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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第97話 歌劇になぞらえて/神話になぞらえて

■アメリカ合衆国、カリフォルニア州ロサンゼルス


 ニューヨークに次ぐアメリカ第二の都市、ロサンゼルス。そのダウンタウンの片隅……人通りもまばらな、殊更に寂れた街角に二つの人影があった。スーツ姿という周囲の様子からはいささか浮いた格好のその人影は、FBI捜査官のピーター・フランクとその相棒である。


 2人は道路を挟んだ先にある、一軒の民家を注視していた。


「あの家か、情報提供があったのは」


 フランク捜査官がそう口にすると、相棒の捜査官が答える。


「ええ、ロス市警からの情報ではあの家屋で間違いありません…………本当に我々だけで踏み込むんですか?」


「既にもぬけの殻なんだろ? なら問題ないさ。行こう」


 そんなやり取りを交わし、2人は問題の民家へ歩を進める。


 ロサンゼルス市警より、GLFの現首魁と目されるテロリスト、ウスマン・ハーディの潜伏情報が入ったのは40時間ほど前。その情報は『潜伏していた形跡がある』という過去形のものだったのだが、些細な情報でも得られれば……と、彼等はこの民家を訪れたのだ。


「いや、もぬけの殻ってのは問題なんだが……まあ、情報提供があっただけマシって所だな」


 フランク捜査官が独りごちる。その言葉にはFBI捜査官としての――いや、法執行に(たずさ)わる者としての無力感が(にじ)んでいた。


 ロサンゼルスは全米第二の都市であり、世界規模で見ても有数の大都市だ。ボーイングを始めとする大企業が拠点を構え、近傍には映画産業の中心であるハリウッドが存在し、無数のエンターテイメント企業が軒を連ねる。

 これ程の条件が揃えば、人も金も集まり街が発展するのは自明の理だ……だが、(きら)びやかな街の灯りは人間社会の『歪み』を招き寄せ、その影をより濃く、深く映し出すものだ。

 かつてのロサンゼルスは全米有数の犯罪都市であり、幾度も大暴動の舞台になった。21世紀に入り、警察組織の増強や大規模な再開発事業によって一時治安は回復したものの、資源不況以降、その治安は再び地に墜ちた。

 現在ではスラム街の拡大に歯止めがかからず、それに伴いマフィアやストリートギャングの勢力が増加の一途をたどっている。


(犯罪が増えても俺達の予算は増えないし、人手も増えない……世知辛いねぇ)


 フランク捜査官は溜息を吐きつつ、民家の戸を潜る。


 犯罪件数が増えれば善良な住民は他所へと移ってしまう。そうなると税収は減り、行政は十分な予算を確保できなくなる。その結果が今の有様だ。

 純粋にマンパワーが足りず、犯罪捜査が後手に回ることが茶飯事になりつつあるのだ。


 そんな現状を嘆きながら、2人は屋内を進む。情報通り人気は感じられないものの、万が一に備え拳銃を構えながら一部屋一部屋調べあげる。


「これは……何と言うか…………」


 屋内の様子を見た相棒が呟く。彼が何を言いたいのか、フランク捜査官は直ぐに察することが出来た。


「ああ、こりゃあまるで夜逃げの後だな」


 踏み込んだ家屋の中は廊下と言わず部屋と言わず、ゴミや衣類が散乱し、少量ながら食料品までが打ち捨てられていた。


 フランク捜査官は首を(ひね)る。


「こんな手掛かり残すような真似は、用意周到なテロリストらしく無いな」


「近隣住民が警察に通報したことを察知したのでは?」


 相棒が推測を口にするが、フランク捜査官はそれを否定する。


「いや、以前にも似たような経緯でGLFの隠れ家に踏み込んだ事があるが……連中、その時はきれいさっぱり痕跡を消していた。ここの有様は間違いなく、『時間』を優先しなきゃならなかった――って事だろう」


 彼はオレゴン州で調べた海辺の倉庫を思い出す。あの倉庫とは対照的に手掛かりとなり得る物品が散乱するこの有様は、GLFが痕跡を消す時間すら惜しんでここを引き払う必要があった事を如実に物語っている。

 フランク捜査官は自身の顎を撫でつつ周囲を見回した。すると、テーブルの上に気になるモノを見つけた。


「こいつは……」


 フランク捜査官が手に取ったのは、何の変哲も無い紙片。メモ帳の切れ端と思われるそれは丁寧に折りたたまれ、まるで『見つけて下さい』と言わんばかりに目立つよう机上に置かれていた。


 そのメモ紙を開くと、流麗な筆記体でたった一言、メッセージが書き付けられていた。


「――――連中、俺達をおちょくってるらしいな。『トスカを我が手に』? どういう意味だこりゃ」


 意味が分からずガシガシと後頭部を掻きむしるフランク捜査官だったが、意外な事に相棒の捜査官が答えを口にした。


歌劇(オペラ)の事では?」


「歌劇だって? …………良い趣味してるじゃないか」


 強面(こわもて)の相棒を見て『意外な趣味を持っているな』と内心驚くフランク捜査官だったが、当の相棒は大したことじゃないという風に手の平を振った。


「私が見たのは映画版ですが……。歌姫トスカと、彼女をめぐる2人の男の悲恋物です。おススメですよ」


「へぇ、非番の時にでもカミさんと一緒に観てみるさ。しかし、これが何を指す符丁(ふちょう)なのかは知らんが、連中は何かを手に入れるために動いた。そしてその『トスカ』とやらは、急いで手に入れる必要があった……或いは、急がなければ手に入らなくなるモノだった――――か。とにかく、見つけた物は漏らさず上に報告するぞ。連中が何を狙っているにせよ、近いうちに行動を起こすはずだからな」


「了解」


 FBI捜査官の2人は民家を後にする。フランク捜査官の推測は的を射たものであった。ただし――――『既にGLFが次の行動を実行している』という一点を除いては…………。



■アメリカ合衆国、カリフォルニア州サンディエゴ


 水平線の向こうに陽が落ち、満天の星が姿を現す夜。そんな時間帯であっても大都市サンディエゴは光に溢れていた。特にサンディエゴ海軍基地では昼夜を問わずA・W遊撃艦隊への修理・補給作業が続けられている為、煌々とライトが灯り、昼間のように明るい。


 空の彼方からこの様を見れば、まるで地に墜ちて(なお)輝く星のように見えるだろう。


 間もなく最上とカール・M・レビンの修理と補給作業は完了する。早ければ明日中には出港できるだろう。そうすれば、あの『龍』……A・W-5との決戦に臨むことが出来る。


 艦隊旗艦エンタープライズの艦橋で、ウェルズ司令は手にしたタブレット端末の画面に視線を落とす。そこにはアニング博士の提言をもとにまとめられたA・W-5討伐の作戦プランが表示されていた。

 基本はネーレイスの巫女とニホンのDSCV隊を中核とする囮作戦ではあるが、A・W-5の巨大さと特性を考慮した内容となっている。

 先日の遭遇戦時の様に、『とぐろ』によって艦隊全体が包囲されることを防ぐため所属艦艇を分散配置する事。自切行動によるオムニトキシンの無効化を防ぐため、インジェクション・パイルによる攻撃はA・W-5の頭部、或いは極力頭部に近い部位を攻撃する事。

 更に、『とぐろ』を巻くことで自身の身体を盾にされる可能性を考え、海中で行動する囮役のニホン隊第2小隊とガーフィッシュ隊の他にロックフィッシュ隊を予備として用意。必要であればオスプレイによってA・W-5の頭部直近に空中投下する『空挺部隊』として運用する事――――等、『龍』を確実に葬るため入念に策定されたものだ。


「確かに、今できる限りで最善の作戦でしょう。しかしこの……クシ、『クシナダ作戦』ですか……少しばかり呼び難いですね」


 ジョンソン艦長が口を開く。彼もウェルズ司令と同じようにタブレット端末で作戦内容を確認していた。


 ウェルズ司令が答える。


「ああ、作戦名はスルガのツガワ艦長のアイデアだ。なんでもニホン神話に今回のシチュエーションに似た話があるらしくてな。(いわ)く――――毎年生贄をとって民を苦しめていた八つ頭の大蛇が居り、一人の英雄がその大蛇に酒を飲ませて酔い潰し、全ての首を()ねて退治したんだそうだ。そして、その英雄に救われた生贄の女性の名がクシナダと言うらしい」


 そう語ったウェルズ司令は『ニヤリ』と笑い言葉を続けた。


「神話の英雄に(なら)って邪悪な龍を退治する――そう聞くと勝てる気がしてくるだろう?」


「そうですね……士気の向上は見込めるでしょう」


 対するジョンソン艦長は僅かばかり肩を(すく)めながら答えた。


「ジンクスでもゲン担ぎでも、出来る事は何だってやってやるさ。あの化け物に勝つ為ならな」


 ウェルズ司令が決意を語る。――――その直後、サンディエゴ基地の各所に設置されている屋外スピーカーが警報を発し始めた。


「ッ!? 何だ!!」


 ウェルズ司令が疑問を発するのとほぼ同時に、艦内にも警報が流れる。更に、ウェルズ司令とジョンソン艦長のタブレット端末に緊急通信が着信した。


『こちらエンタープライズ戦闘群司令部指揮所(TFCC)。サンディエゴ基地司令部より緊急通信、基地内に複数の侵入者を確認したとの事です!』


「了解した! すぐにそちらへ向かう! 艦長、急ぐぞッ!!」


「ハッ!」


 ウェルズ司令とジョンソン艦長は艦橋を出ると、TFCCへ走る。

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