リナ、「二人の季節」の第一稿
**20xx年9月16日(月曜日) 高校1年生**
**朝**
2学期が始まって、少し落ち着いた月曜日。
窓の外は、少しだけ秋の気配。
「今日、見せようかな」
朝食を食べながら、新しいノートのことを考えていた。
タイトルは「二人の季節」。
転校生の女の子と、明るい女の子の友情の物語。
まだ第一場と第二場までしか書けていない。
でも、誰かに読んでもらいたい気持ちが募っていた。
「リナ、新しいお話、進んでる?」
お母さんが聞いた。
「うん。少しだけ」
「今度も、演劇部の脚本にするの?」
「まだ分からない。でも、いつかそうなったら嬉しい」
お母さんが笑った。
「まずは、自分が好きだと思えるものを書きなさい」
その言葉に、背中を押された気がした。
「いってきます」
今日は、勇気を出す日かもしれない。
**午前**
学校に着くと、廊下には体育祭のポスターが貼られていた。
「もうそんな時期なんだ」
文化祭が終わったと思ったら、次は体育祭。
高校生活って、本当にイベントだらけ。
昇降口で咲希ちゃんに会った。
「おはよう、リナ」
「おはよう」
「そのノート…」
私は思わず、胸に抱えていたノートをぎゅっと握った。
「もしかして、新しい脚本?」
「……うん」
「やっぱり! 今日、読ませてくれる?」
その言葉を待っていた。
「まだ途中だけど、いい?」
「途中だからこそ読みたい」
咲希ちゃんのキラキラした目に、少し照れた。
一時間目の現代文の授業中、先生の説明を聞きながらも、
頭の片隅では「二人の季節」の続きを考えていた。
転校初日の教室。
緊張して俯く主人公。
そこに差し込む、明るい声。
「よろしくね」
その一言で、世界が少し色づく。
「田中、今の問題を読んでくれるか」
「……はいっ」
危ない。
また物語の世界に入り込んでいた。
**昼**
お昼休み、約束通り図書室へ行った。
いつもの窓際の席。
咲希ちゃんが、わくわくした顔で待っていた。
「じゃあ、読むね」
私はノートを差し出した。
胸がどきどきする。
文化祭前に脚本を先輩たちに見せた時と、少し似ている。
でも、あの時より、落ち着いていた。
咲希ちゃんは、真剣な顔でページをめくっていく。
ペンの書き跡。
何度も消しゴムをかけた跡。
私の迷いも、ノートの上に刻まれている。
数分後、咲希ちゃんが顔を上げた。
「……好き」
最初の一言が、それだった。
「え?」
「このお話、私、すごく好き」
胸の奥が、じんわり温かくなった。
「どこが良かった?」
「転校生の子が、勇気出せなくて戸惑ってるところ」
「明るい子も、本当は寂しがり屋なところ」
「まだ始まりなのに、ちゃんと“二人”の話になってる」
細かいところまで見てくれている。
「でもね」
咲希ちゃんが、少し言いづらそうに続けた。
「一つだけ、気になったところがある」
「どこ?」
「最初の自己紹介の場面」
ノートを開きながら、指さしてくれる。
「ここ、ちょっと綺麗すぎるかも」
「綺麗すぎる?」
「うん。最初から、言葉が整いすぎてて」
「もっと噛んだり、言葉に詰まったりしてもいいんじゃないかな」
言われてみれば、その通りだった。
文化祭の脚本の時と同じ。
また、最初から“理想的な人物”を書いてしまっていた。
「……ありがとう。直してみる」
「私でよければ、これからも読むからね」
「うん。絶対読んでほしい」
心強い“第一読者”がいることが、嬉しかった。
**午後**
放課後、演劇部。
今日は軽い基礎練習の日。
発声練習、柔軟、即興劇。
文化祭が終わっても、部活は続いていく。
「田中さん、新作どう?」
片付けの途中で、山口先輩に声をかけられた。
「少しだけ、書きました」
「おお、それは楽しみ」
「まだ、部活で使うとは決めてなくて……」
「うん、それでいいと思うよ」
先輩は笑った。
「最初から“作品にしなきゃ”って思うと、書けなくなるから」
図星だった。
「まずは、自分が書きたいものを書きなさい」
「もし、いつか“みんなでやりたい”って思えたら、その時見せて」
その言葉に、肩の力がふっと抜けた。
「はい」
部室を出る時、ホワイトボードの片隅に、
文化祭の時のタイトル「二つの道」がまだ残っていた。
隣に、小さく「二人の季節」と書き足したくなったけど、やめた。
まだ、心の中だけのタイトル。
それでいい。
**夕方**
帰り道。
空が少しだけ高くなった気がする。
「新学期って、なんだか新しい物語の一章目みたい」
そんなことを考えながら歩いていた。
家に着くと、太一が宿題をしていた。
「お姉ちゃん、新しいお話、見せて」
「まだ秘密」
「えー」
「ちゃんと完成したら、一番に見せてあげる」
「約束だよ?」
小指を出されて、指切りをした。
「じゃあ三番目ね」
「三番目?」
「一番は咲希ちゃん、二番目はお母さん」
太一が頬をふくらませた。
「ずるい」
笑い声が、リビングに広がった。
**夜**
夕食のあと、自分の部屋へ。
机の上に、新しいノート。
ページを開く。
咲希ちゃんに指摘してもらった、自己紹介の場面。
“綺麗すぎる言葉”を、少し崩していく。
「えっと……えっと、その……」
何度も書いては消して、
言いよどむセリフに変えていく。
「私、あまり…その……人と話すのが得意じゃなくて……」
「でも、仲良く……なれたら、その……嬉しいです」
少し不器用な言い回しの方が、あの子らしい。
前よりも、キャラクターが近くに感じられた。
気がつくと、ページが一枚増えていた。
「今日は、このくらいにしておこう」
以前みたいに、夜遅くまで無理をしない。
ペンを置いて、ノートをそっと閉じた。
「二人の季節」
二人の友情の一年間。
その始まりを、今、少しずつ紡いでいる。
いつか、この物語もステージの上で息づくのだろうか。
まだ分からない。
でも、その“いつか”を想像するだけで、胸が高鳴った。
## 後書き
**日記**
**20xx年9月16日(月曜日) 高校1年生 田中里奈**
今日は、「二人の季節」の第一稿を、初めて誰かに読んでもらった。
読者第一号は、もちろん咲希ちゃん。
「好き」って言ってもらえて、すごく嬉しかった。
でも、それ以上に嬉しかったのは、
ちゃんと“気になるところ”も言ってくれたこと。
最初の自己紹介のシーン。
「綺麗すぎる」
その一言で、ハッとした。
私はまた、理想的なキャラクターを書こうとしていたんだと思う。
本当の人間は、そんなにうまく話せない。
特に、緊張してる時なんて。
それは、文化祭の脚本の時に痛いほど学んだことだったのに。
でも、今回は違う。
最初から、一人で抱え込んでいない。
咲希ちゃんに見せて、意見をもらって、直していく。
山口先輩も「まずは自分が書きたいものを」と言ってくれた。
前みたいに「絶対に作品にしなきゃ」と自分を追い込まない。
今回は、“書くことそのもの”を楽しみたい。
もちろん、いつか舞台になったら嬉しい。
でも、その前に。
この物語の二人と、ちゃんと向き合いたい。
転校生の子と、明るい子。
二人の一年間の季節を、丁寧に描きたい。
日常は、また普通に戻ってきた。
授業、部活、宿題。
でも、その合間に、物語の時間がある。
それが、今の私にとっての幸せ。
どんな時でも笑顔で。
今日は、ノートを閉じる時に、ふっと笑えた。
少しずつでいい。
また新しい物語を歩き出したリナとして、
一歩、一歩。




