リナ、自分の“だるさ”に名前をつける
**20xx年5月4日(月曜日) 高校1年生**
**朝**
目が覚める前から、なんとなく足が重かった。
(今日は……△寄りかな。ふつうよりちょいだるの日)
布団の中で、いつもの「体の様子チェック」。
・ふくらはぎ → 「ちゃんと歩けるけど、階段はゆっくりでお願いします」くらい
・下腹部 → じんわり。カイロまではいらないけど、ずっと存在アピールしてる感じ
・腰 → ちょっとだけ重い。寝返りサボり度二割
・頭 → 目は開くけど、意識だけ布団に置き忘れてきたみたいなぼんやり
(○/△/□で言うと、今日ははっきり△。
○=ふつう、△=だるめ、□=ほぼ電池切れの日ってざっくり決めてる)
ベッドからもそっと起き上がって、カレンダーを見る。
先週の『○−』『○+』と、その下の小さな字たち。
今週分の空白が、まだまっさらだ。
(○とか△とか書くだけで、
「今日はこういう日ね」ってラベル貼れるの、地味に気が楽なんだよな)
シャープペンで、今日の欄に『△/○−』と書き込む。
(体調は△、行動モードは○−。
“だるいけど、ちょっとは動ける控えめモード”ってことで)
カレンダーの端には、前に書いた目標がそのまま残っている。
『①理科・国語・英語をサボらず「土台科目」にする
②進路や将来の話で、翻訳した一言+本音一言を返す』
(目標二つまでルール、継続中)
ふと、視線が少し上にずれる。
その余白には、数日前に書き足したもう一行。
『将来、夜に台本を書けるくらいの余力のある働き方をしたい』
(先週の“未来妄想メモ”、まだ残ってる)
目を細めて、そこを見つめる。
(……十年後の私は、今日みたいな△の日、
どうやって仕事して、どうやって帰ってきてるんだろ)
頭の中に、先週も見た“未来の部屋”がふわっと浮かぶ。
仕事帰りの自分が、
少しだけクタクタな足取りで部屋に入ってきて、
荷物を椅子に置いて、ゆっくり息を吐く。
(「今日は△でした」って、自分でわかってる大人になれてたらいいな)
未来の自分は、
たぶん無理してランニングマシンに乗ったりはしない。
代わりに、湯たんぽを膝に乗せて、
台本一ページぶんだけ手を動かして、
「今日はここまでね」って自分で切り上げる。
(“どれだけやれたか”より、
“どこでやめられたか”を大事にできる大人)
胸の奥が、きゅっとして、すこしあたたかい。
(そのための一段目、今日はどこに置こうかな)
制服に袖を通しながら、
カレンダーの今日の欄に、もう一行書き足した。
『今日の一歩:△の日用の時間割をちゃんと△仕様にする』
(○の日タイムテーブルのまま走って、あとで□になるのはもう嫌だし)
廊下から、お母さんの声が飛んできた。
「里奈ー、今日体育あるでしょ? 替えのタイツちゃんと入れた?」
「あ、うん! 入れてるー!」
返事をしながら、
下腹部の重さが、じんわり存在感を増した気がした。
(……よりによって持久走テストの日に△かぁ)
胃のあたりが小さく縮むのを感じながら、
靴紐を結び直した。
---
**午前**
一時間目の現代文が終わり、
体育館前に集合する。
今日はクラス全員で、グラウンドで持久走テスト。
女子は決められた周回数を、なるべくタイムよく走るやつだ。
(△の日にこれは、なかなかの試練)
足を軽く伸ばしながら、
ふくらはぎの重さをもう一度チェックする。
(うん、走れなくはない。
でも“本気でベスト更新!”の日じゃない)
隣でストレッチしていた子が、
ひそひそ声で話しかけてきた。
「ねえ、今日さ……正直かなりだるくない?」
「だるい。私は△認定出ました」
「なにそれ」
「○がふつうの日で、△が“ちょいしんど”、□が“ほぼ動きたくない”の日。
今日は真ん中の△ってことにしてる」
「わかりみが深い」
二人で小さく笑う。
そこへ、体育の先生がやってきて、
声を張った。
「男子は×周、女子はちょっと少なめでいいからな。
女の子は無理すんなよー」
(“男子はこれだけ、女子はこれだけ”って、
こういうときだけやたら気を遣われる感じ、なんとも言えない)
隣の子が、
聞こえないくらいの小声でつぶやく。
「“女子は少なめ”って言われると、
ラクできる感じもするけど、
“こっちは本気出さなくていい扱い”にも聞こえるんだよね」
(それ、わかる)
里奈の胸の中で、
小さなモヤモヤが渦を巻く。
(こっちはこっちで、足重くてしんどい日もあるし、
それでも“タイム悪すぎたらどうしよう”ってプレッシャーあるのに)
でも、今はモヤモヤを全部言葉にする元気はない。
その代わり、太ももを軽く叩いて、
自分に向けてだけこっそり言う。
(今日は“△タイム”でいい。
○の日の基準で、自分をジャッジしない)
スタートの笛が鳴り、
列がじわじわと動き出す。
走りながら、
腕時計のタイマーをこっそり見た。
(最初から飛ばさない。
前に“最初だけ全力で、あとバテる”やらかしたから)
息が上がりかけたとき、
手の甲に目をやる。
そこには、
ボールペンで小さく書いた今日のキーワード。
『今のペースで』『一個ずつ』
(“もっと速く”じゃなくて、“今のペースで”。
一周ずつ、一個ずつ)
言葉をなぞるみたいに心の中で繰り返すと、
少しだけ呼吸が整う。
後ろから、
男子の「うわ、足いてぇ!」という声が聞こえてくる。
(あっちもあっちでしんどいんだろうけどさ)
ふくらはぎのだるさと、
胸の中のモヤモヤと、
両方を抱えたまま、
里奈は自分の“△ペース”を守って走り続けた。
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**昼**
持久走が終わったあとの昼休み。
教室の空気は、
ちょっと汗とお弁当の匂いが混ざっている。
「タイムどうだった?」
向かいの子が聞いてくる。
「ギリギリ平均ラインって感じ。
でも今日は△だったから、自分的には○寄り△ってことで」
「何その採点」
「“本気コンディションじゃない日に、
○の日基準で落ち込まない採点法”」
「便利そう」
そう言いながら、
友達がスマホを机に伏せるように置いた。
画面が一瞬見えてしまった。
クラスの女子グループチャットの通知だ。
(さっきからポンポン鳴ってるな)
別の子が、
こっそり耳打ちしてきた。
「ねえ、見た? 隣のクラスのあの子、
体育のときの写真、誰かが撮って上げててさ。
“あの顔でアイライン濃いのウケる”みたいなコメントついてて」
胃がきゅっとなる。
(またそういうやつ)
「スクショ回ってきてるけど、
なんかもう、見てるだけでしんどくて」
「……見なくていいやつだね、それ」
口から出た言葉は、
自分でもびっくりするくらい即答だった。
(“どっちでもいい”ってグレーにせずに、
今日はちゃんと「見ない」で線引いていいやつ)
持久走後の足のだるさと、
さっきの先生の「女子は少なめ」発言と、
今の噂話が、
全部ぜんぶつながってくる気がして、
胸の奥がモワモワと重くなる。
(走る距離は減らされるのに、
見られる距離は勝手に伸ばされる感じ、ずるくない?)
「田中は、そういうの来たら見る?」
「うーん……」
一瞬迷ってから、
朝カレンダーに書いた“今日の一歩”を思い出す。
(“だるい日用に、ちゃんと自分を守る時間割を作る”って書いたんだっけ)
「今日は△デーだからさ、
そういうの見ると余計しんどくなりそうだから、見ないって決めとく」
「△デー?」
「心も体も“いつもの七、八割くらい”の日。
そういう日の私は、余計なスクショ一枚ぶんの元気は持ってないってことにしてる」
「いいな、その言い方。
“元気あるかどうか”じゃなくて“元気の残量”で考えるの」
「残量ゲージ方式」
二人で小さく笑う。
(“見ない”って自分で決めたの、たぶんちょっとしたことなんだけど)
ふくらはぎの奥の方で、
筋肉がじんわりと重くなっていく感覚と一緒に、
心の中の「今日は無理しなくていいライン」も、
すこしだけはっきりした気がした。
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**午後**
放課後前のHRが終わるとき、
担任が言った。
「そういえば、
『進路研究ノート』の最初の一ページに、
“今のところ考えていること”を軽く書いてきてな。
まだぼんやりでいいから」
(“今のところ”って言ってくれる大人、
やっぱりちょっと救われる)
机の中から、
配られたばかりの進路ノートを出す。
一ページ目は、
まっさらな白。
(ここに“将来のこと”を書けって言われるの、
ちょっとした告白の強要みたいなプレッシャーあるよね)
ペンを握る手が、少しだけ汗ばむ。
(でも私は、もう“途中まで文”っていう味方がいる)
ノートの一行目に、
ゆっくりと書き出す。
『将来の仕事について、今のところ私は——』
ここまでは、
前から練習している“型”だ。
(ここから先を、その日の本音で埋める)
少しだけ息を吸って、
足のだるさと胸のモヤモヤを、
いったん横に置く。
『——“人の相談に乗る系”と“物語を書く系”の、
二つの柱を、しばらく持っていたいと考えている。』
(“一生このままです”じゃなくて、“しばらく”)
そして、もう一行。
『ただし、体調や心の波にけっこう左右される性格なので、
自分のペースを守れる働き方を優先したい。』
(これ、書くか迷ったけど)
ペン先が一瞬止まる。
(“波がある”って認めるの、
“ダメなところです”って宣言してるみたいで怖かったけど)
ふくらはぎの重さと、
さっきの△/○−のカレンダーを思い出す。
(ちゃんと自分の波を見てる人だからこそ、
できる仕事もある……ってことにしたい)
ノートを閉じるとき、
ページの角に、小さく△マークを描いた。
(“このページは、△の日に書いた本音です”っていう印)
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**夕方〜夜**
家に帰ると、
リビングのテーブルの上に、
お母さんのスマホが置きっぱなしになっていた。
画面には、
親戚のグループLINEの通知。
『○○ちゃん、今年から美容系の専門学校行くらしいよ〜』
『今の子はすごいね、女の子でも手に職って感じで』
(“女の子でも”って、
まだ令和なんだけど)
胸の奥に、
ちいさなトゲが刺さる。
しかし、今日は△/○−の日。
カレンダーの自分との約束を思い出す。
(△の日に、
いちいち全部の“もやトゲ”に全力で反応してたら、
たぶん私、すぐ□行き)
深呼吸を一回だけして、
心の中でグレーな一言を選ぶ。
(“そういう言い方、ちょっと引っかかるな”くらいで止めとく)
自室に戻って、
机の上に『二人の季節』の台本を広げる。
今日のタイマーは、
三十分×三セット。
△の日スペシャル短縮版だ。
(○の日の“35分×3”から、ちょっと削る。
これで明日□にならないなら、そのほうがトータルで○)
一セット目は、台本。
今日は、
『二人の季節』の中で、
主人公の女の子が自分の“だるさ”に名前をつけるシーンを書く。
> 「たぶん今日は、“ちょい雲りの日”なんです。
> 真っ暗じゃないけど、空の色が全体的に薄グレーで、
> いつもより走るのがしんどい日、みたいな」
> 「そういう日の自分も、“ちゃんと今日の自分”なんだろうね」
今日の体育と、
自分の△メモを、
少しだけ変えて台詞に落とし込む。
(“女の子だから”とか“高校生だから”じゃなくて、
“今日がどういう天気なのか”で自分を見てあげたい)
二セット目は、進路ノートの清書タイム。
さっき書いた一ページ目を、
少しだけ言い回しを整えながら、
下書きページにもう一度書いてみる。
(文字にすると、
“波がある自分ごと、未来の話に入れていいんだ”って感じがする)
三セット目は、英単語帳。
今日は本当にざっくり。
一問一答アプリを十分だけ。
タイマーが鳴ったとき、
壁の時計は二十一時三十分少し前。
(△/○−の日に一時間半。
これ以上やると、
明日の私が「なんで昨日そこでやめなかった」って言いに来るやつ)
教科書を閉じて、
ベッドの上に日記ノートを持っていく。
(よし、今日はここまで)
ふくらはぎをさわってみると、
朝よりちょっとだけ重いけど、
「もう無理」ってほどではない。
(よし、△を□にしなかった功績、
ちゃんと今日の“できたこと”に入れよう)
---
## 後書き
**日記**
**20xx年5月4日(月曜日) 高校1年生 田中里奈**
今日は、
「自分のだるさに名前をつけて、
それに合わせた時間割にする」練習をした日だった。
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### 今日できたこと
1. **朝の時点で「今日は△/○−の日」とラベルを貼って、基準を下げられたこと。**
ふくらはぎやお腹の重さを見て、
カレンダーに『△/○−』と書いた。
そのおかげで、体育の持久走のとき、
「○の日のベストタイム」を基準に自分を責めなくて済んだ。
「今日は△の日だから、平均ラインに乗れた時点で○寄り△」という採点にできた。
これは、前に作った○/△/□メモと、
○+/○−ルールがちゃんと役に立った瞬間だった。
2. **お昼の“スクショ噂話”に対して、「今日は見ない」と自分で線を引けたこと。**
隣のクラスの子の体育中の写真が
グループチャットで回っていると聞いたとき、
正直、興味がゼロだったわけじゃない。
でも、今日は△デーで心の残量が少ないと自覚していたおかげで、
「今の私には、そのスクショ一枚ぶんの元気はないから見ない」と
はっきり友達に言えた。
グレーな笑いでごまかさず、
自分のために「見ない」を選べたのは、
新しい小さな一歩だと思う。
3. **進路ノートの一ページ目に、“波がある自分ごと”本音を書けたこと。**
『将来の仕事について、今のところ私は——』という
“途中まで文”から始めて、
「二つの柱の話」と「体調や心の波に左右される性格」という本音を
一行ずつ書いた。
「波がある=ダメなところ」として隠すんじゃなくて、
「だからこそ、ペースを守れる働き方を大事にしたい」と
セットで書けたのは、
先週からの“未来妄想→今日の一歩メモ”のおかげでもある。
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### 今日できなかったこと
1. **体育のとき、「女子は距離少なめ」発言へのモヤモヤを言葉にできなかったこと。**
先生の「男子は×周、女子は少なめでいいから無理すんなよ」という言葉に、
「ラクになって助かる」と「なんか本気出さなくていい扱いっぽい」の
両方を感じた。
隣の子とちょっとだけ共有できたけど、
「なんか複雑なんだよね」というところまでで止まってしまい、
自分なりの言葉にし切れなかった。
2. **『二人の季節』の“だるさに名前をつけるシーン”で、まだ主人公の本音が浅いままなこと。**
台本では「ちょい曇りの日」みたいな比喩は書けたけど、
「その日の自分をどう扱ってあげたいのか」までは掘れなかった。
本当は今日の自分みたいに、
体育や噂話のモヤモヤも全部抱えた心情を
台詞に混ぜたいのに、
まだうまく整理できていない。
3. **英単語の勉強が“とりあえずアプリを開いて終わり”レベルで止まってしまったこと。**
目標①「土台科目」は一応触ったと言えば触ったけど、
集中できていたかと言われると微妙。
頭がぼんやりしていて、
単語がただ目の前を流れていく感じだった。
△の日の限界と言えばそうだけど、
「やったことにしてしまう」逃げ方になっていた気もする。
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### 障害とその分析
1. **先生の言葉にモヤモヤしつつも、飲み込んでしまった理由。**
体育の場で先生に直接「その言い方ちょっと変じゃないですか」と
言える勇気は正直ない。
みんなの前で空気を変えるほどの確信もない。
それに、「女子の距離が少ない」こと自体は
体調的には助かっている部分もあるから、
「ありがたい」と「ひっかかる」のどっち側に立てばいいか
自分でもわからなかった。
だから、今日は「モヤってる自分がいる」とだけ
静かに認識するので精一杯だった。
2. **“だるい日の自分”を物語に落とし込むのが難しかった理由。**
書いているとき、
「これってただの愚痴っぽくならないかな」とか、
「読んでる人がしんどくならないかな」とか、
余計な心配が先に立った。
女の子としてのしんどさをそのまま書くと、
同じようにしんどくなってほしくない気持ちも出てくる。
だから、比喩でふんわり誤魔化してしまって、
主人公の本音を弱めにしてしまった感じがある。
3. **英単語に集中できなかった理由。**
持久走の疲れや、お腹の重さが地味に続いていて、
体のほうに意識を持っていかれる瞬間が多かった。
それでも「ここでゼロにしたら負けな気がする」と
変な意地が出てきて、
「開くだけ開いておこう」という
中途半端な妥協に落ち着いてしまった。
「今日は△だから、英単語は明日に回して、
代わりにストレッチだけやる」という選択肢を
思いつけなかったのが、今思えばもったいない。
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### 明日以降の具体的な対策(小さな実験)
#### 1. 「△の日用メニューをあらかじめ決めておく」実験
* ○の日と△の日と□の日で、
夜の時間割の“上限メニュー”をざっくり紙に書いておく。
例)
○の日:35分×3セット(台本・進路・英語)
△の日:30分×2〜3セット(台本+どれか一つ)
□の日:日記だけ書いて、あとはストレッチと寝る
* その日の朝に○/△/□を決めたら、
夜はそのメニューの範囲でだけ頑張る。
→ その場の気合いで増やしたり減らしたりせず、
“未来の自分が決めたメニュー”に乗っかることで、
翌日の□落ちを減らしたい。
#### 2. 「モヤモヤを一行だけ“仮タイトル”にする」実験
* 体育の先生の発言や、
親戚の「女の子でも〜」みたいな言葉にモヤッとしたとき、
すぐに反論を考えようとしない。
* 代わりに、日記や台本ノートの隅に、
そのモヤモヤを“仮タイトル”として一行だけ書く。
例)
「走る距離は減らされるのに、見られる距離は伸びる女子」
「“女の子でも”って、いつまで言うんだろう問題」
* 今日は、それ以上深掘りしなくてもOKにする。
→ 後で『二人の季節』のシーンを作るときに、
この仮タイトルたちが“種”になってくれたらいい。
#### 3. 「英単語の代わりに“ストレッチ○分”へ置き換えOK」実験
* △の日は、「土台科目」に触れる方法として、
必ずしも机に座る勉強じゃなくてもいいことにする。
* 例えば、
・英語の日 → 英語の歌を一曲だけ聞いてみる
・理科の日 → 好きな実験動画を一本だけ見る
・国語の日 → 好きな小説を一ページだけ読む
* 今日は英単語が頭に入らなかったので、
明日以降は「机に向かう」がしんどい日は、
無理にアプリを開かず、
こういう置き換えを使ってみる。
→ 「ゼロか百か」じゃなくて、
「形を変えて続ける」感覚を育てたい。
---
### 中期目標のメモ(今のところの二つ)
① 理科・国語・英語を「土台科目」として、
週のうち三日はどれか一つに必ず触れる。
② 進路や将来の話題が出たとき、
「翻訳した一言」+「自分の本音一言」を返す。
(一回の会話で全部言えなくても、
どちらか一つでも出せたら前進としてカウント)
今日は、
* ①について → 英単語アプリを一応開いたけど、
正直、質は高くなかったので△評価。
明日以降は、置き換えパターンも含めて考えたい。
* ②について → 進路ノートで
「二つの柱」と「波に左右される性格」という本音を文章にできたので、
これは○に近い達成度。
教室の会話の中では言えなかったけど、
ノート上で「翻訳+本音」ができたのは進歩だと思う。
どちらも、まだ“途中経過”だけど、
目標を二つに絞っているおかげで、
△の日でも「何かしら触れよう」とは思い続けられている。
---
### 繰り返しの意識
今日は一日中、
ふくらはぎとお腹と心の中がぜんぶ“ちょい重め”で、
ずっと△マークがついている感じだった。
前の自分なら、
こういう日は「なんにもできなかった」にまとめてしまって、
自己採点を一気に×にしていたと思う。
でも、
・朝のカレンダーで△/○−とラベルを貼って
・体育では“△ペース”を守って
・お昼のスクショは見ないと決めて
・夜は△用メニューで止めて
・日記で「それでもできたこと」を三つ数えてみたら
「何もしてない日」ではなかったことが、
ちゃんと目に見える形になった。
○/△/□と○+/○−で、
体と心の波をざっくりでも見てあげる。
「できなかったところ」だけじゃなく、
「それでもやめたおかげで守れたところ」も
“できたこと”に混ぜて数える。
『二人の季節』の中に、
その日のぐるぐるをちょっとずつ染み込ませていく。
たぶんこの三つを、
これからも地味に繰り返していくんだと思う。
今日は、
「ちゃんと走り切れなかった自分」でもなく、
「スクショ文化を全部ぶった切れた自分」でもなくて、
「△の日の自分を、
△のままちょっとだけ大事に扱えた高校生」
だった、ということにしておく。
自己採点は、
自分に○−寄りの△。
(“まあまあ頑張っただるめの日”)
完璧からは程遠いけど、
ゼロ点でもない。
このくらいの“だるさ込みの仮合格”を
出せる回数を、
少しずつ増やしていけたらいい。




