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リナの冒険ノート2  作者: リナ


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32/93

リナ、小さな作戦

20xx年11月18日(月曜日) 高校1年生


目覚ましが鳴ったとき、

今日はちゃんと起き上がれた。


「……一応、先週よりマシ」


ぼそっとつぶやく。


枕元には、

先週書いた日記帳が開きっぱなしになっていた。


・30分できなかった日は、

  最低10分だけやること。


自分で書いた“予備ルール”が目に入る。


「言ったな、先週の私」


少しだけ苦笑いしながら、

でも、心の奥が

ちょっとだけ温かくなる。


未来の自分に優しくしたくて書いた言葉が、

一週間後の今、

ちゃんと私を支えようとしてくれている。


制服に着替えながら、

スマホを手に取る。


いつもは、そのままベッドに座って

タイムラインをだらだら眺めてしまう。


今日は、

玄関のところまで持っていって、

靴箱の上に置いた。


「朝のスマホ禁止……は無理だから、

 せめて“部屋でだらだら触らない”くらいから」


自分の中で、

小さな作戦名をつける。


「作戦・スマホの居場所を変える」


名前をつけると、

ちょっとだけゲームっぽくて、

気持ちが軽くなる。


朝食の席で、

お母さんが私の顔を見て言った。


「なんだか今日は、スッキリした顔してるね」


「そうかな」


「先週よりは、ね」


先週、

「机に向かってる時間、減ってない?」と言われたとき、

胸がぎゅっとなったのを思い出す。


今日は、

胸のあたりがほんの少しだけ、

広くなった気がした。


「いってきます」


玄関でスマホをポケットに戻しながら、

(夜はここに置いて、

 机に座るときは持ち込まないって決めよう)

と心の中で付け加えた。


午前


1時間目の英語。


眠気はあるけど、

先週みたいに

完全に意識が飛びかけることはなかった。


先生が

「来月のスピーチコンテストのテーマは、

 “私の将来の夢”です」

と言ったとき、

教室の空気が少しざわついた。


「女子は保育士とか多いんだよな、毎年」


前の席の男の子が

何気なく言う。


「サラリーマンとかは、男子の担当って感じ」


冗談っぽく笑っているのに、

その“当たり前”みたいな分け方に、

喉の奥がつかえた。


(なんで、勝手に職業にも性別がついてるんだろう)


私は、

将来何になりたいのか、

まだはっきりしていない。


でも、

「女子だから選べないもの」が

あるみたいに扱われるのは、

なんだか嫌だ。


(脚本家とか、演出家とか、

 そういうのだって選択肢にしていいはずなのに)


文化祭のことを思い出す。


あの舞台の上には、

確かに私の書いた言葉があった。


「将来の夢」と言われて、

胸の奥が少しだけ熱くなった。


※たぶん、まだ誰にも言えないけど。



お昼休み。


今日は、

咲希ちゃんを誘って図書室に行った。


「え、昼から勉強?」


「勉強……というか、ちょっと実験」


「実験?」


理科の実験は好きだけど、

今回は自分の行動の実験。


窓際の席に座って、

タイマーを机の上に置いた。


「これから10分だけ、

 スマホをカバンにしまって作文書いてみるから、

 もし私がスマホ触ろうとしたら

 止めてほしい」


言ってから、

顔が熱くなった。


(人に頼むの、苦手なんだよな)


「なんかごめん、変なお願いで」


「いいよ」


咲希ちゃんは、

あっさり受け入れてくれた。


「実験台になるの、ちょっと楽しそうだし」


そう言って笑う。


タイマーを10分にセットして、

ノートを開く。


今日の10分は、

文集の第二話のラフ。


ペンを走らせながら、

何度か手がカバンの方に伸びそうになる。


そのたびに、

咲希ちゃんが小さく

「はい、戻ってきてー」と

ささやくみたいに言ってくれる。


(見られてるって、

 こんなに効くんだ)


ちょっと恥ずかしいけど、

悪くない。


10分が終わったとき、

ノートには

思っていたよりも文字が並んでいた。


「おお、けっこう書けたじゃん」


「……ほんとだ」


自分でも少し驚いた。


「他人の目って、

 使い方によっては味方になるんだね」


「普段は敵みたいに感じることもあるけどね」


咲希ちゃんが、

教室の方向をちらっと見て言った。


女子の髪型とか、

スカートの丈とか、

体型とか、

いちいち誰かがひそひそ話しているのを、

私は何度も聞いてきた。


「女の子なんだから、

 太らないように気をつけなよ」とか、

「もっとちゃんとメイクしたら?」とか。


その“他人の目”は、

正直しんどい。


でも、

今日の10分だけは、

咲希ちゃんの視線が

ちゃんと“味方”の方に働いてくれた気がする。


午後


放課後。


演劇部は軽いミーティングだけ。


解散したあと、

まっすぐ家に帰らず、

途中の公園に寄った。


ベンチに座って、

カバンからノートを出す。


「作戦・居場所チェンジ、その2」


家の机だと、

すぐベッドが目に入ってしまう。


公園のベンチなら、

ベッドはないし、

スマホもカバンの奥に突っ込んでおけば、

少しはマシかもしれない。


タイマーをまた10分にセットして、

脚本の続きを書き始める。


さっき図書室で書いた

文集用のラフの延長みたいに、

言葉がぽつぽつ出てくる。


風が少し冷たくて、

指先がかじかむ。


それがかえって、

スマホに伸びる手を

鈍くしてくれている気がした。


10分が終わっても、

もう少しだけ書けそうな気がしたので、

タイマーを見ないふりをして

あと5分続けた。


ページの半分くらい、

文字で埋まった。


「……先週よりは、進んだ」


声に出してみる。


誰もいない公園で、

自分に向かって小さくガッツポーズをした。


夕方


家に帰ると、

リビングから太一とさくらの声が聞こえた。


「しろ、おすわり!」


「ちょっと太一、待って、さくらが先にやるの!」


いつもの光景。


「ただいま」


リビングに顔を出すと、

しろが尻尾をぶんぶん振りながら

飛びついてきた。


「わ、ちょっと」


よろけそうになりながらも、

その温かさに

体の緊張がふっと抜ける。


「お姉ちゃん、今日早いね」


「部活なかったの?」


太一とさくらが

口々に聞いてくる。


「ちょっと寄り道はしたけど、

 今日は軽めだった」


「また脚本?」


「うん。ちょっとだけね」


「お姉ちゃん、小説家になるの?」


「脚本家じゃない?」


勝手に将来を決められて、

ちょっと照れくさくなった。


「どうかな。

 なれたらいいけどね」


そう答えた自分の声が、

思ったよりも本気だった。



夕食のとき、

お父さんがまたニュースを見ながら言った。


「最近は、女子の方が成績いいらしいな」


「そうね。

 まじめな子が多いんでしょうね」


お母さんがうなずく。


「真面目“じゃなきゃいけない”みたいな

 空気もあるけどね」


思わず、

小さくつぶやいてしまった。


「え?」


「なんか言った?」


「ううん、なんでもない」


まだ、

はっきりと言い返す勇気はない。


でも、

心の中でだけは、

少しずつ言葉になり始めている。


「女の子だから」とか

「真面目だから」とか、

そういうラベルの前に、

私は「田中里奈」という一人の人間なんだって。


夕食後、

約束通り、

スマホをリビングの棚の上に置いた。


「今日から、

 机で勉強するときと創作するときは

 スマホ持ち込まない作戦やってみる」


そう宣言したら、

お母さんが少し驚いた顔をしてから、

ふっと笑った。


「いい作戦ね。

 続けられるように、あんまり口出ししないでおくわ」


「それが一番助かるかも」


部屋に戻って、

タイマーを10分にセットする。


今日は、

勉強10分と創作10分を

2セットずつ。


合計40分。


全部ちゃんとできたわけじゃない。


2セット目の創作のときは、

何度も時計を見てしまって、

ほとんど言葉が出てこなかった。


でも、

ノートには確かに、

先週より多くの文字が残った。


後書き


日記


20xx年11月18日(月曜日) 高校1年生 田中里奈


今日は、

先週の自分が残してくれた“予備ルール”に

少しだけ救われた日だった。


・30分できなかった日は、

  最低10分だけやること。


そこから、

自分なりに小さな作戦を足してみた。


今日やってみた作戦


・朝のスマホの居場所を、

 ベッドの横から玄関の棚に移動する。


・図書室で、

 咲希ちゃんに「10分だけ見張って」と頼む。


・公園のベンチで、

 家とは違う場所で脚本を書く。


・夜は、

 スマホをリビングに置いてから

 机に向かう。


どれも、

すごく立派な方法じゃない。


でも、

「やる気を出す」っていう

ふわふわしたものだけに頼るより、

ずっと現実的な気がする。


今日は、

勉強10分+創作10分を2回。


合計40分。


途中で集中が切れたり、

時計を気にしてしまったり、

完璧とは程遠かった。


それでも、

先週の「図書室で一行だけ」の私よりは、

少しだけ前に進めた気がする。


もちろん、

また戻る日もあると思う。


スマホを部屋に持ち込んでしまって、

気づいたら1時間経っていて、

自分にがっかりする日も、

きっとこれからも何度もある。


日本のニュースや大人たちは、

「最近の子どもは集中力がない」とか、

「女子は真面目でえらい」とか、

簡単にまとめたがる。


そのどっちにも、

私はちゃんとは当てはまらない。


真面目になりたいけど、

スマホに負ける日もある。


努力はしたいけど、

「努力は報われる」って言葉が

重く感じられる夜だってある。


でも、

今日の私は、

先週の私より

少しだけ諦めていなかった。


「どうせ私なんて」と

全部投げるところまで行かずに、

「じゃあ10分だけ」と

小さく踏みとどまれた。


文化祭の脚本のときみたいに、

誰かの期待に押されてじゃなくて、

自分で考えた作戦で

ちょっとだけ動けたのが、

なんだかうれしい。


女の子だからとか、

高校生だからとかじゃなくて、


「田中里奈」という一人の人間として、

この世界をどうやって生きていくか。


その練習を、

机の上の10分とか、

ノートの一行とかで

している気がする。


一歩進んで、

半歩戻って、

でもトータルでは

ちょっとだけ前に進んでいるような。


そんな、

ジグザグの線みたいな成長でいいのかもしれない。


どんな時でも笑顔で。


今日は、

「作戦がちょっとだけうまくいった日」の

小さな笑顔が出せた。


明日の私は、

また違う顔をしているかもしれないけれど、

そのときの私に

少しでも楽をさせてあげられるように、


今日の“10分”と“半ページ”を

ここにちゃんと残しておく。

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