第98話 Attack and Missing
「状況はどうなっているッ!?」
空母エンタープライズの中、戦闘群司令部指揮所に踏み込んだウェルズ司令は自席に着席しつつ、クルー達に問う。
「サンディエゴ基地司令部からの情報では、基地正門を含む複数個所から多数の侵入者有。基地警備隊と戦闘状態になっています!」
クルーの報告と同時に、大型ディスプレイにサンディエゴ基地の見取り図が表示され、そこに侵入ポイントが光点として示された。その図を見たウェルズ司令は首を傾げた。
「全て陸側からだと……停泊中の我々を狙ってきたのではないのか? 相手の情報は!? GLFか?」
ウェルズ司令の言葉の通り、侵入ポイントは全て基地の陸側になっていた。画面上にワイプ表示されている戦闘のライブ映像も、全てがサンディエゴ基地の陸側に設置されている監視カメラのものだ。
別のクルーが答える。
「相手の所属は不明。侵入者グループは統制が取れているものの、基地施設を手当たり次第に破壊しており……目的は不明です」
「海上、海中に不審な動きは無いか?」
ジョンソン艦長が確認すると、レーダーとソナーを確認していたクルーから即座に『異常なし』と答えが返って来る。
ジョンソン艦長は僅かに思案した後、ウェルズ司令に視線を向けた。
「GLFであれば、例の擬態戦闘艇やDSMVで海からの同時攻撃をしてくるかと思ったのですが……」
ウェルズ司令は頷き、ジョンソン艦長の言葉を肯定する。
「ああ……。だが、このサンディエゴ基地を真っ向から攻撃しても勝ち目など無い事くらい子供でも分かる。間違いなくこの攻撃は何かの陽動だろう」
ディスプレイ上の表示では、侵入者グループが次々に駆け付ける基地守備隊によって包囲されつつある。
「念には念を入れるぞ。全艦艇に通達、警戒レベルを引き上げろ! 各艦の保安要員は艦外、艦内に関わらず目を光らせるんだ! ネズミ一匹見逃すなッ!!」
「アイ、サーッ!!」
ウェルズ司令の命令は、戦術データリンクを介して全艦艇に伝えられる。
■ヘリ空母駿河
警戒態勢が敷かれ、武装した保安要員が要所要所を守る駿河の船内を恭司は足早に進む。20式小銃で武装した保安要員は、恭司とすれ違うたびに笑顔で敬礼してくれるのだが、旧式化したとはいえ本物の小銃で武装した姿はやはり威圧感があった(尤も、そうでなければ困るのだが)。
緊迫感漂う船内を迷いなく進み目的地である医務室の前に到着すると、恭司は即座にドアをノックした。
「どうぞ」
室内から中村医官の声。恭司は『失礼します』と答えながら医務室に踏み入ると素早く室内を見回した。その様子を見た中村医官が口を開く。
「イヴちゃん? ここには居ないわよ」
「そ、そうですか。自室の方かな……」
何も言わずとも、恭司が誰を探しているのか察知した中村医官相手に僅かばかり動揺しつつ、恭司はそう呟く。すると、中村医官は机上の艦内電話に手を伸ばした。
「こんな状況だものね、一緒にいた方が良いでしょう。ちょっと待って、イヴちゃんの部屋に連絡するわ」
イヴも恭司達と同じ通信端末を持たされているのだが、どうにも彼女はその手のガジェットの扱いは苦手らしく、イヴを呼び出すときにはこうして艦内電話を使う事が茶飯事となっていた。大抵イヴは恭司の傍、医務室、自室、食堂のいずれかに居る為、そんなやり方でもすぐに捕まえることが出来るのだが……。
何度か受話器を上げ下げした中村医官が首を捻る。
「どこにも居ないわ。連絡が行き違いになっちゃってるのかしら……?」
「そうですか……ありがとうございます。自分はもう少し探してみます」
恭司は頭を下げつつ、中村医官にそう告げる。
「わかったわ。艦内放送で呼びかけてもらうようにするから、イヴちゃんが見つかったら連絡するわね」
そんなやり取りを交わし、恭司は医務室を後にする。イヴが行きそうな場所を考えながら通路を進んでいると、早速中村医官が手を回してくれたのだろう、イヴを呼び出す艦内放送が流れた。
それを聞きながら、恭司は宗像三尉にも手を貸してもらおうと彼の通信端末にコールするが、呼び出し音が鳴るばかりで繋がらない。
「――――慎太郎もか。イヴは兎も角、非常時に繋がらないとか何やってんだアイツ…………ッ!?」
恭司がボヤいた時、通信端末が着信を告げる。画面にはローザの名が表示されている。恭司が通話ボタンをタップすると、ローザが前置きも無しに話し始めた。
『艦内放送聞いたわ。イヴちゃんが行きそうな所はもう探したの?』
「ああ、心当たりはもう探したけど見つからないんだ」
恭司がそう答えると、通信端末から『ふぅ』というローザの息遣いが聞こえた。僅かな間、ローザは何事か思案しているようだった。
『私は今、女性隊員用の区画に居るんだけど、周りの人に聞いても誰もイヴちゃんの事を見てないの。イヴちゃんと私はこの船に乗り組んで一番日が浅いわ。私同様、彼女もこの船の構造に詳しく無いはずよ。そうそう簡単に、人の目が届かない場所に隠れられるとは思えないし、そんな事をする意味も無い。正直……嫌な予感しかしないわ』
「……同感だ。サンディエゴ基地襲撃のこのタイミング……偶然とは思えない」
恭司はローザの言葉に同意する。否応なく、彼の脳裏をウォッチャーの言葉がよぎる。
――――ああ、今は退かせてもらう。だが安心したまえ、『君達』の事は心にとどめておこう――――
フィリピン海でのGLFとの戦闘時、ウォッチャーはイヴの存在に気付き、興味を示した。未だ基地を襲撃している相手も、その目的も不明だが、恭司にはこの騒ぎとウォッチャーの言葉が無関係とは思えなかった。それはローザも同じ様だ。
『最悪の事態を想定しましょう。襲撃犯の仲間が既に艦内に侵入していて、イヴちゃんの身柄を確保しているとする…………ヒト一人抱えた状態で、誰にも気づかれず、この船から脱出するにはどうすれば良い?』
ローザの言葉を聞き、恭司は駿河の艦内構造を思い浮かべた。上陸するためのタラップを始め、要所要所を保安要員が警備している現在、この船は密室と言ってもいい。しかし、多少手荒ではあるが手段を選ばないのであれば、外に出る方法は有る。
「飛行甲板を囲むキャットウォーク。あそこからなら外に出られる! 海に飛び込むなら右舷……海側のキャットウォークを使うはずだ!」
通常、船舶が港に接舷する時は左舷を陸につける(その為、左舷は英語で港を意味する『ポート』と呼ばれる)。現在の駿河も左舷を桟橋につけており、右舷は海に向いている状態だ。
『分かったわ、私もキャットウォークを見に行ってみる!』
ローザはそう言うと通信を切った。恭司も狭い通路を迷うことなく走り抜け、船尾に近いキャットウォークへと出る扉へと至る。車のハンドルのようなロックホイールを回し、重々しい鉄扉を開け放つと、恭司の全身に潮の匂いがする海風が打ち付けた。
キャットウォークへと踏み出した恭司は首を巡らせて左右を見る。すると、星明りに照らされた二つの人影が目に入った。
「――――おい、どういう事だよ……」
恭司の口から、震えた声が漏れ出る。
星明りに浮かび上がる二つの影。それは、イヴを抱えた宗像三尉と、宗像三尉に銃を向ける仙波二尉の姿だった。




