二十作
「また戦か?」
「いや、お殿様が武具を付けられてないぞ?」
「家康様のお子様の婚儀を祝いに行くらしいぞ。」
「お祝い事ならよかった。」
名古屋に向かう道中の沿道で何回も聞いている話だった。はじめの方は家臣の中に咎めようとする者がいたが、直孝が『お祝い事に行くのに誰かを傷つける等あってはならない』と言い放ったため、これらの話し声も無視されている。
さすがに急いで出発しすぎたため軍備はあまり揃っていない。どちらにしても名古屋から大阪に戻る途中で近江の近くは通るため間に合わなかった分に関しては後々合流させる事にした。
家康様がいつ駿府から出発されるのかわからないため、行軍は少し速めになっている。
家康様より後に着くなど許されないからだ。
彦根を出て三日が経ち、4月の1日になっている。
その間にも大阪の方では色々とあるようで伝令が頑張って追いかけて来てくれていた。
内山政武を彦根に残し危急の事態の裁量は任せてあるので、政武がこちらに知らせておくべきと判断された情報が届けられていた。そこにまた新たな伝令が行軍先から現れた。
「伝令、井伊家当主・井伊直孝様でお間違いないでしょうか?」
「いかにも。」
直孝が答えると伝令は手紙を差し出した。
近くに控えていた太左衛門が受けたり直孝に渡す。
伝令が
「藤堂高虎様からです。」
「うむ、この者に水と食料と褒美を与えよ」
「あ、ありがとうございます。」
伝令が他の家臣に連れられていくのを見送って直孝は手紙に目を通した。
高虎様からの手紙は家康様の護衛として共に名古屋に向かう事、その出発が4日であり10日を目処に到着する予定である事が書かれていた。
こちらからすると九日分の猶予ができたので家康様より後に到着する事はないとわかり安堵した。
その他、秀忠様が婚儀には間に合わないが江戸を出て義直様のお祝いに来られる胸も書かれていた。
何人かの大名も連れての盛大なものになるらしい。
大名の名が並べて書いてあった。
直孝はその中でも加藤嘉明と黒田長政の名前に目を止めた。この二人は先の大阪の陣では江戸城で留め置かれた大名である。加藤嘉明様は秀吉の七本槍と呼ばれた名将で秀頼に仕えていた事もあるため離反を防ぐための措置がとられていた。
黒田長政様も秀吉の軍師の黒田官兵衛の嫡男という立場から同様の疑いで留め置かれていた。
この中に福島正則様の名前がないのは豊臣への思い入れが群を抜くからだろう。
直孝も秀忠様や家康様に対して忠誠心はあるが『この二人だからこそ』という部分がある。
尊敬する主君亡きあと小飼の頃からの友と袂を分けて関ヶ原で戦い、主君の興した豊臣家の存亡の時に何もできない福島正則様のお気持ちに至れる程の人生をまだ歩めていないと直孝は思った。




