情報食い.12
「今回の《プシュコポンポス》、何か形が違いませんか?」
キャシーが以前にも似た個体を狩ったことがあるように、カレンに訊く。
「ちょっとお腹が大きいんだよね、コイツ。中に何か入ってるのかも」
「カレンさん、ちょっとどいて貰えますか。何かが起こる前に破壊します」
ゾクッとするキャシーの声に、カレンは横に逸れる。キャシーは薙刀を構え、《プシュコポンポス》の殻を前に一線。
先ほどまで銃でも傷一つつかなかった《プシュコポンポス》の殻は、べろん、と肉ダレを起こして中身が零れ落ちる。
それは明らかに未成熟なで燃えカスみたいな《プシュコポンポス》の幼体だった。翼は二枚で、殻も光輪もまだ着いていない。三十センチほどの小型バグよりも小さな存在だ。
「危険ですね」
その《プシュコポンポス》の幼体に向けて真っ先に手を下したキャシー。しかしその攻撃は謎のバリアによって阻まれた。
「クッ……なるほどそう言う仕組みですか」
浮かび上がった幼体の《プシュコポンポス》、その額には【Ver.Ⅴ】の文字。母体が【Ver.Ⅱ】だから、三段階も状況に適応した存在ということになる。
「退いてキャシーちゃん! コイツは私が始末するんだから!」
カレンの声と再び構えられたバレットM82の銃口が、《プシュコポンポス》の幼体に向けられる。幼体はまだ眼も開かない状態で、ふわふわとまるで周囲の状況を計測するように漂っていた。
何か嫌な予感がする。全員がその直感を持った瞬間、カレンの銃口が火を吹いた。
そしてそれとほぼ同時に、キュイン、という音と共に《プシュコポンポス》を囲む膜が彼女の弾丸を逸らして無効化してしまう。
だが、それで諦める彼女ではなかった。
「……それならこの数はどうよ?」
彼女は瞬間的にM82を捨て、腰のホルスターから取り出したリボルバーを、そのまま腰につけるぐらい低く構え、ハンマーを片手で弾き、パパパン、と連射した。
しかしそれすらも全て《プシュコポンポス》は弾いて見せ、カレンを驚愕させた。
「弾丸は効かないようですね」
キャシーは入れ替わるように薙刀で、すぐさま《プシュコポンポス》を切り裂いた。
「ピギェエエエエエ‼」
絶叫を上げる《プシュコポンポス》の幼体。すると体をぶくぶくと膨らませて、二つに分裂した。そしてキャシーから逃げるように《プシュコポンポス》の幼体は、飛んで逃げて行く。
「三人は片方を追って下さい。もう片方は私が追います。コアは一つしかありませんから、どっちかが正解です」
そう言って彼女は鎧のまま全力疾走で、《プシュコポンポス》の幼体を追いかけていく。俺たちも三人ならと、急いでもう片方を追いかけた。
そしてキャシーが見えなくなったところで、ピタリと《プシュコポンポス》が停止して、コチラをクルリと振り返った。まるでキャシーがいない事を確認したように、辺りを見渡した後、《プシュコポンポス》は再び「ピギェエエエエエ‼」と鳴いた。
それに俺たちは全身の痺れを感じ始める。
「まさかコイツ……音で俺たちを痺れさせたのか……!」
俺は痺れながら二人を見る。俺よりも影響が大きいのかアベルとカレンは呼吸も苦しそうに、固まっている。
「高ポリの方が苦しいウイルスってことか……⁉」
俺は無理やり体を動かして前に出ると、《プシュコポンポス》の幼体は驚愕ともとれる表情で、クチバシの先をパックリ開いた。
再び「ピギェエエエエエ‼」と鳴き始めるが、俺は体に異常が出る前に、頭に向けて大剣を刺突しようとした。
しかしそれは《プシュコポンポス》の羽毛に絡め取られ、肉にまで届かない。羽毛の完全な操作によって、低ポリの俺では全ての攻撃が羽毛に止められてしまう。
「なっ……そんなことまでできるのか!」
俺のポリゴン数では、例え雛であっても《プシュコポンポス》に傷一つ付けることが叶わなかった。やつの毛一本より俺のポリゴン数の方が少ない。そんな圧倒的なポリゴン格差が生んだ絶望が俺の眼前にはあった。
仲間が痺れて呼吸困難になっているのに俺は雛一人殺せない。
俺のプライドはズタズタになり、惨めで、深い絶望感を味わった。その時だ。
「アァ! ……クソッ! ……人生はクソだッ! 下らねえ!」
全身から負のオーラが集積したように、俺の全身を巡る感覚を覚える。あの時の、《特殊バグ》の血液に呑まれ消えて行く瞬間に感じた無力感と同じだった。
その瞬間、俺は全てを理解した。
「ああ、そうか。俺は絶望の力でこの力に目覚めたんだ」
そして薬の効果か、力の制御ができることに気がつく。
負の感情を右腕に集中出来る事に気づく。
「なるほど……そう言うことか」
やりようのない深い絶望の中でのみ覚醒する俺の力。それが俺を高画質化させる。
「嫉妬していたんだな。俺は」
自分の弱みを理解した瞬間に、右手は憧れた高画質化に成功させた。高画質化に使われたデータは全て、俺の体内にある戦闘データの集合体。圧縮し続けたデータが、バグによって一時的に展開され、右腕に集まって行くのが分かった。
今のこの腕ならば、かつて思い描いた動きだってできる。袈裟切りだって、回転斬りだって、切り上げ、切り下げだって自由自在だ。なぜなら俺の腕は自由になったのだから。
「嬉しいねえ……ここから先は100%を超えた俺をお見せするぞ。《プシュコポンポス》」
どす黒い俺の感情、全てを乗せた俺の一撃を、《プシュコポンポス》の幼体にお見舞いする。
「幼体の癖に俺より高画質になってんじゃねえ! 《嫉妬の大剣》!」
俺の醜い上からの叩きつけ攻撃に、《プシュコポンポス》は叩き潰され、中身を辺りに撒き散らして血だまりとなった。コアをもあったらしく、同時に《プシュコポンポス》のコアも同時に破壊されたようだった。
「……クソッ、高画質化した途端これかよ。ムカつくな」
しかし、そうは言いながらも体は正直で、スッキリした途端に腕は元通りに戻った。
『全てのバグの消滅を確認しました。バスが到着次第、執行者の皆さまは地区一帯から退避してください』
最終アナウンスが脳内に響く。コレでどうやら全てのバグが討伐完了したようだった。
「……と、いけない。アベルとカレンは……?」
彼女たちはまだ苦しそうに痺れている。ギリギリ呼吸は出来る状態ではあるものの、このまま放置では生死にかかわる。
そしてそんな二人を助けるかのように、最終便のバスがクラクションを鳴らしてやってきた。
「姫守さーん! そちらは大丈夫でしたかー!」
手を振ってやってくるキャシー。その薙刀の先には、串刺しにされた《プシュコポンポス》の片割れがあった。
「そいつの鳴き声、大丈夫だったか?」
「鳴く前に殺したので……よく分かりませんねぇ……」
「そ、そうか……」
俺はキャシーを化物だと認定しつつ、二人係で痺れた二人をバスに運んだ。
バスに乗り込めば、もうだいじょうぶ。後は車内に設置された医療用レーザーが体内にある痺れの原因となる悪性ウイルスを消去し、傷の手当を始めた。
「弾丸が効かないなんてズルよズル! てかアベルはなんで私の耳を塞がないの! 馬鹿なの⁉」
痺れから解放されたカレンは開口一番に愚直を言って、まだ痺れているアベルの胸をポカポカ叩いた。
「オ、オジョ、オジョサマ、おじょう、お嬢様。申し訳ございません」
痺れながらアベルは無理やり口を動かして謝罪するから、変なロボットみたいな声になっていた。そしてそんな帰りのバスは、四人しかいないというのに、信じられないほど騒がしかった。




