第2話 Days2 「一寸先は前…なのか?」next
『7日8日9日10日(なのか?用か、9日10日)』
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【読者の皆様へ】
本作品はフィクションです。登場する人物・団体・場所などは、実在するものとは関係ありません。
また、本作品では、若年性アルツハイマーについて、できる限り正確な医学的情報に基づいた描写を心がけておりますが、表現や解釈に不正確な点が含まれる可能性がございます。あらかじめご了承くださいますよう、お願い申し上げます。
Deys2 続きから
車は、美雪となのかが暮らしている街へと向かっていた。
運転席の誠は、隣に座るなのかをちらりと見た。
なのかはスマートフォンを操作しながら、今日訪ねる場所を確認している。
「まず、お母さんの職場ね」
「おう」
「それから、よく買い物に行っていたお店。あと、私とお母さんでよく行っていた場所も確認したい」
「分かった」
「それと、道を間違えないでよ」
「おい。俺を何だと思ってるんだ?」
「運転中に道を間違えて、知らない町まで行っちゃう人」
「それは一度だけだろ!」
「一度でも十分でしょ!」
誠は口をとがらせた。
「いや、あれは道が悪かったんだ」 「道のせいにしない!」
「……はい」
なのかは、ため息をついた。
「本当に大丈夫かな……」
「大丈夫だって。今日はちゃんと目的地を確認してるから」
「その確認を、昨日からずっと私がしてるんだけど」
「……そうだったな」
「自覚あるんだ」
「さすがに、そこはな」
二人は、ほんの少し笑った。
しかし、すぐに車内は静かになった。
これから向かうのは、誠が知らない美雪の暮らしがある街だ。
美雪となのかは、誠との離婚を機に引っ越した。
それからの美雪が、どこで働き、どんな人と知り合い、どんな日々を送ってきたのか。
誠は、ほとんど知らない。
「……なのか」
「何?」
「お母さん、仕事はどんな感じだったんだ?」
「学習塾で働いてるよ」
「学習塾?」
「うん。勉強を教える仕事。お母さん、昔から教えるの上手だったから」
「そうか……」
誠は、うなずいた。
美雪なら、きっと生徒にも優しく接するだろう。
分からないことを質問されても、面倒くさがらずに教える。
そんな姿が、自然と頭に浮かんだ。 「……お母さんらしいな」
「でしょ?」
なのかは、少し誇らしそうに答えた。
「でもね、仕事のことは私も全部知ってるわけじゃないよ。お母さんが塾でどんなふうに過ごしていたかは、先生や生徒さんに聞かないと分からない」
「そうだな。まずは、そこからだ」 「うん」
誠は、ハンドルを握り直した。
「よし。今日こそ、お母さんの手がかりを見つけよう」
「……オトウ」
「何だ?」
「気合いを入れるのはいいけど、前を見て運転して」
「見てるよ!」
「今、私の方を向いてた!」
「……はい」
なのかは、呆れながらも、少しだけ笑った。 美雪の職場
最初に訪ねたのは、美雪が勤めている学習塾だった。
受付で事情を説明すると、職員が心配そうな表情を浮かべた。
「小林先生のことですね……。私たちも心配しているんです」
なのかが、少し身を乗り出した。
「母が最後に出勤した日や、その日の様子について、何か分かることはありませんか?」
職員は、確認できる範囲で話をしてくれた。
誠は隣で、静かに耳を傾けていた。
美雪が塾で働いていることは、なのかから聞いていた。
しかし、職場での具体的な様子は知らない。
「小林先生は、どんな先生だったんでしょうか?」
誠が尋ねると、職員は少し微笑んだ。
「生徒への接し方が丁寧な先生でした。勉強が苦手な子にも、どうすれば分かるようになるか、よく考えていましたね」
「そうですか……」
「説明も分かりやすくて、保護者の方からの信頼も厚かったんですよ」
誠は、うなずいた。
「昔から、そういう人でした」
思わず口にした言葉だった。 職員が誠を見る。
「ご主人でいらっしゃいますか?」 「あ……いえ。元夫です」
誠は、少し気まずそうに頭をかいた。
なのかが横から口を挟む。
「この人、そういうところを説明するのが苦手なんです」
「おい!」
「事実でしょ?」
「……まあ、そうだけど」
職員は、二人のやり取りに少し笑った。
そのあと、話は美雪の仕事について戻った。
「最後に見かけた日のことは、もう少し確認してみます。ただ、普段から接する機会のない職員もいますので、すぐには分からないかもしれません」
「お願いします」
なのかは丁寧に頭を下げた。
誠も頭を下げた。
塾を出ると、誠は建物を振り返った。
「……お母さん、ここで頑張ってたんだな」
「うん。仕事のことは、あまり細かく話さなかったけどね」
「勉強を教えるの、上手だったんだろうな」
「そうだと思う。私が小さい頃も、分からないところを教えてくれたし」
なのかは、少し懐かしそうに笑った。
「ただね……」
「ただ?」
「お母さん、自分で説明してる途中に、話が横道にそれることもあったよ」
「えっ?」
「勉強を教えてもらってたはずなのに、いつの間にか、お母さんのおばあちゃんの話になってるの」
誠は、思わず吹き出した。
「それは……昔からだな」
「そうなの?」
「うん。話し始めると、いろんなことを思い出すんだよ」
「へえ……」
なのかは、少し意外そうに誠を見た。
自分の知らない美雪の姿を、父親は知っている。
そのことが、なんだか不思議だった。
「よし。次に行くか」
誠が言う。
「うん。今度はちゃんと道を間違えないでね」
「まだ言うか!」
「信用がないからね」
「……返す言葉もございません」
知らない街、知らない美雪
二人は、美雪が普段利用していた店や、なのかと一緒に出かけたことのある場所を訪ねた。
なのかが覚えている道順を頼りに、ひとつずつ確認していく。
誠にとっては、どこも初めて見る景色だった。
「ここは、よく来ていたのか?」 「うん。買い物のついでにね」
「そうか」
「こっちの道を通ることもあったよ」
「へえ……」
「……オトウ、さっきから『へえ』しか言ってない」
「いや、知らないことばかりだからな」
「それはそうだけど」
なのかは、少し考えてから言った。
「私も、お母さんのことを全部知ってるわけじゃないよ」
誠は、娘を見た。
「一緒に暮らしてたんだろ?」
「一緒に暮らしてたって、全部分かるわけじゃないでしょ。私が学校に行ってる間、お母さんが何をしてたかなんて、知らないこともあるよ」
「……そうだな」
誠は、うなずいた。
「俺なんて、もっと知らないんだよな」
なのかは、すぐには返事をしなかった。
離婚してからの年月。
その間に、美雪がどんな生活を送り、何を考え、何を乗り越えてきたのか。
誠は、知らない。
そして、今、美雪がどこにいるのかも分からない。
「……お母さん、どこにいるんだろう」
なのかの声が小さくなった。
誠は、無理に明るい言葉を返さなかった。
「見つけよう。分かることから、一つずつ」
「……うん」
二人は、また次の場所へ向かった。
なのかが知っている母の変化
昼を過ぎた頃、二人は少し休憩することにした。
なのかは、スマートフォンに今日聞いた話を記録していた。
誠は、向かいに座る娘の表情を見ていた。
「……なのか」
「何?」
「お母さんの病気のことなんだけど」
なのかの手が止まった。
「うん」
「今まで、どんなことがあったんだ?」
なのかは、少し考え込んだ。
「若年性アルツハイマーって診断されてから、私も気をつけて見てた。物忘れのこともそうだし、前なら迷わなかったことに戸惑うこともあった」
誠は、黙って聞いていた。
「でも、いつも同じじゃないよ。普通に話せる日もあるし、しっかりしてるときもある。だから、病気だから何もできないってことじゃないんだよ」
「……そうだな」
「それに、私が知らないところで、どんなことがあったのかも分からない」
なのかは、スマートフォンを見つめた。
「今回、いなくなったのも、病気の影響なのかもしれない。でも、そうだって決まったわけじゃない。何か別のことがあった可能性だってある」
「うん」
「だから、ちゃんと探したい。お母さんがどこにいるのか、何があったのか……知りたい」
最後の言葉は、少し震えていた。
誠は、娘の手元を見た。
自分が家族と離れていた間に、美雪は病気と向き合い、なのかも母親を支えようとしてきたのだろう。
その苦労を、誠は今になって知ろうとしている。
「……俺も知りたい」
誠は静かに言った。
「お母さんに何があったのか。今、どうしているのか。ちゃんと確かめたい」
なのかは、父親を見た。
「……うん」
誠は、娘を励ますために「絶対大丈夫だ」とは言わなかった。
何も分かっていないのに、簡単な約束はできなかった。
ただ、捜すことをやめるつもりはなかった。
車内の思い出話――小指事件
再び車を走らせてしばらくした頃。
なのかが、ふと口を開いた。
「……お母さんって、昔から何でもできたよね」
「そうだな」
誠は笑った。
「頭もいいし、きれいだし、料理もうまいし。何でもそつなくこなす人だった」
「そうそう。学校のことも、家のことも、ちゃんとしてたし」
「うん」
「でも……」
なのかは、少し首をかしげた。
「たまに、ちょっと抜けてるところがあるんだよね」
誠は、思わず笑った。
「ちょっとどころじゃないぞ」 「えっ? そうなの?」
「そうだよ。お前、知らないのか?」
「知らないよ。どんなことがあったの?」
誠は、少し考えた。
「じゃあ、結婚する前の話をしてやろう」
「うん、聞きたい!」
なのかは、身を乗り出した。
「……ただし、笑うなよ」
「それ、絶対笑うやつじゃん」
「いや、真面目な話なんだって!」
「はいはい。どうぞ」
誠は、咳払いをひとつした。
「あれは、両家の顔合わせを翌日に控えた日のことだった」
「うん」
「俺は、ちょっとした拍子に小指を痛めたんだ」
「小指?」
「そう。今思えば、あれがすべての始まりだった……」
「何、その大げさな言い方!」
「いいから聞けって!」
誠は、当時のことを思い出しながら話し始めた。
その日、誠は小指を痛め、顔をしかめていた。
「痛っ……」
「誠さん、どうしたんですか?」
美雪が駆け寄ってきた。
「いや、小指をちょっと痛めたみたいで……」
「まあ、大変!」
美雪は誠の手を取ると、真剣な顔で小指を見つめた。
「大丈夫です。私、おばあちゃんから教わった治し方を知っているんです」
「治し方?」
「はい!」
美雪は、自信満々だった。
「昔から『病は気から』って言うじゃないですか。気持ちをしっかり持てば、きっと大丈夫です!」
「いや、病は気からって……小指を痛めたんだけど」
「大丈夫です。おばあちゃんが教えてくれたんですから!」
そう言うと、美雪は誠の小指に向かって、両手をかざした。
「いたいの、痛いの、飛んでけー!」
次の瞬間。
ぐいっ!
「いっっっっっっ!」
誠の叫び声が部屋に響いた。
「美雪さん! 何してんの!」 「えっ? おまじないですけど……」
「おまじないって、そんなに力いっぱい引っ張るものなの!?」
美雪は、不思議そうに首をかしげた。
「でも、おばあちゃんは、これで治るって言ってましたよ?」
「いやいや! 治るどころか、今、すごく痛くなったんだけど!」
「おかしいですね……」
美雪は、もう一度、誠の小指をじっと見つめた。
「もう一回やります?」
「やらなくていい!」
誠は、慌てて手を引っ込めた。
「もう十分! 気持ちは十分伝わったから!」
「そうですか?」
美雪は、少し残念そうだった。
「せっかく、おばあちゃん直伝のおまじないなのに……」
「そのおばあちゃん直伝のおまじない、ちょっと信用できないんだけど!」
「まあ。おばあちゃんに失礼ですよ」
「いや、失礼なのは俺の小指だよ!」
誠は痛む指を押さえながら、ため息をついた。
ところが、翌朝。
小指は、見た目にも分かるほど腫れ上がっていた。
「……美雪さん」
「はい?」
「俺の小指、すごいことになってるんだけど」
美雪は、誠の手を見るなり、目を丸くした。
「あら……!」
「『あら』じゃないよ!」
「誠さん、コレは……きっと折れてますね」
「これは、病院に行った方がいいですね!」
「最初からそうしてくれ!」
美雪は、誠を病院へ連れていった。
診察の結果は、複雑骨折だった。
誠は、診察室を出てから、美雪に尋ねた。
「……昨日のおまじないで、必ず治るんじゃなかったの?」
美雪は、少し考え込んだ。
「おばあちゃんが、そう言っていたんです」
「だから?」
「『必ず治るから安心おし』って……」
「……それで?」
美雪は、誠の小指を見つめた。
そして、にっこりと笑った。
「誠さん……治らないで、小指……折れちゃいましたね」クスッ!
「いやいやいや! 笑顔で報告しないで!」
美雪は、とうとう吹き出した。
「ふふっ……ごめんなさい!」
「こっちは明日、両家の顔合わせなんだぞ!小指がこんな状態で、どうするんだよ!」
「大丈夫です。誠さんなら、きっと大丈夫です!」
「だから、何が大丈夫なんだよ!」 「えっと……」
美雪は、少し考えた。
「……『病は気から』じゃなくて…『笑いは気合いから』ですね……」
「いや、今の流れで何でそうなるんだよ!」
美雪は、さらに笑った。
「だって、誠さんがあんまり深刻な顔をするから……」
「誰のせいだと思ってるんだ!」 「私……ですかね?」
「私、ですかね? じゃないよ!」
美雪は、クスッと笑って誠を見てた。
誠も、とうとう笑ってしまった。
翌日の顔合わせでは、誠は小指をかばいながら出席した。
事情を聞いた美雪の家族も、最初は心配したものの、話を聞くうちに笑い出してしまった。
美雪は、最後まで申し訳なさそうにしていた。
ただし、時々、思い出したように笑っていた。
「……というわけだ」
誠が話し終えると、車内は静かになった。
なのかは、口を押さえていた。
「……ぷっ」
「おい、笑うなよ」
「だって……お母さん……!」
なのかは、とうとう吹き出した。
「何やってんの! おばあちゃんのおまじないを信じるのはいいけど、何で小指を引っ張るの!」
「俺も、それを聞きたいよ!」
「しかも、骨折してるのに『治らないで、小指、折れちゃいましたね』って!」
「そう! それも可愛く、あの笑顔を見せてやりたかったよ!」
「無理だよ! 今、想像しただけで笑っちゃう!」
二人は、しばらく笑い続けた。
誠は、涙をぬぐいながら言った。
「いやあ……あれは本当に参った」 「オトウも大変だったね!」
「だろ? 結婚前日に骨折だぞ?」 「でも、お母さんらしいね」
なのかは、まだ笑いの残る顔で言った。
「何でもできて、しっかりしてるのに……そういうところは、ちょっと抜けてるんだね」
「そうなんだよ。そこがまた、美雪らしいんだ」
誠は、懐かしそうに笑った。
なのかも、窓の外を見ながら微笑んでいた。
――オカアは、今も昔も変わらないんだな。
しっかりしていて、優しくて、何でもできる。
なのに、時々、信じられないようなことをする。
そんな母親の姿が、頭の中に浮かんだ。
そして、なのかは思った。
今も、どこかで困っているのだろうか。
何かを忘れてしまって、戸惑っているのだろうか。
それとも、誰かに助けてもらっているのだろうか。
笑っていた気持ちが、少しずつ不安に変わっていった。
「……お母さんに、会いたいな」
なのかが、小さくつぶやいた。
誠は、前を向いたまま答えた。
「……そうだな」
それ以上、言葉は続かなかった。
二人は、また美雪を捜すために車を走らせた。
手がかりを求めて 午後になっても、捜索は続いた。
なのかが覚えている場所を回り、店員や、以前から美雪を知っている人に話を聞いた。
美雪を見かけたという人もいたが、失踪した当日なのか、もっと前のことなのか、はっきりしない話もあった。
なのかは、聞いた内容をひとつずつ記録していった。
「ここは、最後に見かけた日が分からない。こっちは、日にちは分かるけど、そのあとどこへ行ったかは分からない……」
「分かったことと、まだ分からないことを分けておこう」
誠が言った。
「うん。あとで警察にも伝えた方がいいね」
「そうだな」
なのかは、記録を見直した。
「……オトウ」
「ん?」
「もし、お母さんが道に迷っていたら……」
そこで言葉が止まった。
誠は、娘の方を見た。
「……病気の影響で、いつもなら分かることが分からなくなっていたら、どうしようって思う」
なのかは、スマートフォンを握りしめた。
「でも、何が起きているのか、私たちには分からない。病気のせいだって決めつけることもできないし……」
「うん」
「だから、何でもいいから、手がかりが欲しい」
誠は、娘の言葉を黙って聞いていた。
「……見つけよう」
やがて、誠は言った。
「お母さんがどこにいるのか、何があったのか。ちゃんと確かめよう」
なのかは、うなずいた。
「……うん」
二人は、最後にもう一度、今日訪ねた場所と聞いた話を整理した。
しかし、夜が近づいても、美雪の居場所につながる確かな情報は見つからなかった。
夜の確認
夜になり、二人は今日集めた情報を整理した。
なのかは、警察に連絡を入れることにした。
「もしもし。母の行方不明の件で、確認したいことがあって……」
なのかは、今日訪ねた場所や、そこで聞いた話を伝えた。
確かな情報と、まだ確認できていない話を区別しながら説明する。
警察からは、現時点で新しい情報は入っていないこと、引き続き何か分かったことがあれば連絡してほしいという話があった。
「分かりました。ありがとうございます」
電話を切ったなのかは、しばらくスマートフォンを見つめていた。
「……新しい情報は、なかった」 「そうか……」
誠は、静かにうなずいた。
「でも、今日分かったことはある。明日も、それを手がかりに捜そう」
「……うん」
なのかは、少し考えてから言った。
「私、もっとお母さんのことを分かってるつもりだった」
「……そうか」
「一緒に暮らしていたから、何でも知ってるような気がしてた。でも、お母さんにも私の知らない時間があったんだよね」
誠は、何も言わずに聞いていた。 「オトウは、もっと知らないんだよね」
「……ああ」
誠は、正直に答えた。
「だから、これから知っていきたいと思ってる」
なのかは、父親を見た。
「……明日も、ちゃんと捜してよ」
「当たり前だろ。お母さんが見つかるまで、諦めるつもりはないよ」
「……うん」
源さんへの報告
誠は、源さんに電話をかけた。
「もしもし、源さん。誠です」
『おう。どうした?』
「今日の状況を報告しておこうと思って」
誠は、なのかと一緒に訪ねた場所や、そこで聞いた話を順番に伝えた。
美雪の職場で話を聞いたこと。
美雪がよく利用していた店を回ったこと。
美雪を覚えている人はいたものの、失踪当日の行動につながる確かな情報は得られなかったこと。
そして、なのかが警察にも確認を入れたこと。
源さんは、最後まで話を聞いていた。
『そうか。今日は、居場所につながる情報はなかったんだな』
「はい……」
『だが、誰に何を聞いたかは、きちんと残しておけ。確かな話と、まだ確認できていない話は分けるんだ』
「分かりました」
『新しい情報が出たら、今日の話と照らし合わせる。必要なら、もう一度確認すればいい』
「はい」
『警察から連絡があったら、その内容も整理しておくんだぞ』
「分かりました。ありがとうございます」
『礼はいい。それより、二人とも無理をしすぎるなよ。明日も動くんだろ?』
「はい。まだ、何も分かっていませんから」
『焦らず、できることを一つずつやっていこう』
「……はい」
電話を切ると、なのかが尋ねた。 「源さん、何て?」
「今日の情報を整理して、確かなことと、まだ分からないことを分けておけって」
「そうだね。私も、もう一度まとめておく」
誠は、うなずいた。
一寸先は前……なのか?
夜も更けていた。
一日中、歩き回って話を聞いた二人は、疲れ切っていた。
それでも、なのかはスマートフォンを手放せずにいた。
誠は、そんな娘を見て声をかけた。
「なのか。今日はもう休もう。明日も捜すんだから」
「……分かってる」
「俺も、今日聞いたことを整理しておくよ」
なのかは、顔を上げた。
「オトウ」
「ん?」
「今日は……ありがとう」
誠は、驚いたように娘を見た。
「え?」
「何、その顔」
「いや、お前からお礼を言われると思わなかったから……」
「……やっぱり、取り消そうかな」
「いやいやいや! せっかくの感動の場面だろ!」
「自分で感動の場面って言わないで!」
なのかは、呆れながらも笑った。
誠も笑った。
ほんの短い時間だった。
けれど、その笑いは、今日一日の疲れと不安の中に、小さな温かさを残した。
なのかは、少しだけ表情を和らげた。
まだ、父親を完全に信頼できるわけではない。
過去のことを忘れたわけでもない。
それでも、今日一緒に母親を捜した誠は、以前とは少し違って見えた。
「今日はもう休んで明日また朝から捜そう」
「…ところで、なのかさんや…」
「今日はお前の家に泊めてもらえないかねぇ…」
「…なんで、」
「オトウは寝る所がありません…」 なのかは、簡単に笑顔で答えた。
「……クルマの中」
「あぁー、そーゆーこと……ね!」
誠は小さくしょんぼりした。
なのかは、横で半笑いしていた。
「ウソ、嘘……冗談」
「分かってるって!」
「本当に?」
「本当だよ!」
なのかが指を指して言った。
「さぁ、ここからなら、なのかの家近いから帰ろう」
誠はハンドルをにぎった。
「了解!」
誠となのかの距離感が、ほんの少し近づいたような気がした。
「笑いは気合いから…でしょ!」 「クスッ!」
なのかは、また小さく笑った。
誠は、その笑顔を見つめた。
美雪を捜す旅は、まだ始まったばかりだ。
分からないことばかりで、手がかりも十分ではない。
それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。
誠は、心の中で美雪に呼びかけた。 美雪。 今、どこにいるんだ。
どうか、無事でいてくれ。
そして、いつかまた、三人で笑える日が来ることを願った。
一寸先は闇なのか。
それとも、前なのか。
まだ、答えは分からない。
それでも、明日も前へ進む。
誠となのかは、明日に備えて休むことにした。
明日も2人の旅は続く。
―――
12月2日…pm22:30
Days2・一寸先は前……なのか?・完




