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リナの冒険ノート2  作者: リナ


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38/93

リナ、ゆるい計画のゆらぎ

**20xx年12月30日(月曜日) 高校1年生**

**朝**


目を開けたら、

部屋の中がいつもより

白っぽく明るかった。


カーテンのすき間から、

冬の光がするどく入り込んでいる。


(あれ…)


枕元の時計に目をやる。


「……九時半?」


思っていたより、

ずっと遅い時間。


胸の奥が、

ドクン、と強く鳴った。


(ほんとは、

 冬休みも八時には起きて、

 朝のうちにちょっと脚本やるつもりだったのに)


そうだ。


一週間前の自分が書いた、

『冬休みの、ゆるい計画』。


布団の中から手を伸ばして、

机の上のノートを引き寄せる。


表紙を開くと、

カレンダーみたいに並んだ日付の横に、

ところどころ◯がついている。


◯が三つの日。

◯が一つだけの日。

何も書いていない、

空白の日。


(昨日…)


昨日の日付のところには、

何も印がなかった。


胸のあたりが、

じわっと冷たくなる。


喉の奥がきゅっと詰まって、

呼吸が浅くなる。


(またやってる。

 “ゼロの日”を

 増やしていってる)


本当は、

寝る前につけるつもりだった。


でも、

布団に入る前に

スマホを「ちょっとだけ」開いて、


SNSと動画を

続けて見てしまって、


気づいたら

日付が変わる少し前だった。


「明日つければいっか」


そう思って、

そのままノートを閉じたことを

思い出す。


胸の真ん中が

じわじわと熱くなって、

目の奥がちくっとした。


(“ゆるい計画”にしたのに、

 それすらちゃんと守れないの?)


布団の中で、

自分を責める声が

頭の中でぐるぐる回り始める。


でも、その渦の中で、

別の声が小さく手を挙げた。


(昨日、

 しろの散歩にはちゃんと行ったし、

 台所の手伝いもしたじゃん)


「脚本」と「本」と「スマホ」のことだけを

基準にしてしまうと、

丸ごと「ダメな日」になる。


でも、

本当は、それ以外にも

いろいろやっていた。


ノートの昨日の日付の横に、

小さく「家の手伝い」と書き足す。


その下に、

△みたいなマークを

適当に描いてみた。


「◯じゃないけど、

 ゼロでもない印」


自分で自分に

そう説明する。


胸の奥の冷たさが、

ほんの少しだけ

ぬるくなった気がした。


「……よし、起きよ」


布団をめくると、

いつものように

冷たい空気が一気に入り込んできて、

腕に細かい鳥肌が立つ。


足を床につけた瞬間、

足裏がひやっとして、

一気に目が覚めた。


**午前**


リビングに行くと、

ホコリっぽいにおいと

洗剤のにおいが混ざっていた。


お母さんがエプロン姿で、

棚の上を拭いている。


「おはよう」


「おはよう。

 今日は大掃除デーだからね」


テーブルの上には、

ゴム手袋と雑巾の山。


テレビからは、

朝の情報番組が流れているけれど、

ボリュームは小さめ。


「里奈は、

 窓とサッシお願い。

 細かいとこ、

 女の子の方が気づくからさ」


何気なく言った

お母さんの一言。


「女の子の方が」。


(別に、

 性別関係なく、

 得意な人がやればよくない…?)


胸の真ん中が

きゅっと縮んだ。


でも、

口から出てきたのは、


「はーい」


という従順な返事。


窓ガラスに洗剤を吹きかけて、

スポンジでこすりながら、

さっきの言葉が

頭の中で何度もリピートする。


「女の子の方が気づく」


「女の子なんだから手伝いなさい」


「女の子なんだから、

 ちゃんとしてなきゃ」


(“女の子なんだから”って、

 いつからこんなに

 セット売りされるようになったんだろ)


窓の外の空は、

冬らしく澄んでいた。


サッシの溝を

古い歯ブラシでこすっていると、

黒い汚れがじわっと浮き出てくる。


(これ、ちょっと気持ちいい)


理科の実験で

沈殿物ができたときの感覚に

少し似ている。


「お母さん、

 サッシきれいになるの、

 ちょっと楽しいかも」


そう言ったら、

お母さんは笑った。


「やっぱり里奈、

 そういうの向いてるわ。

 将来、研究職とか

 細かい仕事とか向いてるんじゃない?」


また“将来”。


心のどこかで、

何かが反応する。


(“女の子だから”より、

 “里奈は”って言われる方が、

 まだマシかな)


そんなことを考えながら、

窓ガラスを拭き上げた。


ガラス越しに見える冬の空は、

さっきより少しだけ

クリアに見えた。


**昼**


大掃除がひと段落したころ、

お昼ご飯。


テーブルの上には、

焼きそばと、

昨夜の残りのおでん。


太一とさくらは、

掃除のご褒美にと

もらったジュースでご機嫌だ。


「冬休みってさー、

 ゲームやり放題って感じするよな!」


「さくらは

 お年玉で新しいゲーム買うの!」


二人の声を聞きながら、

私はお皿を片付けて、

こたつに潜り込んだ。


テレビでは、

年末特番のCMが流れている。


こたつに入ると、

体の力がふにゃっと抜けて、

一気に眠気が押し寄せてくる。


(このまま昼寝したら、

 今日も“ゼロの日”に

 なっちゃいそう)


こたつの上には、

読みかけの本。


ゆるい計画の「本を1ページ以上」の

対象にしている一冊。


ページを開いてみる。


でも、

隣で太一とさくらが

ゲームの話で盛り上がっていて、

なかなか集中できない。


「そこジャンプ!

 ジャンプ!」


「ちょっと貸して!」


視界の端に、

太一の手元のコントローラーと、

テレビ画面がちらちら入ってくる。


本の文字が、

急に遠く感じられた。


(……スマホ、見たい)


頭にその言葉が浮かんだ瞬間、

心臓がドクンと跳ねる。


(さっきノート見て、

 “ゼロの日増やしたくない”って

 思ったばっかりなのに)


わかってるのに、できない。


それが一番、

自分を疲れさせる。


机の引き出しの中。


そこにあるはずのスマホを

想像しただけで、

指先がむずむずしてくる。


(“ちょっとだけ”…)


危険な言葉だと

知っているのに、

頭の中に

甘いお菓子みたいな匂いで

漂ってくる。


こたつから、

ゆっくり抜け出す。


机の引き出しの前に立つと、

喉がカラカラになっていた。


(ここで開けなかったら、

 今日の私、めっちゃえらい)


そう思っても、

手は勝手に

取っ手に伸びてしまう。


引き出しを開ける。


スマホの黒い画面が

そこにある。


「……」


数秒間、

にらめっこみたいに

見つめ合う。


(ルール、増やそう)


突然、そう思った。


「もし開けるなら、

 その前に必ず水飲む」


声に出してみる。


変なルールだけど、

何もしないよりは

マシな気がした。


スマホを手に取る前に、

キッチンでコップに水を汲んで、

一気に飲む。


冷たい水が喉を通って、

お腹の中に落ちていく感覚が、

少しだけ現実に引き戻してくれる。


それでも、

結局スマホは開いた。


動画を一本。


「あ、これ関連動画…」


二本目。


三本目。


時間の感覚が

少しずつ溶けていく。


でも、

お腹の奥が冷える前に、

手が止まった。


「……今、何分?」


時計を見る。


五十数分。


(この前みたいに

 二時間にはなってない)


それが、

ギリギリのところで

ブレーキを踏めた理由なのか、


胸のあたりに、

ぎゅうっとした苦しさと一緒に、

ほんの少しだけ

安堵も混ざっていた。


「今日はここまで」


自分に言って、

スマホの電源を切る。


ゆっくり息を吐いたら、

少しだけ

呼吸が深くなった。


本を一ページだけ読み、

そのページの端を

小さく折った。


(これで、“本1ページ”の◯は

 一応つけてもいい…かな)


自分に問いかけるように思った。


**午後**


午後二時。


駅前の図書館の前で、

マフラーをいじりながら

立っていた。


吐く息が白い。


ポケットの中のスマホが、

やたらと存在感を主張してくる。


(断りのメッセージ、

 今からでも送れるけど…)


「ごめん、今日やっぱり無理そう」


そう打ちかけた文章を、

朝から何度も消している。


(冬休みの“創作デー”を

 楽しみにしてるって、

 咲希ちゃん、言ってくれたしな…)


胸のあたりが

きゅっと緊張で固くなる。


指先が冷たいのは、

冬だからだけじゃない気がした。


「里奈〜!」


聞き慣れた声に顔を上げると、

マフラーに顔を半分埋めた

咲希ちゃんが、

小走りで近づいてきた。


「ごめん、待った?」


「ううん、今来たとこ」


反射的に言ってから、

(ほんとは五分前からいるけど)と

心の中で付け足す。


図書館の中は、

外とは別の世界みたいに静かだった。


二人で並んで席に座る。


「はい、今日のルール」


咲希ちゃんが、

ノートにさらさらと書く。


> ・一回30分、スマホはカバンの中

> ・途中でSNS見たくなったら、

>  “見たい”ってだけメモする

> ・終わったら、メモを読みながら笑う


「最後、絶対笑えなくない?」


思わず突っ込むと、

咲希ちゃんは

「そこは気合」と言って笑った。


30分のタイマーをセットして、

二人で同時にスタート。


スマホは、

お互いの目に入らないように

カバンの奥にしまった。


『二人の季節』のノートを開く。


ペンを握った瞬間、

心臓がドクドク言い始める。


(書けなかったらどうしよう)


さっきまで

動画を見ていたことを思い出して、

罪悪感が胸のあたりを

ぐるぐるかき回す。


(創作デーとか言っておいて、

 何も出てこなかったら

 かっこ悪い)


視界が少しだけにじんで、

ペン先がぼやける。


深呼吸を一回。

もう一回。


(とりあえず、

 “何も浮かばない”って書くだけでも

 一行にはなる)


そう思って、

ノートに書く。


『今日は、何も浮かばないところから始まる』


文字を最後まで書き終えたとき、

胸の苦しさが

ほんの少しだけ和らいだ。


そこから、

ゆっくりと二人の会話を書く。


転校生の女の子が、

自分の「できないところ」や

「不安なところ」を

少しずつ口にしていく。


それに対して、

明るいクラスメイトの女の子が

「それ、別に悪くなくない?」と

肩の力を抜いて返していく。


書きながら、

自分で自分を

慰めているような気持ちにもなる。


(いいな、この二人。

 私も、

 こういう会話が

 当たり前にできる大人になりたい)


タイマーが鳴ったとき、

ノートのページは

いつもより文字で埋まっていた。


「どうだった?」


咲希ちゃんが

小声で聞いてくる。


「うん…

 最初は“何も浮かばない”って

 書くところから始めた」


「それ、めっちゃわかるやつ」


咲希ちゃんは笑って、

自分のノートを見せてくれた。


『照明プラン、全然進む気がしない』


という一行から始まって、

そこから矢印や図が

いっぱい広がっていた。


「ね、

 “何もない”って書くところからでも、

 案外何か始まるでしょ?」


そう言われて、

胸の奥がじんわりした。


二人で、

メモの端に書いた

「今見たい動画」「今開きたいSNS」を

読み上げ合って、

小さく笑う。


> 「“大掃除 やる気 出ない”で

>  検索したくなった」


> 「“冬休み 勉強してない 終わった”

>  のやつ見たくなった」


(みんな、

 だいたい同じこと検索してるのかも)


そう思ったら、

さっきまで背中を押していた

自己嫌悪が、

ほんの少しだけ

軽くなった気がした。


**夕方**


図書館を出ると、

もう空は薄暗くなっていた。


「ねえ、里奈」


「なに?」


「年明けにさ、

 “来年の自分に手紙を書く会”

 しない?」


突然の提案に、

思わず目を瞬かせる。


「手紙?」


「うん。

 来年の今くらいの自分宛てに。

 “今はこんなことで悩んでるよ”とか、

 “こうなってたら嬉しいな”とか」


咲希ちゃんは、

マフラーを指でいじりながら続けた。


「なんかさ、

 “大人になったらどうするか”って

 先生とか親には言われるけど、

 一年後の自分のことって

 案外誰も聞いてくれなくない?」


その言葉に、

胸のどこかが

チクリとした。


(たしかに)


「一生分の将来とかじゃなくて、

 とりあえず一年分の将来。

 それくらいだったら、

 まだ想像できるかなって」


「……いいかも」


自分の声が、

思ったより明るく聞こえた。


(未来の自分との約束を、

 もうちょっと具体的に

 してみてもいいのかもしれない)


駅のホームで別れながら、

手を振る。


ホームに吹き込む

冷たい風が頬を刺したけれど、

心の中だけは

ほんの少し温かかった。


**夜**


家に帰ると、

リビングには

年末らしい雰囲気が漂っていた。


テーブルの上には、

買ってきた数の子と黒豆。


キッチンの端には、

おせちのレシピ本が開かれている。


「おかえり、里奈」


「おかえりー!」


太一とさくらは、

こたつでゲームの続きをしていた。


「里奈、

 ちょっとこれ手伝ってくれる?」


お母さんに呼ばれて、

キッチンに立つ。


「この煮物ね、

 味見してみて。

 女の子なんだから、

 味覚も鍛えとかなきゃ」


また、その言葉。


(味覚に性別関係ある?)


心の中で

小さくツッコミを入れる。


でも、

鍋から立ちのぼるだしの匂いと、

しょうゆの香りは嫌いじゃない。


一口食べて、

頭の中で味のバランスを考える。


塩気、甘さ、だしの濃さ。


(もうちょっと

 甘さ控えめでもいいかも)


「ちょっと、

 砂糖少なめでもいいと思う」


そう伝えると、

お母さんは少し驚いた顔をして、

すぐに笑った。


「じゃあ、

 来年から煮物係お願いしようかな」


「それは、

 気が向いたときだけ」


そう返したら、

お母さんは

「はいはい」と笑って鍋をかき混ぜた。


自分の部屋に戻る。


机の上の

『冬休みの、ゆるい計画』ノートを開く。


今日の日付の横に、

ペンを置く。


・脚本タイム ◯

(図書館で)


・本を1ページ以上 ◯


・スマホ引き出しルール △

(昼に崩壊したけど、

 二時間コースにはしなかった)


別のページを開いて、

新しいタイトルを書く。


『一年後の私への下書き』


まだ、

正式な手紙を書く勇気はない。


でも、

箇条書きくらいならできそうだ。


・『二人の季節』を、

 今よりもう少しだけ

 前に進められているといいな。


・スマホに負ける日もあるけど、

 “全部ダメ”って判定する回数が

 減っていますように。


・咲希ちゃんと、

 今みたいにどうでもいい話で

 笑えているといいな。


書きながら、

胸の奥が

じんわり温かくなる。


(全部叶わなくてもいいから、

 一個くらいは叶ってたらいいな)


ノートを閉じて、

電気を消す。


真っ暗な天井を見上げながら、

ゆっくり息を吸って、吐いた。


今日も、

完璧ではない。


でも、

一週間前の自分より、

ほんの少しだけ

諦めるのが遅くなっている気がした。



## 後書き


**日記**


**20xx年12月30日(月曜日) 高校1年生 田中里奈**


今日は、

“ゆるい計画がゆらぐ日”だった。


・朝は予定より遅く起きたし、

 ノートを開いたら

 昨日のところが空白で、

 お腹の奥がキュッと冷えた。


・お昼には、

 また「ちょっとだけ」のつもりで

 スマホを開いて、

 気づいたら五十分たっていた。


前の私なら、

この二つだけで


「ほらね、やっぱりダメじゃん」


「冬休みも結局いつも通り」


って、

全部真っ黒に塗りつぶしていたと思う。


でも今日は、


・昨日の空白のところに

 “家の手伝い”って書き足して、

 △みたいな印をつけたこと。


・動画視聴も、

 前みたいな二時間コースになる前に

 自分で止められたこと。


・図書館での“創作デー”で、

 「何も浮かばない」と書くところから

 ちゃんと脚本が数行進んだこと。


そういう、

“完全な◯じゃないけど、

 ゼロでもないところ”を

一緒に数えてみた。


日本で“女の子”として生きていると、


「女の子の方が気がつくからさ」


「女の子なんだから、

 手伝いなさい」


「女の子なんだから、

 味覚鍛えとかなきゃ」


みたいな言葉が、

あちこちから飛んでくる。


そのたびに、

胸の奥がきゅっとして、

呼吸が浅くなる瞬間がある。


(それ、本当に

 “女の子”関係ある?)


って、

心の中で小さくツッコミを入れる。


口には出さないし、

出せないことも多いけど、


「それはそっちの都合じゃない?」


と心の中で言えるようになったのは、

少しだけの成長かもしれない。


今日は、

新しいルールも増えた。


・スマホを開ける前に

 必ず水を飲むルール


・「何も浮かばない」と

 ノートに正直に書いてから

 創作を始めるルール


・“一年後の自分への手紙”の

 下書きをノートに書いてみること


どれも、

完璧な解決策ではない。


スマホに負ける日もあるし、

計画の◯がつかない日も

きっとこれからも出てくる。


それでも、


「何もしないまま落ち込む」のと


「ちょっとだけ工夫してから落ち込む」のでは、


落ち込んだあとの自分の顔が

少し違う気がする。


演劇部の脚本『二人の季節』も、

今日は少しだけ進んだ。


“何も浮かばない”から始まって、

二人の会話が

ちょっとだけ前に進んだ。


その数行には、


・何度も「またやっちゃった」と

 自己嫌悪してきた私


・それでも、

 図書館でペンを握り直した私


・一年後の自分に

 ちょっとだけ期待している私


その全部が

薄く混ざっている気がする。


どんな時でも笑顔で。


今日は、

完璧じゃない計画と、

完璧じゃない一日を

なんとか抱きしめてみようとする、


ちょっと情けなくて、

でも前よりは少しだけ

優しい笑顔だった。


一年後の私は、

スマホに負ける日もあれば、

勝てる日もあって、


「まあ、こんなもんか」と

笑っていられたらいいなと思う。


そのために、

明日もまた、


◯じゃなくても、△でもいいから、


ノートのどこかに

何かしらの印をつけていきたい。


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