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龍を喚ぶ  作者: 澄川あや


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1/3

竜山

お読み下さり、ありがとうございます。

 わが齢 君が八千代に とりそへて

 とどめおきてば 思ひ出にせよ

        古今和歌集 詠み人知らず



 俺の村は山間部にあり、度々、干ばつに見舞われた。


 山間部の生活は厳しい。自然の中で生きるということは、自然の恵みを頼りに生きる一方で、自然の脅威にも常にさらされるということだ。


 生きていくのに大切な水は、山の雪解け水や小さな川や沢の水に頼っていた。

 大人達は、いつも夏になると水不足を心配していた。雨が降らない日が続くとすぐに水源が枯れた。

 水源が枯渇すると農作物は枯れ、食べるものも飲むものもなくなり、餓えや渇きで死んでいく。

 当然、木の実などの山の恵みは期待出来ない。

 平地のような大きな水田が作れないので、米や雑穀を細々と育てるが、年貢を納めると農作物はほとんど手元に残らない。それでも食べていかなければならないので、薪、炭などの副業でお金を稼ぎ、他の土地で穫れた米を高値で購入しなくてはならなかった。子どもも大事な働き手だった。


 干ばつが起こると、餓えや渇きでたくさんの村人が苦しみながら死んでいった。

 空気の乾燥から山火事が起こり、家や畑を失うだけで済めば良い方。火に巻かれ命を落としたり、鎮火が難しく集落すべてが焼失することもあった。

 最悪なのは長い干ばつの後に強い雨が降ると、山が怒り、土砂災害が起こることがある。そうなると一帯の集落が被害を受ける。

 逆に雨が降りすぎても体調を崩したり、農作物が育たなかったり、腐ったりして食べることが出来なくなる。


 水は非常に大切な資源だ。大切でありがたいものだが、ひとたび不足すれば命を奪い、逆に多すぎても人々を苦しめる。


 けれど仕方ない。抗うには自然は大きすぎる。

 人は自然を敬い、畏怖しながら、どうか穏やかであってほしいと祈り、願いながら生きているのだ。


 祈りと願いは儀式と祭りになった。


 思えば、俺の集落は祭りよりも雨乞いの儀式の方が多かったと思う。

 

 軽い渇水なら神仏に集落一同で祈ったり、竜が住むと言われる山(竜山)の頂きで火を焚いた。これが子どもも参加出来る、一般的な儀式だった。

 更にひどい渇水になると近隣の集落と合同で管理している竜山の中腹にある神社で儀式を行う。これは十年に一度あるかないかの珍しい儀式だ。

 とはいえ、十年ごとに決まって行われるわけではない。

 お天道様次第で、一度で天候が穏やかになる年もあれば、その次の年も日照りなら儀式が行われることもある。昔は3回続けて行われたこともあったらしい。


 合同の儀式は管理する集落が持ち回りで主催し、儀式の2日ほど前から山全体が禁域になり、儀式後も10日ほど立入は許されない。龍神様がおりていらっしゃるのだから、それが当然とされていた。

 儀式当日も成人男性のみが集まり、口なしの誓いが行われる秘儀中の秘儀なのだ。

 村の大人に聞くと、15センチくらいの竹の棒を両手で1本ずつ持ち、かけ声にあわせて歌って踊るらしい。

 らしいというのは、まだ俺の参加が許されていないからだ。だが男達の様子から何かを隠しているのは感じていた。

 何度聞いても、それ以上は余所者のおまえには教えられんと返された。


 少し竜山について話をしたいと思う。

 竜山はこのあたりで一番高い山だ。山の頂上に龍神様が住んでいると言われる禁域で、立入が許されていない。

 竜山は禁域だが、山の手入れや行事のため、村民には月に一度の入山が許されている。ただし、赤子は除き、よそ者の立ち入りは厳禁だ。

 村民全員(赤子は不参加。他所者厳禁)で入山し、下刈り、間伐、枝打ちなどの必要最低限の手入れをする。もちろん、念のための武器も備えてあるが、周辺の村々も月に一度同じ様に入山しているので、竜山頂上への道のみは緩衝地帯となり、熊などの獣と遭遇することも少なかった。

 竜山の頂上はなにもないが、中腹にはこじんまりとした神社がある。女、子どもはこの神社周辺を掃除するのが役目だった。


 俺は6年前に土砂災害で消えた、ここよりも少し上流にある集落の最後の生き残りだ。

 このあたりの集落は助け合わねば生きていかれない過酷な土地なので助け合うという暗黙の了解がある。

 だから俺は、保護してもらった集落の端に一人で住んでいる爺に預けられた。

 爺は体が不自由だが博識で、色々な事を教えてくれた。爺と細々と田畑を耕し、細々と生きていくのだと思っていた。最近しきりに町へ奉公に行けと言われている。だが、俺は離れ難くて、無理矢理居着いている。


 あたりはすっかりと暗くなった。俺は遠くの山まで水と食べものを探して歩き回ったので、とても疲れていた。それなのに成果がないので、帰ったら爺が町に行けとうるさいだろうと想像がつく。気が重くなり、ため息がひとつ漏れた。

 爺が粗末な家の戸口に立ち待っていた。足が悪いのに、ずいぶんと心配したようで、戸口の前に杖と引きずった足跡がたくさんついていた。


 爺は俺を見つけると安心したように息を吐き、目を吊り上げ、厳しい口調で俺を押した。


「おめぇ、無駄なことをしてないで、町に行け。人一倍知識は授けた。それで身を立てろ。二度と帰ってくんな」


 確かに今年は干ばつに見舞われ、水が底をつきかけている。だが、だからといって町に行けば助かる話でもない。そんなこと物知りの爺なら知っているはずなのに、何度も何度も町へ行けと言った。


「口減らしのために俺を追い出したいなら、やめてくれ! 俺はここにいなきゃいけないんだ」


「おめぇが、ここにしがみつかなきゃならん理由はない。町で生きろ。今すぐここから出て行け。誰にも見られんように、夜に紛れて逃げろ。村人を頼ろうなんて思うな。おめぇは一人で生きていくんだ。いいか、帰ってくんじゃねえぞ」


 爺は俺の背を押し、一人で家に入って戸を閉めた。


 つっかえ棒をしてあるせいで、戸は開かない。意地でも入れない気なのはわかった。爺の気が変わるまで俺は野宿だ。とりあえず今晩をどう乗り切るかを思案する。爺に言われるまでもなく、頼れる親しい家はなく、辺りは暗く、とても恐い。


 寒くはないが、体を休める場所が必要だった。爺に追い出されて村の神社へ行くのは、爺の顔を潰しそうで気が進まなかった。


「山の神社へ行くか?」


 竜山の中腹にこれから行くのは怖かったが、仕方がない。それに俺は竜山が嫌いではなかった。寧ろ好きだと言っても良い。何故かとても懐かしく、安心するのだ。


「そうか、俺はこの山から離れたくなかったんだな」


 危険なはずの夜の山は、俺に安心感を与えてくれた。


*****


 6年前のあの日の事は、ほとんど覚えていない。


 儀式が行われる3日前、男達が竜山の神社を清めに行った。下草を刈ったり、祠を掃除するそうだ。

 儀式が行われる2日前、竜山は禁域になった。誰も立入をしてはならないのだ。その事を幼なじみの八千代に伝えに行ったら、八千代は居なかった。日が昇ってすぐ、山に出かけたらしい。

 儀式の前日、集落の神社で村人全員を集めて、龍神様に祈りを捧げた。一緒に行くぞと誘いに行ったが、八千代はまだ山から帰っていないということだった。

 儀式当日、早朝から男達が竜山へ登る。夕方から深夜にかけて儀式が行われる。儀式が終わったら男達は朝を待って翌日の昼に帰って来る。男達以外は家から出るなと通達が来た。

 儀式が終わった翌日の昼、男達は血走った目をして帰って来た。皆一様に鬼の様な表情をしていた。それが子ども心に怖かった。

 男達は村の神社へ行き、祈りを捧げる。


 儀式が終わって翌々日、芋をもらったと村の長がサツマイモを切り分け、家々に分配した。一人一口しかない小さなものだったが、みんな喜んで食べた。俺は3切れ持って八千代の家に向かった。一緒に食べたかったのだ。笑って食べる八千代が見たかった。

 

 こんなに長い間会えないのは初めてだった。

 八千代に会いたかった。

 

 八千代は俺よりもたった2歳だけ年上で、とてもきれいな少女だった。

 血のつながらない婆と村の端でひっそりと暮らしていた。最初は俺の親が面倒をみていたようだったが、数年前に俺を一緒に連れて行った時から二人の世話は俺がするようになった。

 俺がしたかったのだ。二人とも俺が気にかけないと村と接点がないようだった。

 親は良い顔をしなかったが、何も言わなかった。


 

 家には婆しか居なかった。俺は持っていた芋を1切れ婆に渡し、これは八千代の分だから食べるなよと1切れの芋を皿に置いて家を出た。

 そして八千代を探しに山へ入る。あいつもきっと腹が減って、食えるものを探して山に入ったのだろう。

 そう思って八千代を探すが見つからず、昼八つ頃、雨のにおいがしたので下山し、そのまま家に帰った。

 それからすぐに雨が降り始めた。

 それまでは雨が少しも降らなかったのに、台風でも来たかのような強い雨が降り続けた。


 儀式が終わって3日目。

 雨は強い音を立てて降り続いた。ススキを束ねて作られた屋根は強く絶え間なく降る雨のせいで、至る所が雨漏りしていた。

 朝から山が不気味に揺れていた。たまに腹の底に響くようなドーンという音がしていた。

 外に出るのも躊躇われるほど強い雨だったが、家の中で居るのも怖く、みな外へ出ていた。

 山が怒っている。

 村の長の指示の元、体力のある男達が数人で一組になり、いつも薪や山菜を採りに行く山へ入り、崩れた場所や水源に異常がないか、一人で状況の確認をしに行った者を保護しに行った。

 俺は八千代が心配になった。怖かったが、何もしないで心配するのも怖く、勇気を出して八千代の家に行った。

 そこで八千代が居ないことを知った。

 この雨にこの異変。一人で山に入るのは自殺行為だ。危険以外のなにものでもない。それはわかっている。だけど、もし、この山の中で一人恐怖に震えていたらと想像したら、助けてやらねばならないと強く思った。

 だって俺は男だから。

 俺は大人達が行かない禁域の竜山へ向かった。

 

 すごい音と衝撃があり、そこからの記憶はない。


 気がつけば、竜山のふもとにある集落の男達に保護されていた。

 不思議なことに、土砂崩れにあったのは俺の集落だけで、他の集落への被害は全くなかったらしい。

 まるで何かが土砂を食い止めたかのように、土砂崩れは俺の集落だけを呑み込み、その先ではぴたりと途切れていた。

 


*****


「このまま雨が降らねば、ここらの集落は全滅じゃ」

「合同で雨乞の儀式をするしかない」

 村の男達が陰鬱そうに切り出した。

「供物を用意するのは儂らの番じゃ」


 男達の目がどろりと濁った。

 改めまして、お読み下さってありがとうございます。

 昨日の活動報告にも書いたのですが、赤面するくらいのラブストーリーが書きたい!と思っていたのですが、家人たちにもホラーですねと断言され、ホラーのジャンルで投稿させて頂きました。ホラーかな? 解せぬ。

 ラブストーリーを書きたいとはじめましたが、一般的なラブな終わりが見えませんが、お付き合い下さいますよう、どうぞよろしくお願い致します。澄川のモチベーションが持続します。

 それでは、またお目にかかれますように。

ありがとうございました。


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