の魔術に適正のある侯爵――今は大将か――が来ているのだから、原作ほど死傷者が出ることはないだろう。

 後のことは、これが解決してから一つずる対策をしていくしかないだろうけど。

 少なくとも、本編開始前にできるようなことで、自分だけでは成し得ないことはこの雪崩をどうにか凌ぐことくらいだろう。


「大丈夫。被害は最小限にとどまらせる。それがこの場にいる王族としての務めだからな」


 何に誓っても良い、と覚悟を決めた様子で口にした。

 その瞬間、轟音が響いて地面が揺れ始める。

 低温の地鳴りが屋敷にまで響き、視界に入るヴァルク山は勢いよく雪をすべらせていく。

 演習前に雪崩に巻き込まれたときの注意を伝えておいたはずだから、巻き込まれた軍人はともかく、巻き込まれていない軍人は収まり次第動き始められるだろう。

 山の地表面が見えないということはおそらく表層雪崩で、発生地点がおおよそ山小屋のあった付近であることを考えるに、やはりあの魔術陣が雪崩を起こした原因なのだろうことがうかがえる。

 侯爵がいるであろう地点は雪崩の起こった位置から少々ズレているようだから、問題なく救助に取り掛かることができるはずだ。


「救助に向かわないと」

「待て」


 部屋を出ようと踵を返すと、アオフリヒ様に制止される。


「お前が行って何になる? 足手まといだ。やめておけ」

「それは……っ」


 まっすぐこちらを見て説得にかかるアオフリヒ様に思わずたじろぐ。

 たしかに、子どもの姿である自分にできることなどないかもしれないが、それでも人が凍傷や低体温症になっているかもしれない現実を目の前で見ていることしか出来ない歯がゆさは、行動することでしか解消できないのも事実。

 それに、子どもでもできるようなことは少なからずあるはずだ。

 現に自分には前世の記憶だってある。


「――炊き出しをします。責任は自分が取りますから、行かせてください」

「なら、分厚い布も必要だろうな」

「はい。それと、体の冷え切っている人は火に当たらせないように促してください。急激に心臓へ冷たい血が巡るとよくなかったはず。雪を吸って服が重くなっているかもしれませんが、山の道中に持っていくわけにもいかないので、山の麓で炊き出しを行います」

「山の方はオレが行こう。誰でもいいから使用人に各家へ帰ってくる人の着替えの服を持ってくるように伝えろ」


 そちらは任せたと言い残し、アオフリヒ様は部屋を飛び出す。

 まさかすんなり許可を出してくれるとは思わなかったが、今は緊急事態だ、そんな事を言っている暇はないな。


 厨房に駆け込むと、複数の料理人が昼食の準備をしていた。

 おそらく兄上が来る時間に合わせて仕込みをしていたのだろう。

 いきなり入ってきた自分に驚いた様子で料理人の人たちが体をこわばらせた。


「リューゲ様、まだ料理はできておりませんぞ」

「それはいい。それよりも、なだ……土砂崩れが発生したのは見たな? 麓で巻き込まれた人のために炊き出しを行う。責任は自分が取る。食糧庫にはどのくらい食材がある?」

「一人当たりの量を半分に減らせば、三百人ほど……」

「じゃあ全部持っていこう。とりあえず持てるだけ持って……そうだな、大きめの鍋も必要だ。それから釜を組むための石と薪もだ。僕の馬車を使えばいい。だから、馬車に入る程度で、できるだけ身軽な状態で来てくれ。すぐに料理が始められるように」


 一方的にとりあえず持てるだけでいいと念を押して厨房を飛び出した。

 次に向かうのは書庫だ。

 使用人に、としか言われていないし、自分が信頼できる人はリーヴルくらいだ。

 それに、リーヴルなら自分の指示も理解してくれるだろう。

 彼なら、自分がどんな世迷言を言っていても、バカなヤツだと一蹴しないはずだ。


「リーヴル!」

「リューゲ坊、どうされましたかな?」

「これからヴァルク山の麓で雪崩に巻き込まれた人のために炊き出しをするんだけど、その人たちの着替えと乾いたタオルを持ってくるように街の人に伝えてほしいんだ」

「それはまた……いえ、リューゲ様の仰せのままに」

「頼む。あと、僕が使っている馬車を家の前に置いてくれる? そこに炊き出しの材料とか道具を入れるんだ」

「ふむ……わかりました、手配しておきましょう」


 気が急いているのは自覚しているが、ひたすら指示をまくし立て、頼んだよ、と言い残して、書庫をあとにする。

 指示はそこまで多くないから問題ないと思うんだけど。

 あと集めるべきは温かい毛布か。

 毛布の場所なら侍従たちに聞けばわかる。

 そう何度も変えるものではないけれど、多くの来客が来てもいいようにたくさんため込んでいるはず。


「毛布はないか?」

「りゅ、リューゲ様!? 毛布はそちらにございますが……」

「持てるだけ持って、家の前に来て。僕の使ってる馬車に乗せてほしいんだ。とりあえず三……いや、六人でいい」


 ぐるりと侍従たちのひしめき合う部屋を見渡しながら、考えをめぐらす。

 何人かは仕事をサボっているのだろう、立っているとは言え完全にリラックスした姿をしていたのを確認している。

 薄手の毛布を持っていくと考えた時に、一人およそ三枚持てると仮定する。

 三人なら九枚、六人なら十八枚。

 おそらく九枚でも何度か往復することを考えれば事足りるだろうが、念には念をだ。

 兄上のような、馬車に乗っているものはまだしも、その護衛を当てにして戻ってくるような平民は当然ながら徒歩なので、身体が冷え切っているはずだ。

 そして、そういった人のほうが多いに決まっている。


「できるだけ早く頼む。僕も手伝う」

「でしたら、そちらの毛布を……」

「わかった。侍女長、サボっていた人中心に働かせてもらえる?」

「お任せください」


 毛布を持てるだけ抱え、玄関先へと向かっていると、一階の玄関部分にさしかかったところで二階から呼ばれる声が聞こえた。

 なんの要件か知らないが、今はそんなことに構っている暇はない。

 こちらは人命がかかっているのだ。

 人の命ほど優先するものはないだろう。

 それに、要件があるならこちらに来てもらいたいものだ。

 見ていて忙しいことがわからないのか?


「リューゲ、止まれ!」


 再度呼び付ける声がする。

 二回聞けばさすがに父上が呼んでいることは分かるが、だからといってその指示に従うつもりはない。

 いやでも、今言うこと聞いておかないと後々めんどくさそうだな。

 でもすでに面倒なことになってるしなぁ。

 いいや、無視してしまおう。

 頭のなかで思考を巡らせて、無視する判断を下す。

 文句なら後で聞くから、今はほっておいてくれ。


「気にせずヴァルク山の麓まで走らせてください。できるだけ早く。雪に巻き込まれないギリギリ近くまで馬車に乗せたものと料理長を運んでください。全部おろしたら次の荷物を乗せて……って感じで往復してほしいです」

「承知しました」


 あとから追います、と御者に伝え、先に走らせる。

 御者台に御者と料理長が肩を並べているところを見ると、なんとなく面白いものを見ている気分になる。

 って、今はそんなこと考えている場合じゃないんだった。

 アオフリヒ様は既に山の方で救助に参加しているはず。

 リーヴルには頼んだからもう家を出て回っている頃だろう。

 炊き出しのために一番仕事の早い料理長を借り出したから、自分たちのお昼は遅くなるかもしれないけど炊き出しの準備やらはすぐに始められるはず。

 毛布はたくさん持っていくと言ったから、侍女長が戻ってきた馬車に食料と一緒に積み込んでくれるはず。

 あとは自分が現地に行って、できる限りの指揮をするだけだ。

 できる限りの防寒をして、自分も屋敷をあとにした。

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