二十七作
5月6日正午過ぎ、両軍は衝突した。
豊臣方の真田・毛利・大野治長の軍の猛攻により味方が押されているのを直孝は感じた。
茶臼山で陣取って居たはずの真田が前線に出て突撃してくるという奇襲もあったのか軍に混乱が広がっている。
どう立て直すべきかと考えているうちに伝令が飛び込んできた。
「伝令!家康様の陣に真田信繁急襲!
家康様はご無事ですが、本陣は大混乱です。」
「戻るべきか!?」
「い、いえ。藤堂高虎様からの伝言です。
『そのまま前に進め』と。」
「承知した。」
伝令の者が退いていったのを見た後、内山太左衛門が
「よろしいのですか?家康様や秀忠様の加勢に向かわれた方がよろしいのでは?」
「毛利や大野の軍の一部を我らが止めている。
それに我らの位置は最前線に近い。
ここから本陣に戻れば後続の部隊と鉢合わせてより混乱を生む。このまま我らがなにもなかったかのように前を攻め続ければ相手に真田の奇襲が失敗したと思わせられるかもしれない。
何より今、我らが退こうとすれば追撃を受けて被害が広がる。このまま押しきった方がよい。
おそらく高虎様も同じお考えだろう。」
「なるほど。かしこまりました。」
「全軍、後方は気にせず前方の敵を討て!
我らの勝利がこの戦を分けると心得よ!」
直孝は声を張り上げた。それに呼応して井伊隊は勢い良く前進を始めた。
勢い良く進む井伊の部隊を目にした他の部隊の混乱も収まり同様に前方へと進んでいった。
こうして勢いはどんどんと広がっていき徳川勢は勢いを取り戻した。3時間もしないうちに形勢は逆転し豊臣勢は大阪城への撤退を始めた。
真田勢を壊滅させた松平忠直の軍が堀を埋められて丸裸同然の大阪城に一番乗りし城攻めを始めた。
翌日7日の午後4時頃には大阪城を徳川勢が取り囲む形になっていた。後方からその様子を見ていた秀忠は大阪城から火の手が上がるのを見た。
『もうすぐ終わる』そう考えていると家臣が走って来て
「大野治長の家臣・米倉権右衛門が使者として参りました。いかがしますか?」
「通せ。」
少し待った後、後ろで手を縛られた状態で米倉が連れてこられた。
「米倉殿、申し訳ないな。
窮鼠猫を噛むともいわれる。おぬしが私の命をとることに身命をかけないとは言い切れぬのでな。」
「いえ、ご拝謁頂きありがとうございます。
早速ですが、我が主大野治長より降伏するためにご譲歩頂きたい事を伝えに参りました。」
「その条件は?」
「秀忠様のご息女で秀頼様の正室であり淀殿の姪にあたる千姫を無事に大阪城よりお返し致します。
更に大野治長より以下の将が切腹し此度の戦の責任をとりますので、秀頼様と淀殿のお命だけはお助け頂きたくお願い申し上げます。」
秀忠はしばしの沈黙の後で静かに
「ならぬ。
二度までも同じ過ちを繰り返した秀頼に情けをかけたらこの無駄な戦に死した者達に詫びようがない。
何よりこの戦は乱世の終末を示すものである。
禍根を残して新たな火種となるくらいなら大阪城と共に塵になるまで燃えきらせるのが筋というものだ。
米倉殿のお帰りだ。
私の一言一句を漏らさずそなたの主に伝えよ。
私から大野殿への伝令である、丁重にお返ししろ。」
「はっ!」
米倉は青い顔で抵抗もせずに連れていかれた。
「直孝に伝令を出せ。
秀頼らの籠る山里丸を取り囲み、籠っておる場所に向け鉄砲を打ち続けろと。それで切腹しないなら討ち入って首を私のもとに届けよとな。」
「かしこまりました。」
走っていく伝令の背を見ながら秀忠は父・家康ならどうしただろうかと考える。意味のない事であり総大将として下した決断に後悔はない。
今、祈るのは無駄な戦いが起こらずに直孝らが無傷で帰還する事だけだった。




