八千代 2
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これは遺言だ。
俺は多分泣いていたのだろう。けれど、喉に何か重い物があって言葉にならなかった。八千代は優しく笑い、そっと俺の顔をなぞった。
『大きくなってもおれ君は泣き虫ね』
八千代は笑いながら懐から1枚の木札を取り出した。
『私のお守りあげる。一族に伝わるお守りだから、きっと御利益があると思うわ』
八千代は俺の右手に木札を乗せた。赤子の手のひらくらいの3センチくらいの分厚さで、凸凹していた。よく見ると3人の女神が緻密に彫ってあった。
『おれ君、ずっとずっと大好きだよ』
八千代は俺の右手を包み込み、笑った。
『だけど、ごめんなさい。龍神様を喚ぶことはやめない。
本当はさっきまで迷っていたの。龍を喚ぶことは、おれ君を殺す可能性があったから。
だけど、大きくなったおれ君がいるということは、おれ君は生き延びてくれたってことだから。
たとえおれ君に恨まれても私は龍神様を喚ぶ。
終わらせなければいけない。
大きくなったおれ君に雨乞の儀式とは無関係で居てほしい。呪いとは無縁の普通の世界で生きて欲しい』
八千代の言うことは、意味がわからないことだらけで何を思って何をしようとしているのかもわからなかった。
まず何をどう聞けば良いのかわからず、俺は頭をかかえた。
「八千代、雨乞の儀式ってなんだ?」
我ながら、そこからかと思わないでもなかったが、まずはそれを知らなければ少しも話しが分からなかったのだ。
八千代は為政者の瞳をして言い切った。
『山狩りよ』
「山狩り?」
『そう。干ばつになり、山の水や食糧が不足になると野生動物が集落に来るでしょ?
鹿や猪、最悪熊が来るわ。だからその前に減らしておこうというわけよ』
「それで男達は銃や槍を持っていたんだな」
俺が納得すると八千代は苦笑いをした。
「それで、どうして
八千代がここにいる必要があるんだ?」
八千代はキョトンとして、スッと真顔になった。
『おれ君、竜山の言い伝え知ってる?』
「このお山のどこかに龍の腰掛けがある。
そこは枯れた沢沿いにあり、不規則にゴツゴツの岩がある、広く開けた場所だった。
そこに足を踏み入れたものは絶対に生きて戻れないってヤツ?」
『そう。この話には裏があってね。
実は、この祠の裏に崖があるの。
雨乞の儀式は、夜、大勢で山に入ることで獣たちを刺激する。その上で生贄を捧げ、その血のにおいで獣たちを呼び寄せ、隠れていた男達が銃で獣たちを殺したの』
八千代は一度、言葉を切った。
『生贄にされた者たちは、神域を血で汚した罪を死んでもなお、この山から離れて成仏する事を許されず、その場に留まり続けさせられたというの。
自分を見捨てた者たちへの強い恨み。
成仏させてもらえないという悲しみ。
その怨念が、そこに足を踏み入れた者の足首を掴んで、決して離さない。
雨乞の儀式をすればするほど呪いは強まり、山全体が呪われるようになった』
つまり雨乞の儀式は生贄を餌に山狩りをするということなのか?
俺は喉が乾き、八千代と呼ぼうとして、変な声が出た。一度、唾を飲み込み深呼吸をした。
「八千代は、なんで、ここに、いるん、だっけ?」
『生贄だからね』
冷静に言い切る八千代に腹が立ち、俺は荒々しく手首を掴んで立ち上がった。
「逃げるぞ、八千代」
『逃げない。
呪いは私達が作ってしまった罪。それを終わらせるのは生き残った私の役目。
最初は偶然だった。
ある日、逃げ隠れていた私の先祖は、源氏の兵たちに見つかってしまった。
この山のちょうど、この祠の裏になるのだけど、切り立った崖があってね。先祖は足を滑らせて崖から落ちたの。
先祖は途中の木に引っかかって助かったけれど、源氏の武士達はそのまま落ちてしまった。
それから追われるたびに、ここを通って崖の途中で身を潜め、難を逃れた。
だけど多くの人が死に、呪いを生んだ。
いつからか、干ばつの度に受ける獣害対策として、獣が集落に下りてくる前に呪いを利用し、獣が動けないのを良いことに撃ち殺し、殲滅し始めた。
呪いが私たちを呪い始めた。
奇病が流行し、生き残っても餓死する。人も木も、獣も新しい命は芽吹かず、長く生きられない。
みんな、みんな呪われてしまった』
悔やむように八千代が唇を噛んだ。
「そこにおまえが悪いことなんか、あるものか!」
『私は、おれ君に幸せになって欲しいんだよ。
呪いを壊したい。
だから、龍神様を喚ぶの』
龍を喚ぶとはどういうことか、喚んだらどうなるのかと、怖くて俺は聞けなかった。
『さようなら、おれ君。
幸せになってね。
たまにでいいから、思い出してね。
お昼までは出ちゃダメよ。撃たれるからね』
八千代は自分の手首から俺の手をそっと外し、手を振った。
そして八千代は笑って祠を出た。
外では、まだ時間ではないとか、年寄りの声がしたが、八千代が最期に色々見たいと言い張り、帰ってくることはなかった。
それが八千代の最後の姿だった。
お読み下さってありがとうございます。
おれ君と八千代さんにはモデルがいます。どこの山だったか覚えていないのですが、崖から落ちて死んでいる2人を猪が食べているというものを視ました。
2人は手を繋ぎ、お腹のあたりは壮絶なことになっていたのですが、それも込みで、2人がきれいで、猪込みでまるい、尊い世界だと思ったのです。キラキラしていたので、きっと成仏していたのでしょう。
山狩りはまるっと創作ですが、ずいぶん昔、土砂災害の様子は視た事があります。(辛い思いをされた方、大変な思いをされた方に、心よりお見舞い申し上げます。)
その日は用事があって父親と車で広島の可部の奥の方に行っていたのです。突然、大きな岩や木がたくさん川に流れて行くのです。びっくりして見直すと日常の風景だったのですが、岩が降ってくる感覚はとても怖かったです。
その時に、ここらへんは山から水が来るけん、絶対に家を建てちゃいかんと父親(仮)から聞きました。
それを聞いて私は、これは土地の記憶なんだなと純粋に納得していました。
そして、今、この話を書きながら思う事があります。
両親は私の事を気味悪がっていたので、私はそのような事を言わないようにしていました。
更に父親は直線距離で50キロ以上、車で2時間くらい離れた場所の出身で、この地の事は詳しくないはずです。
私は誰に助言を頂いていたのでしょうか?
それでは、またお目にかかれますように。
ありがとうございました!




