第96話 ジャイアント・フィッシング
■アメリカ合衆国カリフォルニア州、サンディエゴ海軍基地
DARPAが開発した新型機『オルカ』の評価試験、そしてA・W-5との遭遇戦から一夜明け、A・W遊撃艦隊はサンディエゴ海軍基地に寄港していた。燃料や物資の補給、そして損傷した最上とカール・M・レビンの修理を行うためだ。
空母エンタープライズの艦橋、ウェルズ司令は窓の外に視線を向けた。その先には整備ドックに入ったカール・M・レビンと最上の姿がある。
可能ならば、今すぐにでも手負いとなったA・W-5の捜索に出たいところだが、あの『災害』を相手にするには万全を期さねばならない……いや、万全を期しても尚足りないだろうが、少しでも勝率を上げるために出来る事は全てやらねばならない。
損傷した2隻の修理は整備ドックの人員総がかりで、急ピッチで進んでいる。幸いにも損傷は比較的軽微であった為、数日で戦線に復帰できるだろう。
ウェルズ司令がそんな事を考えていると、艦橋の扉が開きジョンソン艦長が姿を見せた。彼は艦橋内を素早く見回しウェルズ司令を見つけると、やや緊張した面持ちで口を開く。
「司令、D.C.のマッケンジー補佐官から通信が入っています。急ぎ戦闘群司令部指揮所にお越しください」
「分かった、すぐに行く」
ウェルズ司令は二つ返事で答えると、ジョンソン艦長と共に艦橋を後にする。
■ヘリ空母駿河、戦闘指揮所
『申し訳ありません、お待たせしました』
津川艦長と木崎副長、そしてローザとコマンドデッキクルーが見守るCICの壁面ディスプレイ、2分割表示された片方の画面にウェルズ司令が現れ一礼する。それを受けて、もう片方の画面に映るマッケンジー補佐官が口を開いた。
『急に呼び出したのはこちらだ、気にしないでくれ。さて、これで面子が揃ったな、早速話を進めたいのだが…………まずはDARPAの件に関して謝罪したい。こちらの眼が十分に行き届いていなかった。特にアニング博士、貴女との約束を破ってしまった事、本当に申し訳ない』
そう言ってマッケンジー補佐官は謝罪する。しかし、そもそもは大統領が自身の権限でA・W関連事物の軍事利用を許可したのが始まりなのだ。この件で彼を責めるのは酷だろう。
「いえ……私も、まさかこのような形でA・W細胞の軍事利用が進められるとは思っていませんでした。それに私自身……仲間の死を間近に見て、A・W関連事物の軍事利用を進めるべきか迷いがありました。今回の件は誰に責があるというモノではないと思います……それよりも今は、DARPAのプロジェクトを止める事が重要です。アレはA・Wに対して無力でした、明らかな欠陥があります」
ローザも責任の所在を問うよりも、今後の対応が重要だと考えていた。彼女の言葉を聞いたマッケンジー補佐官は大きく頷く。
『ああ、その件なのだがね。例の大統領令……現在議会での根回しを進めているのだが、既に議員の相当数が反対に回っている』
大統領令は、その名の通り米国大統領の権限で発行される行政命令だ。その発令には議会の承認を必要としないが、それは『大統領が政府・国家を好き勝手に出来る』事を意味しない。その大統領令が不適当であると判断される場合、米国議会による『該当大統領令を無効化する法案の可決』、又は連邦最高裁の違憲判決によって大統領令を廃止することが可能だ。
そうすれば、A・W細胞を利用した無人統合戦闘システムの開発計画は法的な後ろ盾を失って凍結されるだろう。
『君達との評価試験において、オルカが1機撃破判定された事、そしてアニング博士の言う通り、直後のA・W-5との戦闘時にオルカが暴走した事……これらが決め手となってね、議会の多数派工作をスムーズに進めることが出来た。全て君達の働きのお陰だ、深く感謝する』
画面の中の老紳士は頭を下げる。しかし、マッケンジー補佐官は謙遜しているが、昨日の今日で大統領令廃止の筋道をつけたのだ、恐らくは評価試験の情報をリアルタイムで追いつつ、夜を徹して議会工作に奔走したのだろう。
今回の件には、マッケンジー補佐官の政治手腕が大きく寄与しているのは間違いない。
『私からは以上だ。次に、A・W-5への対策に関してだが……既にある程度の目途はついているそうだね?』
老紳士の問いに、同じく画面の中のウェルズ司令が答える。
『はい。そもそもA・W-5は中深層以上に上がって来ることが殆どなく、今までの探索方法では捕捉出来ない事が最大の問題でした。しかし、今回の遭遇戦でヤツの『主食』が同じA・W細胞である事が判明しました。これを利用してA・W-5を誘き出す事を計画しています』
『誘き出す? DARPAの件があった直後に何だが……A・W細胞のサンプルを使うのか?』
マッケンジー補佐官が問う。その疑問にはローザが答えた。
「いえ、イヴちゃ――イヴ・マッケンジーさんに『囮役』を務めてもらおうと考えています」
ローザの返答を聞き、補佐官の表情に驚きの色が浮かんだ。
『それは本気かね? 私が言うまでも無いだろうが、ネーレイスの巫女である彼女は唯一にして無二の存在だ。彼女を失う危険を冒すのは避けたいが……』
「勿論、彼女の重要性は理解しています。しかし、A・W-5の咆哮に呼応してオルカが暴走した事を考えると、『ただのA・W細胞』では不確定要素が多すぎてそれこそ危険であると判断しました」
ローザは淀みなく答える。
『成程な。しかし……そもそも何故、彼女はA・W-5の咆哮を聞いても平静を保っていられたのだ?』
マッケンジー補佐官の疑問は尤もだ。イヴの身体もA・W細胞によって構成されている。彼女がA・W-5の咆哮を聞いても正気を保っていたのがただの偶然なのか、或いは理由のある必然なのか……その点がハッキリしなければ、イヴを囮にするプランを認めることは出来ない。
「それについてはイヴさんへの聞き取り調査の情報しかありませんが……彼女の話ではA・Wの鳴き声には意味があり、A・W-5は他のA・W細胞を支配しようとしていたそうです。彼女はそれに抗い、逆にA・W-5をコントロールしようと試みていた……と」
以前、ローザとイヴ、そして恭司がケロンの研究所で初めて会った際、イヴはテレパシーのような力を使って恭司と意思の疎通を計った。恐らくは、イヴとA・W-5の間でそれと同じような事が行われていたのだろう。
ローザは言葉を続ける。
「これもイヴさんの証言になりますが、『ネーレイスの巫女』は『アルゴー』という生物兵器のコントロールユニットとして造られた存在です。そしてA・Wは暴走したアルゴーの一種……。つまり、イヴさんはA・Wを完全にコントロールすることは出来ないが、A・Wからも支配されることは無いと考えられます」
つまり、巫女とアルゴー……A・Wの関係はコンピューターや機械工学におけるマスタースレーブシステムと同様のものなのだろう。
『主』となる機器が一方的に『従』となる機器を動かす。そして、当たり前の事ではあるが、その主従関係は逆転することは無いのだ。
『フム…………。そういう事なら、いいだろう。そのプランを許可する。何か必要なものがあれば申請してくれたまえ、最優先で手配しよう』
画面の中、白髪白髭の老紳士は少しの間思案した後、計画を承認した。




