リナ、日常と物語のあいだ
**20xx年10月28日(月曜日) 高校1年生**
**朝**
10月の終わり。
窓を開けると、ひんやりした空気が入ってきた。
「さむ……」
パジャマの袖をぎゅっと握って、
でも、なんだか気持ちいい朝だった。
テストも一段落して、
文化祭も終わって、
日常が、
少しだけ落ち着いてきた。
でも、心の中は
静かじゃない。
「続きを書きたい」
『二人の季節』のことが、
頭の隅っこでずっと動いてる。
朝食の席で、
お母さんが焼き鮭をお皿にのせながら聞いてきた。
「新しいお話、進んでる?」
「うん。第一場はだいたい」
「すごいわね。よく続けられるわ」
「文化祭のときみたいに、
詰め込みすぎないようにするけど」
「それがいいわ」
お母さんのその一言で、
少しだけブレーキを思い出せた。
「いってきます」
カバンの中に、
教科書と一緒に『二人の季節』のノートを入れた。
**午前**
1時間目、現代文。
先生がプリントを配った。
「来月、校内文集の原稿を募集します」
そう言って、黒板に書いた。
**・小説
・詩
・エッセイ など自由**
「文章を書くのが好きな人は、ぜひ」
教室の空気が、
ざわっとした。
(文集か……)
消しゴムのカバーをいじりながら、
ぼんやり考えた。
(演劇じゃなくて、“読むための物語”を書くって、
どんな感じなんだろう)
『二人の季節』は脚本として書いている。
でも、
もしかしたら、
「小説版」にもできるかもしれない。
(同じ物語を、
別の形にするって、ちょっとおもしろそう)
先生が、教室を見渡しながら言った。
「書いてみたいけど、自信がない人は、
“今の自分の気持ち”を素直に書くだけでも立派な作品ですよ」
その言葉を聞いて、
少しだけ手を挙げたくなった。
(“今の自分の気持ち”か……)
気づいたら、
ノートの端っこに
「転校生/教室/窓際の席」
と、メモを書いていた。
**昼**
お昼休み。
屋上のベンチに座って、
お弁当を開いた。
咲希ちゃんが、
ペットボトルのお茶を置きながら言った。
「ねえリナ、文集の話、聞いた?」
「聞いた」
「出してみたら?」
「え?」
「“リナといえば脚本”ってイメージあるし」
「そんなイメージ、ある?」
「あるよ。少なくとも私はそう思ってる」
少し照れくさくて、
卵焼きを口に運んだ。
「脚本、そのまま出すのは?」
「文集だと、たぶん小説っぽいほうが
読みやすいかなって」
「じゃあ、“小説版・二人の季節”だね」
さらっと言われて、
胸がどくんとした。
「……まだ第一場の途中だよ?」
「間に合うよ。締め切り、来月の中旬って言ってたし」
たしかに、
時間はまだ少しある。
「でも、テストもあるし……」
「ほら出た、“60点合格作戦”」
咲希ちゃんが笑った。
「いいじゃん、“勉強60点合格”と
“創作チャレンジ”の両立」
「うーん……」
お弁当を食べ終わって、
空を見上げた。
薄い雲がゆっくり流れている。
(もし文集に出したら、
クラスメイトや先生が私の文章を読むんだ)
想像すると、
怖いような、嬉しいような、くすぐったいような。
「……ちょっと、考えてみる」
そう言うと、
咲希ちゃんがニッと笑った。
「楽しみにしてる」
**午後**
放課後、演劇部。
今日は、次の活動方針の話し合い。
部室に集まって、
円になって座った。
「文化祭、お疲れ様でした」
山口先輩が、
改めて頭を下げた。
「これからは、春の新入生歓迎公演に向けて、
アイデアを出していきたいと思っています」
春。
まだ先のことだけど、
“次の舞台”という言葉に
胸が高鳴った。
「長編じゃなくて、
短い作品をいくつかやる形でもいいし」
「コメディでも、シリアスでも」
「オリジナル脚本も歓迎します」
その一言で、
背筋がピンとした。
(“二人の季節”、
春の歓迎公演用に短くしたバージョンを
いつか出せるかもしれない)
でも、すぐに手を挙げる勇気はなかった。
(まだ、最後まで書けてないし)
今はまだ、
心の中の「ひみつ」の領域。
ミーティングのあと、
山口先輩が私に声をかけてきた。
「田中さん」
「はい」
「この前、文化祭のアンケート、
ちゃんと全部読んだ?」
「まだざっとしか……」
先輩が、
クリアファイルを渡してくれた。
「“脚本についてのコメント”のところ、
付箋つけておいたから、時間あるとき読んでみて」
「ありがとうございます」
部室の隅の椅子に座って、
その場でペラペラとめくってみた。
**『主人公の気持ちがすごく分かりました』**
**『セリフが自然で、友達と話してるみたいでした』**
**『自分も進路のことで悩んでいるので、刺さりました』**
一つ一つの言葉が、
胸にゆっくり染みこんでいった。
(あの日の私のぐちゃぐちゃした気持ちも、
ちゃんと届いてたんだ)
ページの端っこに、
小さく書かれた文字があった。
**『また別の物語も見てみたいです』**
それを見た瞬間、
『二人の季節』の1ページ目が
頭の中に鮮やかに浮かんだ。
**夕方**
部活が終わって、
いつもの帰り道。
夕焼けが、
少しずつ早くなってきている。
住宅街の電柱の影が、
長く伸びていた。
(もし、文集に出したら)
(もし、春の公演で新しい脚本を出したら)
“もし”がたくさん浮かんで、
少し怖い。
でも同時に、
それ以上にワクワクしている自分がいる。
家の近くの角を曲がったところで、
ふと足を止めた。
(無理しすぎた夏と、
今の自分の違いって何だろう)
あのときは、
「全部、今すぐ完璧にしなきゃ」
って思っていた。
今は、
「少しずつ、でも続けていきたい」
そう思えている。
それだけで、
景色の色が違って見えた。
**夜**
「ただいま」
いつものように家に帰って、
夕食のあと、机に向かった。
まずは、学校の宿題。
英語のワークを1ページ。
数学の問題を5問。
“60点合格作戦”の一部。
終わったら、
タイマーを30分にセットして、
『二人の季節』のノートを開いた。
今日は、
転校生の女の子が初めて
親友の家に遊びに行く場面を書いた。
慣れないリビングの匂い。
出されたお菓子。
写真立てに写る家族。
セリフを考えながら、
ふと気づいた。
(私も、初めて咲希ちゃんの家に行ったとき、
同じようなこと思ったな)
自分の記憶と、
物語の中の出来事が
少しだけ重なって、
ニヤッとしてしまう。
タイマーが鳴った。
「今日はここまで」
ノートを閉じて、
代わりに日記帳を開いた。
今日のこと。
文集のこと。
アンケートの言葉のこと。
そして、
新しく決めたルールのこと。
**・勉強:1日最低30分
・創作:1日30分
・どっちもサボった日は、その理由を日記に書く**
「これなら、倒れないで続けられるはず」
最後のページに、
小さく書き足した。
> 「物語は一気にじゃなくて、
> 一週間に少しずつ進めてもいい」
日付を見る。
**20xx年10月28日(月曜日)**
(また1週間後には、
この物語の中でも何かが進んでいるといいな)
電気を消す前、
ノートの上にペンを置いて、
そっとつぶやいた。
「二人の季節、
ちゃんと最後まで書くからね」
心の中の登場人物たちに、
小さな約束をして、
布団にもぐり込んだ。
## 後書き
**日記**
**20xx年10月28日(月曜日) 高校1年生 田中里奈**
今日は、「日常」と「物語」が
少しだけ混ざった一日だった。
現代文の授業で、
校内文集の話が出た。
“書いてみたいな”という気持ちと、
“みんなに読まれるのが怖い”という気持ち。
両方がある。
でも、
文化祭のアンケートを読んで、
少しだけ勇気がわいた。
> 「セリフが自然でした」
> 「また別の物語も見てみたいです」
そんな言葉をもらえたことが、
今でも信じられない。
『二人の季節』は、
咲希ちゃんとの友情が
ヒントになっている。
でも、
そのままじゃなくて、
“もし、こんな出会い方をしたら?”
“こんなケンカをしてしまったら?”
そんな「もし」も
混ざっている。
現実と物語が
少しずつ交差して、
どこまでが私で
どこからが登場人物なのか、
よく分からなくなるときがある。
でもそれが、
なんだか楽しい。
新しく決めたルール。
**・勉強30分
・創作30分**
続けられるか分からないけど、
“完璧にできなかった=失敗”じゃなくて、
「できた日を、ちゃんと数えていこう」
そう思う。
次にこの日記を書くとき、
『二人の季節』が
何ページか進んでいますように。
どんな時でも笑顔で。
今日は、
「普通の日常」と「新しい物語」のことを考えて
少しだけワクワクした笑顔だった。




