表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リナの冒険ノート2  作者: リナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/93

リナ、未来の自分との約束

**20xx年12月23日(月曜日) 高校1年生**

**朝**


目覚ましのアラームが鳴る、

ほんの少し前。


ふっと意識が浮かんで、

天井の白い模様がぼんやり見えた。


枕元に伸ばしかけた右手が、

空を切る。


「あ、そうだ」


スマホは、

今日も机の引き出しの中。


(まだ続いてる…)


先週からのルールが、

一応、生きている。


でも、

胸の奥のどこかが、

きゅっと縮む。


先週の土曜日の記憶が、

勝手に再生される。


「ちょっとだけ」と思って、

夕方に引き出しを開けて、

動画サイトを覗いたら、


気づいたら、

窓の外が真っ暗で、


「え、もうこんな時間?」


お腹の奥がヒュッと冷えて、

指先がじんじんした。


(あの2時間があれば、

 冬休みの計画とか立てられたのに)


「またやっちゃった」という言葉が、

頭の中で何度もリピートされて、

胸のあたりがじわじわ痛くなった。


——でも、今日はまだ、

何も失敗していない。


「…起きよ」


自分にそう言い聞かせて、

布団をめくる。


冷たい空気が一気に入り込んできて、

背中に鳥肌が立った。


足を床につけると、

ひやっとした感触が

一気に目を覚まさせる。


リビングに行くと、

しろがソファから飛び降りて、

尻尾をぶんぶん振りながら

近づいてきた。


「おはよう、しろ」


頭をなでると、

あったかくて、

ふわふわで、


縮こまっていた胸のあたりが、

少しだけ広がる感じがした。


「おはよう、里奈」


「おはよう」


お母さんが、

味噌汁のお椀を並べながら

ちらっと私を見た。


テーブルの端には、

カラフルなチラシ。


「冬期講習」の文字。


「これね、

 駅前の塾の冬期講習。

 “理系女子応援コース”だって」


さらっと言いながら、

チラシをこちらに寄せてくる。


理系女子。


(なんで“女子”をつけたがるんだろ)


数字とグラフと、

白衣の女の人の写真。


「今はね、

 女子だって理系に進んで、

 社会で活躍する時代なんだから」


お母さんの言葉は、

たぶん本当に応援のつもり。


でも、

「女子だって」というフレーズが、

胸のどこかに引っかかる。


(“女子でも”じゃなくて、

 “私がやりたいかどうか”が

 本当は大事なんだけどな)


そう思う自分もいるし、


(でも、

 理科はたしかに好きだし…

 塾行った方がいいのかな)


未来の自分にプレッシャーを

投げている自分もいる。


味噌汁の湯気が

ふわっと顔に当たって、

少しだけ呼吸が深くなった。


「とりあえず、

 今日学校行って、

 終業式の予定聞いてから考える」


そう言うと、

お母さんは「そうね」と微笑んだ。


当たり前みたいに

朝ごはんを食べて、

当たり前みたいに学校に行く。


その「当たり前」のうしろに、

いろんな不安や期待や

ちょっとした反発が

くっついているのを感じながら。


**午前**


ホームルーム。


教卓の上に

分厚いプリントの束が

どさっと置かれる音がした。


「はい、冬休みのしおりです」


担任の先生が配りながら、

前に立つ。


「高校1年生の冬休みは、

 “これからどうするか”を

 考える大事な時期です」


また“これから”。


“将来”“進路”“自己管理”。


最近、このあたりの言葉を

聞きすぎている気がする。


プリントの中ほどには、

「スマホ・SNSの使い方について」

というページ。


その下に、

太字で書かれている。


『特に女子生徒のみなさんへ』


(また“女子”)


「女子は写真を勝手に撮られたり、

 悪用されたりする危険が

 男子よりも高いですからね」


わかる。

言っていることは、わかる。


でも、

「危ないところに行くな」

「短いスカートで歩くな」

「夜遅く出歩くな」


そういうのと

同じ方向の匂いがして、

胸の奥がざわざわした。


(加害する側に

 もっと言ってよって、

 ちょっと思ってしまう)


でも、

手を挙げてそんなことを

言う勇気はない。


ノートの端に、

こっそり小さく書く。


『女子だから気をつけろ、

 と言われ続ける息苦しさ』


(あとで、

 脚本のメモに移しておこう)


身体のどこかで感じた

モヤモヤに名前をつけると、

少しだけ

胸のつかえが動く。


理不尽さは消えないけれど、

“材料”として

手の中に置いておける気がした。


**昼**


お昼休み。


今日は、

窓側の列をくっつけて

女子数人で輪になった。


「冬休み、どうする〜?」


「クリスマスは彼氏とイルミ!」


「いいな〜!」


きゃーきゃー言いながら、

話題はクリスマスから、

年末年始のテレビ、

推しの配信スケジュールへと

ころころ転がっていく。


「里奈は?」


突然振られて、

口に入れた卵焼きを

あわてて飲み込んだ。


「えっと…

 とりあえず、

 脚本の続き書きたいのと…

 本、読みたいかな」


「まじめ〜!」


「さすが文化祭で脚本書いた女」


茶化す声と一緒に、

ちょっとだけ本気の尊敬も

混ざっているように感じた。


「でもさ、

 ちゃんと遊びなよ?

 高校生のうちしかできないこと

 いっぱいあるんだよ?」


その言葉に、

一瞬、動きが止まる。


(“高校生のうちしかできないこと”って

 何個あるんだろう)


「彼氏作るとかさ〜」


「それは人によるでしょ」


笑いながら

突っ込む声もあって、

教室の空気は明るい。


咲希ちゃんが、

お茶を飲みながら言った。


「里奈の“脚本書く”もさ、

 高校生のうちしかできない

 贅沢な時間の使い方だと思うけどね」


「…え?」


「だってさ、

 大人になったら、

 家賃とか、仕事とか、

 もっとガチで

 お金の心配しながら

 創作しなきゃいけないでしょ?」


それを想像した瞬間、

胸のあたりが

少し冷たくなって、

同時に、

妙に納得してしまった。


(たしかに…

 今の“脚本タイム”って、

 ちょっとした“ご褒美時間”

 みたいなものなのかもしれない)


「だからさ、

 冬休みも、

 創作者の冬休みってことで」


咲希ちゃんが

ニヤっと笑って、

箸で私の弁当のミニトマトを

つつくふりをした。


笑いながら、

胸の奥で何かが

少しだけ誇らしくなった。


**午後**


放課後。


今年最後の演劇部。


部室では、

台本棚の整理や

衣装ラックの片付けが

慌ただしく続いていた。


「来年も

 みなさんよろしくお願いしますね」


山口先輩が

にこっと笑って、

ひとりひとりに

声をかけていく。


掃除がひと段落すると、

川田先生が言った。


「じゃあ、

 短い時間だけど、

 それぞれ“創作タイム”にしましょう。

 脚本でも、照明プランでも、

 なんでもOK」


部室の隅の

いつもの机に座って、

ノートとペンを出す。


今日は、

一つだけ新しい作戦を

試してみることにした。


手帳に、

小さく書く。


『15分×2セット』


「最初から30分ぶっ通しで

 やろうとするから、

 途中でスマホのこと

 考えちゃうのかもしれない」


(だったら、

 最初から“途中で休んでいい”

 って決めておけばいいんじゃない?)


そう思って、

あえて真ん中に

小さな休憩を入れてみることにした。


しかも今日は、

もう一つ工夫。


スマホは、

机の引き出しじゃなくて、

部室のロッカーの中。


(物理的に遠ざける作戦)


そこまでしないと

自分を信じきれないことに、

少しだけ情けなさも感じたけれど、


(それでも、

 何もしないよりはマシ)


と自分に言い聞かせた。


タイマーを15分にセットして、

ペンを握る。


『二人の季節』。


転校生の女の子と、

明るいクラスメイトの女の子。


前回書いた、

「ねえ、一緒に帰らない?」から、

二人の会話が

どこへ進んでいくのか。


頭の中で

自分と咲希ちゃんの

帰り道を再生しながら、


ペンを動かす。


> 「…うん。

>  でも、私、方向音痴だから」


自虐っぽい台詞を書いた瞬間、

昔の記憶が

ふっと顔を出した。


中学の帰り道。


道を間違えて、

集合時間に遅れた私に、


「また?

 ほんと使えないよね」


と、

クラスメイトが

笑いながら言ったこと。


冗談半分のつもりだったのかもしれないけれど、

あのとき、

心臓のあたりがぎゅっと掴まれて、

呼吸が浅くなった感覚を

体が覚えている。


(ああいう“ついでの一言”って、

 いつまでも残るんだよな)


だから、

『二人の季節』の中の

転校生の女の子には、


その一言を

さらっと受け止めてくれる

友達をつけてあげたい。


> 「じゃあ、

>  迷ったら一緒に迷えばいいじゃん」


そう書いた瞬間、

胸の奥が

じんわり温かくなった。


タイマーが、

ピピ、と短く鳴る。


15分が終わった。


「…ふぅ」


思ったよりも

手が震えていたことに気づいて、

指先をぎゅっと握る。


(大丈夫、大丈夫)


深呼吸をして、

イスから立ち上がり、

ほんの数分だけ

廊下の自販機まで歩く。


窓の外は、

冬の夕方特有の

青とオレンジのグラデーション。


冷たい空気を吸い込むと、

さっきまで

脚本の世界に沈んでいた頭が、

少しだけ現実に戻ってきた。


二本目の15分も、

完璧ではなかった。


ペンが止まって、

「うまく書けない」という

苛立ちが顔を出し、


視界の端で

ロッカーの中のスマホを

思い出したりもした。


それでも、

二人の会話は

数行分、

前に進んだ。


**夕方**


片付けが終わって、

部室の灯りが落ちる。


帰り道、

校門を出たところで

咲希ちゃんが言った。


「ねえ、里奈」


「なに?」


「冬休みさ、

 週1くらいで

 一緒に“創作デー”やらない?」


「創作デー?」


「うん。

 図書館とかファミレスとかで、

 それぞれ勝手に作業するやつ」


言いながら、

ちょっと得意げな顔をする。


「私も照明プランとか

 来年の企画案考えたいし。

 家だとさ、

 動画見ちゃうんだよね」


「それ、

 めっちゃわかる」


思わず笑ってしまう。


(私だけじゃないんだ)


少しだけ、

肩の力が抜けた。


「でも、

 私と一緒でいいの?」


「なにそれ。

 むしろ私がお願いしてるんですけど」


咲希ちゃんが、

わざとらしく

ふくれっ面をしてみせる。


「里奈が隣で

 カリカリ書いてたら、

 私もサボりにくいじゃん。

 ウィンウィン」


「…たしかに」


全部一人で

なんとかしようとしていた

自分が、

少しだけ恥ずかしくなる。


(“また一緒に作戦立てよ”って

 この前も言ってくれたのに)


「じゃあ、

 冬休み入ったら

 日程決めよ」


「うん」


駅のホームで別れるとき、

胸の奥に

小さな灯りがついたような気がした。


**夜**


家に帰ると、

リビングでは

ニュース番組が流れていた。


「最近はさ、

 女性の研究者も

 増えてるらしいぞ」


お父さんが、

テレビの特集を見ながら言う。


画面の中では、

白衣姿の女性が

インタビューに答えていた。


「理科好きの里奈も、

 こういう道もあるんじゃないか?」


「…うーん、

 どうかな」


即答できない自分に、

少しだけもやっとする。


「でもさ、

 女の子なんだから、

 あんまりブラックなとこは

 やめてほしいけどね」


お母さんが、

お茶をテーブルに置きながら

さらっと言った。


(また“女の子なんだから”)


心臓が

一瞬だけきゅっと縮んで、

呼吸が浅くなる。


でも、

そのあとすぐに、


(“ブラックなとこ”は

 女の子じゃなくても

 誰も行きたくないと思うけど)


と心の中で

小さく反論してみた。


口には出さない。


でも、

心の中でだけでも

言い返せるようになったのは、

前より少しだけ

強くなった証拠かもしれない。


自分の部屋に戻って、

机に座る。


今日は、

もう一つ試してみたいことがあった。


ノートを一冊、新しく開く。


表紙に、

太いペンで書く。


『冬休みの、ゆるい計画』


「“完璧な計画”は、

 どうせ守れない」


何度も経験してきた事実が、

胸の奥をチクリと刺す。


中学のときに作った、

真っ白なまま終わった

計画表たちのページが、

頭の中でパラパラとめくられていく。


(また同じこと

 繰り返すかもしれない)


そう思った瞬間、

指先が冷たくなって、

ペンを持つ手が

少し震えた。


それでも、

ゆっくりと一行目を書く。


『毎日やること:

 ・脚本タイム 最低10分

 ・本を1ページ以上読む

 ・スマホは引き出しルール継続』


“最低10分”。


“1ページ以上”。


“継続”。


あえて、

ゆるくしてみる。


「全部できなかった日は×じゃなくて、

 できた項目にだけ◯をつける」


横に、

小さくそう書き足した。


(“全部ダメ”っていう

 判定をやめたいんだ)


そう言葉にした途端、

胸のあたりの苦しさが

ほんの少しだけ和らいだ気がした。


今日は、

そのノートに

最初の◯を一つでも

つけてみたい。


机の上の脚本ノートを開いて、

タイマーを10分にセットする。


ペンを動かしていると、

すぐにまぶたが重くなってきた。


(やば…眠い…)


週の始まりの月曜日。


思っている以上に

体力を使っていたらしい。


それでも、

二人の会話を

数行だけ前に進めることができた。


タイマーが鳴った瞬間、

ペンを置く。


「今日はここまで」


ノートの今日の日付のところに、

きちんと◯をつける。


全部じゃない。


でも、“ゼロ”でもない。


布団に入る前に、

天井を見上げて思う。


(未来の自分に、

 少しだけ優しい計画を

 渡せたかな)


目を閉じると、

『二人の季節』の

二人の笑い声と、

今日、廊下で吸い込んだ

冷たい空気の感じが

一緒に浮かんできた。



## 後書き


**日記**


**20xx年12月23日(月曜日) 高校1年生 田中里奈**


今日は、

“未来の自分とどう付き合うか”を

考えた一日だった。


・スマホを引き出しにしまうルールは、

 まだ続いている。


・でも、

 土曜日に2時間も動画を見てしまった

 記憶は、まだお腹の奥を冷やしてくる。


前なら、

あの2時間だけを見て、


「ほらね、やっぱり続かない」


「私ってほんとダメ」


って、

自分を真っ黒に塗りつぶしていたと思う。


でも今日は、


・部室のロッカーにスマホを置いて、

 物理的に距離をとる作戦を試したこと


・脚本タイムを「15分×2」に分けて、

 “途中で休んでいい自分”を許したこと


・冬休みの計画に

 「最低10分」「1ページ以上」と

 あえてゆるい数字を書いたこと


そういう“工夫したところ”も

ちゃんと数えてみた。


日本で“女の子”として生きていると、


「女子も社会で活躍する時代です」


と言われる一方で、


「女子は身だしなみをしっかり」


「女の子なんだから、

 危ないところに行かないように」


って、

いろんな方向から

“こうあるべき”が飛んでくる。


それを全部真に受けて

完璧にこなそうとすると、

息が詰まる。


でも、

全部投げ出してしまうと、

今度は自分で自分を

嫌いになりそうになる。


だから今は、


・本当に危なそうなことや、

 自分や周りを守るために必要な注意は

 できる範囲でちゃんと受け取る。


・それ以外の「女の子なんだから」は、

 心の中で「それはそっちの都合でしょ」と

 小さくつぶやいて、

 全部は背負わないようにする。


・完璧な計画じゃなくて、

 未来の自分に“優しめの宿題”を出す。


そんな、

中途半端で、

でも今の私にはちょうどいい

バランスを探しているところ。


演劇部の脚本『二人の季節』も、

少しだけ進んだ。


たった数行。


でもその数行には、


・中学のときに

 「また?ほんと使えないよね」と

 言われて傷ついた私


・咲希ちゃんと出会って、

 「一緒に迷えばいいじゃん」と

 笑ってもらえた私


・“今度は言うだけで終わらせたくない”と

 思っている、今の私


その全部が

ちょっとずつ混ざっている気がする。


未来の自分を、

「どうせやらないでしょ」と

疑うことは簡単だ。


でもそれをやり続けると、

脚本を書く時間も、

読みたかった本も、

いつのまにか

全部“やらなかったこと”に

なってしまう。


今日は、

未来の自分に

「全部じゃなくていいから、

 どれか一つだけでもやってくれたら

 それで十分だよ」


っていう、

ちょっと甘めの約束を渡してみた。


どんな時でも笑顔で。


今日は、

完璧じゃない計画と、

完璧じゃない自分を

なんとか許してみようとする、


少しだけ優しめの笑顔だった。


冬休みの私は、

きっとまたスマホに負けるし、

予定どおりには進まないと思う。


それでも、

1日おきでも、

3日に1回でもいいから、


ノートを開いて、

“田中里奈”の物語と

『二人の季節』の物語を

続けていきたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ