リナ、スマホの中の「わたし」と握手する
**20xx年5月11日(月曜日) 高校1年生**
**朝**
目が覚めた瞬間、足がやけに軽いことに気づいた。
(今日は……○寄り○+だな。ふつうよりちょい元気の日)
布団の中で、いつもの「体の様子チェック」。
・ふくらはぎ → 「階段ダッシュも、まあやろうと思えばいける」くらい
・下腹部 → 先週よりかなり静か。存在アピールは小声
・腰 → ふつう。寝返りサボり度一割
・頭 → ちゃんと目が覚めてる。意識も一緒に布団から出てきた感じ
(○/△/□で言うと今日は○。
○+/○−で言うと、○+寄り。元気多めの日ってことで)
ベッドから起き上がって、カレンダーを見る。
先週の『△/○−』の日のところには、
小さく『だるさ命名』って書き足してある。
(先週の私、よくあれで一日回したな……えらい)
今日の欄に、『○/○+』と書き込む。
(体調○、行動モード○+。
“いつもよりちょっとだけ動ける日”ってラベル)
その横には、紙をマステで貼ってある。
先週の夜に作った、「○・△・□の日メニュー表」だ。
『○の日:35分×3セット(台本・進路・英語)
△の日:30分×2〜3セット(台本+どれか一つ)
□の日:日記+ストレッチだけ』
(今日は○寄り○+だけど、
やるのは「○の日メニュー」まで。
○+サービス残業は禁止ってことで)
洗面所に向かって、鏡の前に立つ。
前髪をとかしていると、
右のほっぺに、うっすら小さいニキビの跡が残っているのが見えた。
(うわ、まだいる……)
指でそっと触れてから、
すぐやめる。
(ここいじると絶対悪化するやつ。
“触らない”っていう忍耐の実験中なんだから)
リップクリームを塗りながら、
ふと鏡の中の自分と目が合った。
(十年後の私は、朝の顔見て何考えてるんだろ)
頭の中に、
通勤前っぽい大人の自分が浮かぶ。
パーカーにジャケットを羽織って、
片手にコーヒー、片手にスマホ。
鏡の前で、前髪をちょっとだけ整えて、
「まあこれが今日の顔ね」って感じで笑っている。
(フィルターなしの自分も、
ちゃんと“今日のわたし”って受け入れられてたらいいな)
そう思いながら、
制服の襟を整えた。
---
**午前**
一時間目が終わった休み時間。
黒板の端に「今週、クラス写真撮影あり」と書かれている。
「え、今週?」
「髪の毛どうしよう」「前髪整えなきゃ」
教室がざわっとする。
(そういえば、クラス写真って
“アルバム用のちゃんとしたやつ”だけじゃなくて、
最近は文化祭パンフとかSNS用にも使われるんだっけ)
隣の席の子が、
ノートを閉じながら話しかけてきた。
「ねえ、今日のお昼さ、窓側で写真撮らない?
“持久走おつかれ一週間後記念”みたいなやつ」
「何その中途半端な記念日」
「いいじゃん。先週の自分におつかれって言う会」
(その発想、ちょっと好き)
「じゃあ、
“△の日の自分もよくやった記念写真”ってことで」
「なにそれ、急に深い」
笑い合っていると、
前の席から別の子が振り向いた。
「写真撮るならさ、今日ちゃんとメイクしとけばよかった〜
私、今日ノーメイク寄りなんだけど?」
「寄りって何」
「ビューラーだけの日」
(その“だけ”のハードル、未だによくわかってないんだよな、私)
里奈はまだ、
休日にちょっとだけまつ毛を上げる、くらいの段階だ。
アイラインは、
YouTubeで見ては「こわっ」となって閉じる。
(でも、写真になるとやっぱり気になるんだよね、顔)
英語の教科書を開きながら、
机の端のペンで、紙切れに小さく書いた。
『仮タイトル:
“写真だと急に『自分の顔』って他人事っぽくなる問題”』
(これ、あとでノートに貼ろ)
先週決めた「モヤモヤ仮タイトル」を、
今日はわりと自然に思いつけた。
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**昼**
昼休み。
窓側の明るいところに、
机を三つくらい寄せて、
小さな撮影会が始まった。
「はい、じゃあまず普通のカメラで撮りまーす」
一人の子が、
スマホを横向きに構える。
「ちょっと待って前髪!
あ、里奈そこ、もうちょいこっち寄って」
「はいはい」
四人で肩を寄せ合って、
画面を覗き込む。
(こうして並ぶと、
自分だけ顔丸くない? とか、
そういうこと考え始めると止まらなくなるんだよな……)
一枚撮って、
すぐチェックタイム。
「え、待って、私だけ半目なんだけど」
「秒で撮り直そ」
二枚目、三枚目。
だんだん顔が作り笑いになってくる。
「じゃあ次、フィルターありで撮ろ」
「盛れるやつ盛れるやつ〜」
スマホの画面が、
一気にふわっと明るくなる。
肌の色が均一になって、
目が少し大きくなるやつ。
「あ、これ盛れるわ」
「いや目デカすぎて別人なんよ」
里奈の顔も、
画面の中でいつもよりちょっとシュッとして、
ほっぺのニキビ跡もどこかへ消えた。
(……きれい、ではあるんだけど)
なんとなく、
さっき洗面所で見た顔と、
目の前の画面の顔が、
少しだけ違う生き物に見える。
「里奈、こっちのフィルターのほうが盛れてない?」
別の子が、
さらに輪郭が細くなるフィルターを選ぼうとする。
「あー……うん、たしかに細い」
「“たしかに細い”って何」
笑いながらも、
里奈の胸の中に、小さい違和感が残る。
(“盛れてる”って、
“自分からどんどん離れていってる”って意味でもあるよね)
でも、
ここで空気を壊すのはイヤだ。
(今は“スマホの中の自分”タイムなんだし)
とりあえず、
一番ナチュラル目のフィルターを選んで、
「これくらいなら、まぁ」と心の中で折り合いをつけた。
数枚撮り終わって、
みんなで画面を覗き込みながら盛り上がる。
「こっちの里奈、なんか大人っぽくない?」
「え、どれ、見せて」
画面の中には、
さっきよりも少し伏し目がちで写った自分。
(……たしかに、
ちょっとだけ“高校生の役をやってる女優”みたいに見えるかも)
「こういうの、
『十年後のわたし(仮)』っていうキャプションつけて上げたい」
「それは盛りすぎ」
笑いながら、
一瞬だけ、頭の中に本物の十年後がよぎる。
仕事帰り、
エレベーターの鏡に映った自分が、
ふいに疲れた顔をしてて。
でもスマホを構えたとき、
「今日はこれでいっか」と素の顔で自撮りする、
そんな大人。
(加工アプリ一個も開かないで、
“今日の顔”って言える大人になれたら、
それはそれでかっこよくない?)
「里奈、何ボーッとしてんの」
「え、あ、ごめん」
慌ててお弁当に戻りながら、
さっきの小さな未来妄想を、
頭の片隅にそっとしまった。
(今日の“未来妄想→一歩”は、
たぶんこの写真まわりから引っ張ってくるんだろうな)
---
**午後**
放課後、
教室を出る前に、
クラスのLINEに通知が来た。
『さっきの写真、これとこれ、どっち上げる?』
お昼に撮った何枚かが、
スタンプと一緒に送られてくる。
「この一枚目のほうが盛れてない?」
「でも二枚目のほうが里奈っぽくない?」
(“盛れてる”と“っぽい”は、
いつも少しズレてる気がする)
みんながあーだこーだ言っている中で、
里奈は自分の写りを、
もう一度じっと見た。
一枚目は、
たしかに輪郭が細くて、目も大きい。
二枚目は、
笑い方がいつもの自分に近い。
(十年後の私が見て、「懐かしいな」って思うのは
きっと二枚目のほうなんだろうな)
「私、二枚目がいいかな。
“リアルにわたしたち”って感じで好き」
気づいたら、
口から本音がふっと出ていた。
「あ、なんかそれわかるかも」
「じゃあ二枚目にしよっか」
すんなり決まって、
ホッとする。
(盛れ度MAXじゃなくても、
“っぽさ”を優先していいって、
ちゃんと言えたの、たぶん初めてかも)
そのあと、
クラス写真の時間。
カメラマンさんの前で整列しながら、
さっきのグループ写真のことを思い出していた。
(アルバムの写真も、
“盛れてるかどうか”より、
“このときの私、こんな顔してたんだな”って
あとで笑えたらそれでいい気がしてきた)
シャッター音が鳴る瞬間、
自然と口角が上がった。
---
**夕方〜夜**
帰りの電車。
窓の外がオレンジから紺色に変わっていく。
スマホを開くと、
お昼の写真がクラスLINEに正式に上がっていた。
キャプションは、
『持久走おつかれ一週間後記念』
スタンプが乱舞している。
「里奈、やっぱ大人っぽい〜」ってコメントがついていて、
ちょっとくすぐったくなる。
(“大人っぽい”って言われると照れるけど、
実際すごい子どもっぽいこと考えてるんだよな)
ふと顔を上げると、
斜め前の席にスーツ姿の女性が座っていた。
髪はひとつに結んで、
マスクの上からでも、
なんとなく目元が優しいのがわかる。
その人は、
スマホを一度だけ見てから、
すぐにしまって、
文庫本を開いた。
(ああいう大人、なんかいいな)
スマホのカメラアプリで、
窓に映った自分の顔をそっと覗いてみる。
(今の私は、
まだ“スマホと仲良くなってる途中の顔”って感じだな)
小さく笑ってから、
アプリを閉じた。
(十年後には、
“スマホの中のわたし”と“鏡の中のわたし”が
ちゃんと握手できてたらいいな)
そのために今日できる一歩を、
頭の中で考えながら、
電車を降りた。
---
家に帰って、
制服を脱いで部屋着に着替える。
机の前の壁には、
○・△・□メニュー表が貼ってある。
(今日は○/○+だから、
○の日メニューまで。
○+だからって増量しない)
スマホのタイマーを
「35分×3セット」にセットする。
一セット目は、『二人の季節』。
今日は、
主人公の女の子が友達と写真を撮って、
“フィルター盛れ顔”と“ふつうの顔”の間で迷うシーンを書く。
> 「どっちが“本当の私”なんだろうって、
> たまにわからなくなるんです」
>
> 「どっちも“その日のあんた”なんじゃない?
> フィルターかけたい日もあれば、
> そのままでいい日もあるでしょ」
さっきの自分の会話を思い出しながら、
ちょっとだけ強めの友達キャラに言わせる。
(“フィルターかけたい日もあれば、そのままでいい日もある”は
今日の自分へのメッセージでもあるな)
二セット目は、
進路ノートを少しだけ書き足す時間。
『将来、
スマホや写真との付き合い方で
自分をすり減らさない大人でいたい』
そう一行だけ書いて、
ページの端にスマホの小さい絵を描いた。
(三セット目は、土台科目タイム)
今日は英語の日。
でも、教科書を開く気分ではなかった。
ふと、
先週日記に書いた「置き換えOK実験」を思い出す。
(机に向かうのがしんどい日は、
英語の歌を一曲だけ聞いてもいいってやつ)
スマホで、
前に誰かが教えてくれた洋楽を一曲再生する。
歌詞を見ながら、
ところどころ知っている単語に線を引いていく。
(これでも、“土台科目に触れる”にはカウントしていいんだよね、たぶん)
三セット目のタイマーが鳴ったとき、
壁の時計は二十一時四十五分を少し過ぎていた。
(○+の日だけど、
○メニューまででちゃんと止まれた。
ここから「もう一セット!」ってやると、
明日の私が文句言いに来るパターン)
未練を感じつつも、
あえてノートを閉じる。
ベッドに潜り込む前に、
日記ノートを開いた。
## 後書き
**日記**
**20xx年5月11日(月曜日) 高校1年生 田中里奈**
今日は、
「スマホの中の“盛れたわたし”と、
鏡に映る“ふつうのわたし”の真ん中で、
ちょっとだけ仲直りする練習をした日」だった。
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### 今日できたこと
1. **お昼の写真で、“盛れ度”より“わたしたちっぽさ”を優先するって言えたこと。**
窓側で撮ったグループ写真を、
どのフィルターで上げるか迷っていたとき、
みんなは「こっちのほうが細く見える」「目がデカい」とか
盛れ度を比べていた。
その中で、「私は二枚目が好き。
“リアルにわたしたち”って感じがする」って、
いつもよりちょっとだけ本音寄りなことが言えた。
その一言がきっかけで、
実際に“盛れすぎてないほう”が採用されたのが嬉しかった。
これは、「翻訳+本音一言」の②目標に少し近い気がする。
2. **“モヤモヤ仮タイトル”を自然に使えたこと。**
午前中、
「写真だと急に自分の顔が他人事みたいに感じる」というモヤモヤを、
紙に『仮タイトル:写真だと急に「自分の顔」って他人事っぽくなる問題』と書けた。
そのおかげで、
ただもやもやして終わりじゃなくて、
「これはあとで『二人の季節』のネタになるかも」と
少しだけ前向きに変換できた。
実際、夜の台本タイムで写真のシーンを書くときに役に立った。
3. **○+の日なのに、“○メニューまで”で切り上げられたこと。**
今日は体調も気分もわりと良くて、
正直「もう一セットいけるかも」と思った。
でも、カレンダーの『○/○+』と、
壁に貼った「○の日メニュー」を見て、
「○+サービス残業禁止」という自分ルールを思い出した。
その結果、
台本・進路ノート・英語(歌)で三セットやって、
そこでちゃんと終了できた。
明日の自分の足と頭の残量を守れた気がするので、
これはちゃんと“できたこと”に入れていいと思う。
---
### 今日できなかったこと
1. **写真を撮っているときの「自分だけ顔丸くない?」モヤモヤを、誰かとちゃんと共有すること。**
グループ写真で並んだとき、
自分だけ顔が丸く見える気がして、
内心ちょっとへこんでいた。
でも、そこは笑いに変えたり、
「私太ったかも〜」って軽く言ってみたりする勇気も出ず、
ただ一人で心の中でぐるぐるして終わってしまった。
2. **“フィルターかけたい日もあれば、そのままでいい日もある”って、自分に向けて言い切ること。**
台本の中では、
友達キャラにそれっぽい台詞を言わせられたのに、
自分自身に対してはまだ、
「今日は盛らない日って決める」がうまくできない。
鏡を見て「まあこれでいっか」と思える日と、
「せめてアプリくらいは盛っときたい」と思う日があって、
その揺れをそのまま許すのがまだ怖い。
3. **英語にちゃんと集中すること。**
今日は「土台科目に触れる」の置き換えとして、
英語の歌を一曲だけ聞いて歌詞を眺めた。
やらないよりはマシだけど、
頭の中の半分は今日の写真のことを考えていて、
単語に線を引きながらも
集中はちょっと足りなかった。
「これで100%やった」とは言えない感じが残っている。
---
### 障害とその分析
1. **見た目のモヤモヤを口に出せなかった理由。**
「私だけ顔丸い気がする」とか、
「このフィルターだと誰かわかんないね」とか、
本音に近いことを言うと、
空気を重くしちゃいそうで怖い。
みんなが「盛れた〜!」ってテンション上がってるときに、
一人だけブレーキかける人になりたくない気持ちが強い。
それに、自分の見た目に自信がないって
正面から言うのは、
ある意味で告白より恥ずかしい。
だから、今日は「二枚目のほうが好き」くらいの
やわらかい本音で止めてしまった。
2. **自分に対して“フィルターなしでもいいよ”が言えない理由。**
「ありのままでいいよ」って言葉、
正直ちょっと重たい。
本当にありのままでいいなら、
ここまで頑張ってない、とか思ってしまう。
だから、「全部そのままでいい」と言うより、
「今日はこれくらいでいっか」とか、
「この角度なら好き」みたいな
部分的なOKを出すほうがまだ現実的に感じる。
でも、それをちゃんと自分に向けて言う練習が、
まだ足りてない。
3. **英語に集中できなかった理由。**
写真のこと、
クラスLINEのコメント、
電車で見たスーツの人……
頭の中に情報が多すぎて、
英語の歌詞が入る余白が少なかった。
○+の日で体力はあっても、
心のほうの容量は別問題なんだな、って実感した。
「体が元気=何でも詰め込める」と思ってしまう癖が、
まだ残っていると思う。
---
### 明日以降の具体的な対策(小さな実験)
#### 1. 「写真を撮る前に“3秒だけ自分チェック”」実験
* 誰かと写真を撮るとき、
カメラを向けられた瞬間に、
心の中で3秒だけ
「今日の自分、どんな感じ?」と自分に聞く。
* そのとき、
「今日の顔、案外悪くないじゃん」と思ったら、
フィルター薄めバージョンで撮る。
* 「今日はさすがにちょいツライ」と思ったら、
無理せず盛れるフィルターに頼る。
→ 「毎回絶対素顔!」とか
「絶対盛らなきゃ!」じゃなくて、
その日の自分と相談して決める感覚を育てたい。
#### 2. 「モヤモヤ仮タイトルを『二人の季節』に一個だけ持ち込む」実験
* 今日みたいに、
見た目とか言葉とかでモヤっとしたとき、
まず仮タイトルとして一行メモにする。
* 夜の台本タイムでは、
その中から一個だけ選んで、
『二人の季節』のどこかの台詞か状況に
ちょっとだけ混ぜる。
→ 一気に全部を消化しようとせず、
一個ずつ物語の中に逃がしていく。
#### 3. 「土台科目の“置き換えメニュー”を具体的に決めておく」実験
* 英語・理科・国語それぞれに、
机に向かわなくてもできる置き換え案を
ノートに書いておく。
例)
英語 → 洋楽一曲+歌詞をざっと見る
理科 → 実験動画一本見る
国語 → 好きな小説を一ページ読む
* ○の日でも△の日でも、
その日の心の余裕を見て、
「今日は机」「今日は置き換え」のどちらかを選んでOKにする。
→ 「机に座れなかった=何もしてない」ではなく、
「形を変えて続けた」と言えるようにしたい。
---
### 中期目標のメモ(今のところの二つ)
① 理科・国語・英語を「土台科目」として、
週のうち三日はどれか一つに必ず触れる。
② 進路や将来の話題が出たとき、
「翻訳した一言」+「自分の本音一言」を返す。
(一回の会話で全部言えなくても、
どちらか一つでも出せたら前進としてカウント)
今日は、
* ①について → 英語の歌を一曲聞いて、
歌詞をざっと見て単語に線を引けたので、
“置き換えメニュー”として○−くらいの達成。
完璧ではないけど、「ゼロではない」を守れた。
* ②について → お昼の写真選びのときに、
「二枚目のほうが“わたしたちっぽい”から好き」という本音を
一言だけ乗せられたので、
これは○寄りの△くらい。
進路ノートと直接関係はないけど、
“未来の自分の働き方や生き方”にもつながる感覚だった。
どちらも、「前よりちょっとマシ」くらい。
でも、目標を二つに絞っているおかげで、
日常の中で「あ、これ②に近いな」と気づきやすくなっている気がする。
---
### 繰り返しの意識
最近、「高校生なのに考えすぎじゃない?」って
自分で自分にツッコミたくなる瞬間が増えた。
進路ノート、体調の波、
○/△/□、○+/○−、
『二人の季節』の台本、
スマホの中の自分の顔。
たぶん、
ふつうに生きてるだけでもまあまあ忙しいのに、
そこに“考えること”を自分で足している。
でも、今日みたいに、
・○/△/□で一日のラベルを決めて
・スマホの写真でモヤったら仮タイトルにして
・夜は○の日メニューで止めて
・『二人の季節』にその日の一部を流してあげて
・日記で「できたこと」を三つ数えてみる
っていう流れをやってみると、
頭の中のごちゃごちゃが、
ちょっとだけ整頓される感じがした。
十年後、
鏡の前で「まあ、これが今日のわたしだね」って
素で笑えている大人になれているかどうかは、
正直まだ全然わからない。
でも、
そこに向かう途中の高校生として、
今日みたいな「スマホの中の自分と握手する練習」を
何回も繰り返していけば、
今よりは仲良くなれる気がする。
今日は、
「盛れた顔とふつうの顔の間で、
ちょっとだけ“っぽいほう”を選べた高校生」
だった、ということにしておく。
自己採点は、
○と○+の間くらい。
(“まあまあ元気に、まあまあ自分を守れた日”)
完璧でもないし、
めちゃくちゃキラキラしてたわけでもない。
でも、
スマホの画面を閉じたあと、
「今日の自分、そこまで嫌いじゃないかも」と
少しだけ思えたから、
それだけで今日は十分、ってことにして寝る。




