八千代 1
お読み下さってありがとうございます!
あまりに長いので、2つにわけて投稿します。
俺はシシ垣の木戸を開け、夜陰に紛れ山へ向かった。目が暗闇に慣れてきたおかげで迷うことはないが、灯りがないと足元が不安だ。
あちこちに掘ってあるシシ落としが見えにくい。落ちたら串刺しになるので記憶を頼りに避ける。
竜山へ行く途中の山は枝打ちされた低木ばかりで、草も刈ってあるので見通しが良い。鹿やシシも見つけやすい為、危険が少ない。ここで柴を拾いにいき、火を起こすのは子どもの役目だ。
枯れた枝を見つけたので、火を起こす事にした。
さすがに夜も深く、しかも禁足地である竜山へ灯りもなく行くのは怖く、無謀だ。
火打袋から火打石、火打金、火口(煤をまとめたもの)を出す。
地面にすすを置き左手に火打石、右手に火打金を持ち、石の角を素早く強く打ち付ける。すると火花が火口に落ちる。息を吹きかけ、火を育てる。育った火を枯れ枝に移した。
灯りがあるとやはりホッとする。
俺は火種を踏み消し、完全に熱がなくなったのを確認してから竜山へ向かった。
竜山は禁足地なので手つかずの自然が残っている。そのため木も大きく迫ってくるような怖さがあった。
ここからは獣たちの世界だ。
竜山へ至る整備された道だが、夜は何が出てきてもおかしくない。
竜山から集落へ下りてくるのは鹿、猪が多いが、少しだが熊も生息している。
この日照りで山の食べ物は少ないだろう。相手も餓えている。死ぬ気で襲ってくるに違いない。
俺は生唾を飲んだ。
もちろん後ろめたい気持ちもあったが、それを遥かに上回る厳しい山の空気に神様を感じ、気をひきしめて禁足地に足を踏み入れた。
お社は山道の平らな所に建っていた。お社というよりは、少し大きい祠と言った方が理解し易いかもしれない。
人が数人、横になれるくらいの小さな社だった。
床は板張りで、正面の奥には棚があり、そこには御神体なのか、龍神様の彫刻が祀ってあった。あまりにも何もなく、ガランとした空間に俺は困惑した。
「ま、いっか」
とりあえず寝るに限る。何にしても体力は大事なのだ。俺はそのまま、何もかけずに横になった。明日は町に行き、物乞いでもして食べる物を手に入れなければならない。
一度外へ出、腕を振って火を消し、地面に押し付けた。
汗で枝の表皮がぐっしょりと湿っていた。
カンカンカン。
あーあーあー。
カカカンカン。
さぁさ さぁさ。
棒をたたき、リズムを取り、あぁ、さぁさ、など男たちのうたう声が聞こえる。
眠い目をこすり、あたりを見回すと、御神体の前に巫女装束の少女がいた。
よく見ると八千代だった。
元々、品もあり、きれいな顔をしていたので、体を洗い、上等な服を着ると別人のようだった。
「八千代! 千代姉! どこに行ってたんだよ! どれだけ探したと思ってるんだ! 良かった。生きててくれて良かった!」
俺は嬉しくなって八千代を抱きしめた。八千代はドンと俺を突き飛ばした。俺はバランスを崩し、後ろに倒れた。
『あなた、だれ?』
険しい声を出した八千代に俺は悲しくなった。
ずっと大事に思っていたのも、探し続けていたのも俺だけだったのだろうか?
「忘れたのか? 俺だよ! 千代姉こそ、6年もどこにいたんだよ」
『何を言ってるの? おれ君は9才よ! あなた誰?』
「いや、でも俺に間違いないし」
俺は嘘を吐いているわけではないことを証明するために、ずっと首に掛けていた八千代の作った御守袋を手渡した。
八千代は差し出された御守袋をしげしげと見つめ、触って確認する。しばらくすると気が済んだのか、わかったとため息をついた。
『おれ君なのは認めるけど、いつ、どうやってここに入って来たの? しかも成長してるって、なんで?』
俺はお社で寝ていたら、なぜかここにいたと説明した。伝えても胡散臭いが、本当にそうなのだから仕方ない。
俺の話を黙って聞いていた八千代が薄汚れた御守袋を手のひらで転がした後、俺の手に返してきた。
『未来のおれ君』
八千代が俺の頬にそっと手をあてた。
『御守袋、大切にしてくれてありがとう。
生き残ってくれて、ありがとう。おれ君だけは助かりますようにって、ずっと祈ってたから』
八千代がきれいに笑ったので、俺はしばらく見惚れた。それを誤魔化したくて、自分で思ったより鋭い声が出てしまった。
「は? 俺は6年間ずっと、おまえを探してたんだよ! おまえに取っておいた芋だって婆が食べたし、腹減ってないか、泣いていないか、ずっと心配したんだぞ」
八千代は声が大きいと注意し、扉の向こう側にいる男達に気付かれていないか、扉の隙間から、そっと覗いた。
祭りは何事もなかったように続いている。
八千代は安堵のため息を吐いた。
『そっか。おいも、約束通り配ってくれたのね。良かった。
ねぇ、おれ君。さっきから言ってる6年? って何? 御守袋の汚れ具合が気になったのだけど、おれ君、今、何歳?』
「15だけど」
『わたしは11。
どういう理由かよくわからないけれど、お社で寝ていたら6年前に来たってことね』
八千代はスッと真顔になり、怖いくらいの冷たい声で呟いた。
龍神様が憐れんでくれたのか、それともわたしを止めようとしているのか。
俺は八千代がとてつもなく恐く、誰も寄せ付けない孤高の美しさを感じた。
それを誤魔化す様に俺は八千代に話しかけた。
「それはそうと、なんでそんな格好でこんな場所にいるんだよ?」
俺は八千代の隣に座った。八千代は口の前に人差し指をかざし、内緒ねとお神酒を盃についだ。
『このお神酒、龍神様に差し上げるんだって。おいしいよね。雨乞の儀式のためにわたしも飲んだよ。
これを飲むと龍神様の巫女になるんだって。町で買った一等のお酒だから、本当かどうかは知らないけれど。
もし見つかった時に、助かるかもしれないから』
「そんな簡単に龍神様の巫女になれねぇだろ」
『龍神様の巫女は……』
八千代が言いかけて、扉を睨んだ。
外の音が止んだ。
俺たちはそっと扉を開け、細い隙間からのぞき見をした。
男たちが皆、言葉なく山刀やナタを腰にさし、銃を担いだ。60〜70人の男すべてが猟銃を持ち、険しい表情で並ぶ様は異様だった。
30人が松明を持ち、残りはシシ刀をくくりつけた槍を手にした。
年長の男を先頭に、男たちがオーオーと言いながら竜山の山頂を目指し歩きだした。
八千代が俺を引っ張り、部屋の真ん中に座らせた。
『おれ君。ぎゅってしていい?』
八千代が今にも消えそうな気がして、俺は焦って何度も首を縦に振った。
八千代が嬉しそうに笑って俺を抱きしめた。
『おれ君、最後に会いに来てくれてありがとう。ずっと優しくしてくれてありがとう』
お読み下さってありがとうございます。
澄川の親世代は近所の山に柴を拾いに行き、竈の火を起こすまでが子どもの仕事だったと言っておりました。
もちろん、火打ち石使用らしいです。マッチですらないんだ…と思った記憶があります。
澄川が子どもの頃 住んでいた町に、平家の落人(お姫様)の伝説がありました。キャンプ場があるくらいなので、そんなに険しい山ではないのですが、隠れ住むって、どうやって生計立てて、何食べていたんだろう。オオサンショウウオか?←今も生息している。
と子ども心に不思議に思っていました。
平家の伝説、西日本の山には、きっと大抵あるのだと思います。




