情報食い.11
高ポリ組の二人が上空を見上げた。
キャシーはその後興味を失ったように鎧の点検をして、パンクなギャルのカレンは目に日陰を作るように手を両眉に当てて凝視している。まるで写真を取ったら次は五感でその体験を楽しもうとでも言うように。
「随分な置き土産を残しちゃってくれてまぁ~……バージョン2になってるじゃん。アレは倒すの苦労するよ。私だけだったらさ」
カレンは隣に立つキャシーを見てニヤリと笑う。
「遠距離タイプに見えます。弾幕勝負でも仕掛けてみてはどうでしょう」
「ええっ⁉ せっかく来たのに私一人で戦わせる気なのアンタ?」
カレンは口をあんぐりさせて、準備万端で立っている非番らしきキャシーの方を向いた。しかしキャシーの考えは変わらないようで、梃子でも動かない様子を貫いている。
「私はワンマンアーミー。協力を要請するなら、私の指示に従って頂きますよ?」
上空を見つめながら、そう呟く彼女。暗雲の中で浮遊する《プシュコポンポス》は今も地面から上がる火柱によって、力を蓄え続けている。そんな言い争いをしている暇はないように思われたが、彼女たちにそういった緊張感は微塵も感じられなかった。
「えーそれはメンドイなぁ。そんじゃ、ちょっと二人で頑張りますか」
カレンが腰を捻りながら、背後にいつの間にか立っていた大男に手を向ける。
「忘れられているのかと思いました……先輩」
高解像のくせに全く存在感の無かった男がカレンの後ろから生えてきて、そう言った。彼女が目立つせいで、全くその姿が目立たなかったバスに乗っていた3人目の執行者だ。
俺よりもかなり年下の、おそらく高校生の青年。
カレンとは対照的で、黒髪のお河童頭に死んだ魚のような目をしている。
服もパンクなカレンとは真反対の緑のセーターで、下は黒の長ズボン。
バスの外でよく見る、下校中の学生の格好だ。
「普通にアンタ来てること忘れてたよ? ……ていうか早く武器渡してくんない?」
「すいません。どのようなものをご所望でしょうか」
青年はおずおずと、背中のバックパックから大きなコンテナを取り出す。
「遠くを狙えて、火力重視」
「畏まりました」
そこから彼の目が鮮度を取り戻したかのように輝く。
次々と高級なガンパーツを取り出し、物凄いスピードで組み立てて行く。敵との距離を見ては銃身を伸ばし、スコープは高倍率なものを搭載。オマケに近距離でも戦えるように側面には低倍率のサブスコープまで乗せた豪華特盛セットだ。
組み立て時間は僅かに8秒。
超高ポリゴンの銃を手にした青年は、膝をつき、まるで聖遺物を返上するかのように、カレンにその銃を捧げた。
「お嬢様はボルトアクションがお嫌いですから、今回はバレット氏の作った傑作対物ライフル、バレットM82をご用意いたしました」
「悪くないわ、次モシンなんか手渡してきた日にはキレるから」
「先日は申し訳ございませんでした」
短いやり取りの後、彼女はその小柄な体に|フルオート式対物ライフル《バレットM82》を担ぎ上げ、彼女はパチンと指を慣らす。
「貴族権限使用。地域サーバー一時譲渡申請。───完了」
再び彼女は申請する。
「時間凍結開始」
パチンとカレンが指を鳴らした瞬間に、カレンが指定した《プシュコポンポス》の時間の流れが極端に遅くなる。まるで超スローモーションで時が進む中で、《プシュコポンポス》はゆっくりとカレンの方を向く。
彼女は銃のトリガーを引く前に、ポケットから取り出した弾丸を額に当てた。
「すべての命は私から出で、私へと還る。この鉄杖は、その帰り道を切り拓くための門。痛みを知り、安らぎを知れ。汝の罪を灰に変え、永遠の静寂を享受せよ。世界の歪みに、清浄なる裁きの鉄槌を」
カレンが詠唱を終えると、鈍色に光っていた弾丸に黄金の聖句が書き込まれる。祈りを込めた12.7×99mm弾がマガジンに装填され、彼女はその銃口をバグに向けた。
「ふぅ……」
俺たちが息を止めた次の瞬間、大きな破裂音と土煙を巻き上げカレンの弾丸は超スローモーションで動く《プシュコポンポス》の脳天をゆっくりと時間をかけて抉り、吹き飛ばした。
「強すぎだろ……」
今まで破壊の限りを尽くしていた《プシュコポンポス》が哀れに見えるほどの呆気ない幕切れに、俺は茫然と落下していく巨体を視線で追いかける。コアを抜かなければ死なないため、後始末は必要だが……それも、あの銃さえあれば心配はないだろう。
遠距離からの絶対的な一撃、それが高ポリ組のカレンというガンマンの正体だった。
「お嬢様にしかあのような芸当は出来ませんよ」
いつの間にか隣に立っていた青年、確かアベルとか呼ばれていた青年が俺に声をかけてきた。
「いつの間に」
「失礼します、リク兄」
「お、おう……(リクにい?)」
俺の座っている瓦礫の隣にちょこんと、アベルが座る。可憐な少女が銃をぶっ放す横で、大男が二人その光景を三角座りで見上げているという謎の光景がそこにはあった。
「彼女はいつもあんな感じなのか?」
「いえいえ。本来であれば力を溜める前に、バグから攻撃を受けてしまうのですが、今回は《プシュコポンポス》だという事前情報が入っていましたので。存分に力を溜められたようです。あの少年には感謝が必要ですね」
「少年?」
彼が言うには、出発直前のバス停で、少年を連れた衛兵が汗を流して報告に来たらしかった。
そこから現地で《プシュコポンポス》が出現しているようだ、という情報を割り出し、急遽メンバー変更が行われ、相性の良いカレンがやって来たのだと。
「なるほどブーシェのやつが……おかげで助かった。ブーシェに直接会ったのか?」
「ええ、衛兵の脇に抱えられた状態でしたが、拙い言葉で必死に僕たちに説明してくれました。貴方が彼を助けたんですか?」
「……俺は少しだけな。本当は俺よりもっと頑張ったヤツがいたんだ」
「そうでしたか……」
煙を上げて落下して行く《プシュコポンポス》を見て、晴信の面影を重ねた。
アイツもあんな風に死んでいったなと。
「私も混ぜて下さい。何のお話ですか?」
キャシーも俺の隣に三角座りした。
彼女は全身鎧だからか、少しぎこちなく、体を折り曲げる。
「キャシーは戦わないのか?」
「それを言うなら姫守さんもですよ。アベル君はカレンちゃんの付き添いだから、戦わないのも分かりますけど。低ポリだからって、戦えないなんてことないでしょ?」
高ポリがそんな無茶を言ってくる。彼女には俺が《刺突モーション》しか攻撃パターンがない事を伝えたが、「心の有り様ですよ」と言って取り合ってくれなかった。
スピード、小回り、どちらをとってもまるで勝ち目がない大型バグ。今まで大勢の執行者が最後に待ち受けるこの絶望の試練を前に朽ち果てていった。
俺が生き残ってきたのは、偏に臆病だったからだ。臆病と悪運で逃げ続けることができたから、20年以上生き延びてこられたと言ってもいい。
だから俺を戦力に入れるのは止めて貰いたかった。
そんな思いも込めて、「いやぁ……流石に出番はないだろう」と呟いた。
なんなら俺はもう帰る気でいた。出番がないならそれに越したことはない。低ポリが大型バグに立ち向かうようなシナリオはあってはならないのだ。というか、その前に誰かに俺の出番を止めて欲しいまであった。
「リク兄、お水どぞッス」
暑いからという理由で、アベルはバックパックから水筒を取り出して、水筒の蓋をコップ代わりにして水を溜め、それを俺に差し出してくれる。
いつの間にか高ポリの後輩ができた気分だ。彼の後輩力は凄まじい。
「おっ、アベル君ありがとうな」
彼の優しさが詰まっているからか、あるいは水筒の水が軟水だからか。俺の体に冷たい水は、スゥーと滑りこむように溶けて広がっていった。
「そう言えば姫守さん、サーバーから指名手配されてましたね」
「ブッッ……!」
キャシーの一言に、俺は思わず水筒の水を吹いてしまった。
「なぜ今その話を?」
一応戦闘中ではあるんだ。水を飲んでいる時だって、即座に行動に移せるように意識をとがらせている。だが、彼女の言葉は明らかに世間話だった。
「いえ、戦わない理由がそこにあるのかと思いまして。体を動かしていると、またあの姿になってしまうのでは?」
「いやそれはさっき話しただろ。普通に戦ったら負けるんだって。殺されるってことだぞ。意味分かってるのか?」
「だからこう、バーッと強くなって貰って。今回はもうおしまいかも知れませんけど。また倒す姿、見せて下さいよ。またサーバー止めちゃったら、今度こそ見つかっちゃうかも知れませんけど」
それでも変身している姿を見たいというキャシー。彼女は人の命をなんだと思っているのだろう。
「そう言えば、俺を通報しないのか?」
「しませんよ、そんな勿体ない。正しい行動をとっている人を咎める必要はありません。誰かのために正義を実行する……正しく騎士としてあるべき姿です」
語るキャシーの目は、兜の奥からでも輝かせているのが分かった。
彼女の言う通り正義はどこかにあるのかもしれない。
けれども、今の正義は俺を生まれた時点で罪と決めつけるような存在だから、俺は好きになれそうになかった。
「あの……通報ってどういう話っすか」
隣に座るアベルが不思議そうに訊いてきた。彼にとって普段監獄にいる囚人が、通報云々の話をしていれば、当然また街で何かしたのではないか、という思考に行きつくのは理解できた。だから彼に弁明するところからキャシーの話は始まった。
「───とつまり、こう言うことです。わかりましたか?アベル君」
キャシーはそう言って、アベルに俺が高解像度化する謎のバグに侵されていることを話した。
「なるほど……監査官の、あの違和感はそういうことでしたか」
「違和感?」
「はい。だって平時にはあんな監査官は大きくないんですよ」
「えっ……見たことがあるのか?」
「見るも何も、あの人は名前の通り監査をする人ですから。色んなところに出向いて我々の仕事ぶりを見にくることがあるんですよ。スーツにネクタイで」
「スーツで……⁉」
信じられなかった。あの巨大な雲のような怪物が平時はスーツにネクタイだなんて。俺より社会人をやっているなんて、なんだかやるせない。
「騎士団や銀行、それに裁判所まで。姿形を変えて監査に来るんです。不正をしていたら、後日通知が来ますよ。そうですよね、キャシーさん?」
「二人が所属する第二部隊は荒くれ者ばかりですから。監査の数も多いのでしょうね。私の所には来たことありませんが」
「それはそうですよ。だって第三部隊はキャシーさん一人なんですもん」
アベルの言葉に、俺は首を傾げる。
キャシーのそれは果たして部隊と言えるものなのかと。
しかしそれを聞く前に、銃を連射する音が聞こえたので俺たちは立ち上がった。
「あれ、カレンさんまさかですけど、首のない大型バグに苦戦していらっしゃるんでしょうか?」
キャシーは緊張感のない様子で、薙刀を振り回しながら銃の音が聞こえた場所に向かって歩いて行く。俺とアベルは顔を見合わせて、すぐに《プシュコポンポス》の落下地点に様子を見に行った。
そこにはナイフを持って硬い甲殻を抉じ開けようとするカレンと、翼を全てズタズタに撃たれた首のない丸い《プシュコポンポス》がいた。
「もうコイツ硬すぎ―‼」
白い卵のような殻に向かって何度も銃を連射するカレンに、《プシュコポンポス》は全く反応を見せない。そして殻の中では何かが胎動し、蠢いているのが見える。何かが出てくる……本能的にそう感じるには十分な威圧を、その中身は放っていた。




