リナ、“ちゃんと大人”の線を探す
**20xx年8月3日(月曜日) 高校1年生**
**朝**
目が覚めた瞬間、体の重さをチェックするのが、もはや習慣になっている。
足をそっと布団の外に出す。
(うん、今日は“元気寄りのなんとかデー”って感じかも)
・足 → ちゃんと動くけど、ちょっとだけ重い。
・お腹 → ほぼ気にならない。
・頭 → ぼんやりはしてるけど、夏期講習くらいなら耐えられそう。
赤い手帳を開く。
今日の欄には、昨日のうちに書いた予定が並んでいた。
『8/3
天気:晴れ予報/気温:激暑そう/体調:元気寄りなんとかデー
8〜10:夏期講習ブロック(現代文+公民)
14〜16:おやすみブロック(家で読書)
20〜22:二人の季節+英語一行』
(朝ブロックから夏期講習って、地味にハードなんだよな……)
洗面所で顔を洗って、化粧水→乳液→日焼け止め。
鏡の前で、三秒自分チェック。
一、二、三。
(目の下のクマ、前よりマシ。
ほっぺ、ちょっとだけ白くなった気がするけど、
これはたぶん気のせい寄り)
前髪を整えてから、ペンで手の甲に今日のキーワードを書く。
『自分で決める』
(今日は、なんか“大人”って言葉に振り回されそうな予感するし)
キッチンに行くと、
テーブルの上には、
・雑穀ごはん
・鮭としめじとほうれん草の蒸し料理
・キャベツときゅうりとわかめのサラダ
・豆腐とわかめの味噌汁
がきれいに並んでいた。
「今日は“講習がんばれセット”ね」
母のネーミングセンスは、
やっぱり安定している。
「鮭としめじ、蒸し器で一緒に料理したらラクだったよ」と母が言う。
鮭を一口食べると、
しめじの香りと一緒に、ちょっとだけテンションが上がる。
「里奈、今日の公民で“18歳成人”の話やるんじゃない?」
味噌汁を飲みながら、父が新聞を畳む。
「夏期講習のプリントに書いてあったろ、“成年年齢”って」
「あ、なんか書いてあったかも」
(18歳で大人って言われても、
今の自分からしたら“ちょっと未来の別キャラ”なんだけど)
太一がトーストをかじりながら、
「いいなー、早く大人になりたい。ゲーム課金とか自由にしたい」と言う。
「“自由に課金”は、大人でもやめときな?」と父。
里奈は笑いながら、
手の甲の『自分で決める』を、こっそり見直した。
---
**午前(夏期講習と、“18歳成人”)**
学校の教室は、
夏休みなのに意外と人がいて、
窓際からの光だけが、
「一応休みっぽさ」をギリギリ保っている。
扇風機の風と、
プリントの紙の匂い。
現代文の講習が終わって、
二時間目の公民ブロック。
黒板に大きく、先生が書く。
『18歳成人とこれからの私たち』
(タイトルからして、“今日のテーマ”感すご)
先生が、
黒板の前で腕を組みながら話し始める。
「もうニュースとかで見た人もいると思うけど、
今は“18歳から成人”って決まってる。
つまり、みんなの少し上の世代からは、
18歳で“法律上は大人”って扱いになるんだよね」
前の席の子が、小声で言う。
「18で大人とか無理じゃない?
私、高1の時点でやばいんだけど」
(それな)
先生は、
クレジットカードとか、
ひとり暮らしの部屋の契約とかの話を、
さらっと説明していく。
「大事なのは、“自分の名前で契約する”ってこと。
親の同意なしでできるようになる分、
責任もちゃんと自分に返ってくる」
黒板には、
『18歳からできること(契約など)
→ 自分で決める・自分で責任』
『20歳にならないとダメなこと(飲酒・喫煙・公営競技)』
って二つの枠で書かれていく。
(“できることが増える=全部やっていい”じゃない、
って話なんだろうな……)
先生が、
ちらっと教室を見渡しながら言う。
「みんなが18歳になるころには、
“親がこう言ったから”じゃなくて、
“自分はどうしたいか”って、
自分にちゃんと聞いてからサインしてほしい。
……まあ、今の段階で完璧な答えなんていらないけどね」
ノートに、里奈は書き込む。
『18歳=自分の名前でサイン
→ 何にサインするか、自分で決める』
(なんかこれ、
契約だけじゃなくて、
“人からのお願いにどこまで乗るか”とか、
そういうのにも似てる気がする)
隣の席の子が、
「田中は絶対、18で一番ちゃんとしてるタイプだよね」と囁いてくる。
「え、やめて。プレッシャーやばい」
(ちゃんとしてるかどうかはともかく、
“自分で決めたい”気持ちは、
ちょっとわかるかもしれない)
---
**昼〜午後(おやすみブロックと、リビングの“契約トーク”)**
講習が終わるころには、
教室の暑さと情報量で、
完全に「なんとかデー」寄りになっていた。
(これはもう、午後は“攻めないモード”一択)
帰りにスーパーに寄って、
ギリシャヨーグルトと、
黄桃の缶詰を買う。
(今日はブルーベリーじゃなくて、
桃の甘さに頼りたい気分)
家に帰ると、
リビングのテーブルに、
見慣れない書類が広げられていた。
「里奈、おかえり。
ちょうどよかった、これ見て」
母が指さしたのは、
太一用の新しいスマホの契約書だった。
「中学生用のプランだけど、
名義はお父さんね。
で、高校生になったら、
もうちょっと自由度高いプランも自分で選べるようになる、って店員さんが」
父がボールペンを持ちながら言う。
「里奈くらいの年になると、
“親名義”か“本人名義”かで分かれてくるんだって。
18になったら、自分でサインする場面も増えるかもな」
「クレジットカードとか?」
「そうそう。
でもクレジットカードは、
“作れるようになった瞬間に作る”もんでもないからね。
使い方わかってからでいい」
(なんか、“使えるようになったから使う”じゃなくて、
“本当に今必要かどうか自分で決める”って話、
さっき公民で聞いたのと同じだ)
母が笑いながら、
黄桃のシロップをグラスに少し注ぐ。
「大人になるって、
“契約書を増やす”っていうより、
“自分のOKラインを増やす”ことなのかもね」
「OKライン?」
「“ここまではOKだけど、
ここから先はちょっと違うな”っていう線。
お金のことでも、人付き合いでも、
自分で線を引けるようになるのが、
たぶん一番大事なんだと思うよ」
(それ、
私がこないだ決めた“5分でできることだけ手伝う”ルールとか、
LINEで丸写し断ったときのやつと、
けっこう近い気がする)
14〜16時のおやすみブロックは、
リビングのソファで過ごすことにした。
ギリシャヨーグルトに、
小さく切った黄桃をのせて、
シロップを少しだけ垂らす。
(これだけで十分“ご褒美感”あるの、
わりとコスパ良すぎる)
膝の上には、
昨日読みかけだった『海沿いの小さな研究室』。
主人公の女性研究者が、
上司に無茶ぶりされるシーンに差しかかる。
> 「その仕事、私が全部引き受けると、
> 来週の“自分の研究ブロック”が潰れるので、
> ここまでならできます、って線で受けてもいいですか?」
(“ここまでならできます線”……
今日の手の甲キーワード、“自分で決める”と完全リンクしてる)
ページの端に付箋を貼って、
そこに小さくメモを書く。
『大人=なんでも我慢して引き受ける、じゃない。
→ 自分の線を自分で決める人』
(18歳になった瞬間、
急にこういうこと全部できるようになるわけじゃないし。
今からちょっとずつ練習しておくのはアリかもしれない)
---
**夜(“ちゃんと大人”の練習と、『二人の季節』)**
夕食は、
・鯖と玉ねぎとピーマンの蒸し料理
・大根とにんじんの煮びたし
・ひじきと大豆の煮もの
・白いごはん
・豆腐とわかめの味噌汁
だった。
(魚率高めの日は、なんか“将来の自分の肌”にポイント貯めてる気がする)
食後、お風呂でしっかり温まってから、
20〜22時ブロックに入る。
机の右上に赤い手帳を開いて、
今日のブロックを確認。
『8〜10:夏期講習 ◎
14〜16:おやすみブロック(読書+ヨーグルト桃) ◎
20〜22:二人の季節+英語一行 ←いまここ』
英語一行ノートには、
公民でやったフレーズを真似して書く。
『I want to decide by myself what I sign for.
(自分が何にサインするか、自分で決めたい)』
声に出して読んでみて、
なんとなく、
胸のあたりがくすぐったくなる。
『二人の季節』のノートを開いて、
今日のテーマをそのまま物語に落とし込む。
舞台は、
いつもの海辺の街。
主人公の女の子が、
バイト先で「シフト増やせる?」って聞かれて、
一瞬「はい!」って言いかける。
そこに、
幼なじみポジションの男の子が言う。
> 「全部“はい”って言うのが、
> “大人っぽい”ってわけじゃないと思うよ。
> “ここまでなら大丈夫です”って言えるのも、
> けっこうちゃんとした大人の技じゃない?」
その台詞を書きながら、
里奈は自分の手の甲を見た。
『自分で決める』
(“なんでも引き受ける大人”じゃなくて、
“線を引ける大人”のほうが、
正直ちょっと憧れる)
赤い手帳の、
「将来メモ」のページを開く。
そこには前から書いてある。
『・仕事の量と休む量を自分で決められる人
・お願いを全部引き受けないで、“ここまでなら”って言える人
・“明日の自分の領域”をちゃんと残せる人』
その下に、
今日新しく一行足す。
『・18歳でも20歳でも、“ちゃんと大人”を自分で決めていい人』
(法律の年齢も大事だけど、
自分の中の“大人のイメージ”も、
自分でちょっとずつ書き換えていけたらいいな)
最後に、
今日の小さな実験を書き出す。
『・誰かに何か頼まれたとき、
→ まず心の中で“ここまでならできる”ラインを考えてから返事する。
→ 無理なときは、“ごめん、今それやっちゃうと自分の予定つぶれる”って正直に言う練習をする。』
(いきなり全部完璧にはできなくても、
“考えてみる”だけでも、一応前進ってことにしとこ)
白湯を飲んでから、
冷蔵庫の黄桃の残りを少しだけ取り出して、
プレーンヨーグルトにのせる。
桃の甘さと、
ヨーグルトの酸っぱさのバランスを味わいながら、
里奈はぼんやりと、
「18歳になった自分」と
「20歳になった自分」を、
頭の中でならべてみた。
(どっちの私も、
“ちゃんとしすぎて疲れた人”じゃなくて、
“まあまあだけど、自分で決めてきた人”になれてたらいいな)
そう思いながら、
スプーンをもう一口分、口に運んだ。
## 後書き
**日記**
**20xx年8月3日(月曜日) 高校1年生 田中里奈**
今日は、「大人ってなんだろう」を、
自分の中でちょっとだけ考え直した日だった。
夏期講習の公民で、
“18歳から成人”の話を聞いた。
先生が、「自分の名前で契約するってことは、自分で決めて、自分で責任を持つってことだよ」って言っていて、
(たしかにそれはそうなんだけど、
いきなり18になった瞬間に全部ちゃんとできる人って、
何者なんだろう)って思った。
黒板に“18歳からできること”と“20歳にならないとできないこと”が分けて書いてあって、
飲酒とか喫煙とかはまだだとしても、
「契約」みたいな見えない線は、
今のうちからちょっとずつ練習しておく必要あるのかも、って感じた。
家に帰ったら、
ちょうどリビングで太一のスマホの契約書を書いていて、
父と母が「名義はこうして」「プランはこうで」って相談してた。
お母さんが「大人になるって、契約書を増やすっていうより、自分のOKラインを増やすことかもね」って言ったとき、
(それ、めちゃくちゃわかりやすい)って思った。
こないだ決めた“5分でできることだけ手伝う”ルールとか、
LINEで計画表の丸写しを断いたときの感覚も、
たぶん“自分の線を自分で引く練習”だったんだな、ってあとから気づいた。
おやすみブロックで読んだ『海沿いの小さな研究室』の主人公も、
上司に無茶ぶりされても、
「ここまでならできます」って線を自分で決めていた。
それを読んで、
“ちゃんとした大人=なんでも我慢して引き受ける人”ってイメージは、
ちょっとずつ書き換えたほうがいい気がしてきた。
「18歳だから」「20歳だから」っていう数字よりも、
“私はここまでならOKで、ここから先は違う”って、
自分で決められる人のほうが、
私の中では“ちゃんと大人”な感じがする。
今日決めた実験は、
・誰かに何か頼まれたとき、
心の中で“ここまでならできるライン”を一瞬考えてから返事すること。
・無理なときは、とりあえず「今それやると私の予定が詰む」とか、
正直寄りの理由をちゃんと言って断る練習をすること。
たぶん最初は、
「ごめん、ちょっと無理かも」って言うだけでも、
心臓バクバクになると思う。
でも、法律のほうの“18歳成人”みたいに、
いきなり切り替わるスイッチじゃなくて、
自分の中の“大人の線”は少しずつ育てていけばいい気がする。
夜のおやつは、
ギリシャヨーグルトに黄桃をのせて、
シロップを少しだけ垂らしたやつ。
桃の甘さが、
「今日もまあまあよくやったんじゃない?」って
静かに褒めてくれてる気がして、
ちょっと笑ってしまった。
18歳の私も、20歳の私も、
たぶん完璧にはなれてない気がするけど、
今日みたいに“自分で決めた線”を一本ずつ増やしていけたら、
それなりに「ちゃんと大人」って名乗ってもいいのかもしれない。




