第93話 プレデター
「021及び022、発艦しましたッ!」
「臨時編成小隊、暴走したオルカに阻まれ収容できません!」
「A・W-5、依然として浮上、接近中ッ!!」
駿河戦闘指揮所内にコマンドデッキクルー達の叫びが木霊する。A・Wの襲来と新型機の暴走……立て続けの異常事態に見舞われ、薄暗いCICの中は蜂の巣を突いたような騒ぎだ。
そんな中、ローザは必死に思考を巡らせる。
(ずっと姿を見せなかったA・W-5…………なぜ今になって?)
ハワイ沖深海鉱床でのファーストコンタクト以降行方をくらまし、そしてタイタン建設海域近傍での巨大魚――A・W-4の討伐時に姿を見せたものの、再び大海に姿を隠した『龍』が、なぜ今になって姿を現したのか?
彼女の思考はすぐにその答えを導き出す。
(いや……今だからこそ、ヤツは現れた。『獲物』の気配に反応して――――)
あの龍は、A・W-4の死骸を躊躇いなく飲み込んだ。姿は違えど、同じA・W細胞で構成された『同族』を喰った。
――――つまり、ヤツの『主食』は自身と同じA・Wなのだ。そして、今この海域にはA・W細胞によって構成された存在が2つある。オルカの頭脳である有機演算ユニットと、ネーレイスの巫女…………イヴだ。
(最悪ッ! こっちの主力は試験戦闘の為に非武装。イヴちゃんもオルカ相手に消耗しているハズ……ここは何としてでも凌がないと――――)
そこまで思考すると、ローザは津川艦長へと顔を向けた。
「艦長ッ! A・W-5の狙いは同じA・W細胞……オルカ、或いはイヴちゃんだと思われます。どうにかしてDSCVを回収できませんか? 非武装のままでは何も出来ません!」
出撃中のDSCV――特に恭司の八式を回収、装備をインジェクション・パイルとスケイル・バスターへ換装し、再度出撃させるのが最善の方法だとローザは結論付けた。しかし、彼女の言葉を聞いた津川艦長は眉間に皺を寄せた。
「奴の目的は同族喰らいだと言うのか……確かに、A・W-4の死骸を飲み込んでいたが……。いや、相手の意図をどうこう言っている場合では無いな。021及び022へ通達! ロックフィッシュ隊と協同してオルカを排除、或いは攪乱し、臨時編成小隊の帰投を支援せよッ!!」
老船乗りの命令が飛び、通信オペレーターがそれをDSCV隊に伝える。
■同海域、深度50メートル
透明度の高いこの海域では水深50メートルでも陽光が届く。その為、襲いかかって来るオルカの機影を肉眼でも確認することが可能だ。尤も、イヴの歌で五感が鋭敏化した今の恭司なら、視認する前に『音』で相手の動向を察知できる。
恭司は、グラップル・プライヤーを突き出し突進してくるオルカを紙一重で回避する。魚雷を搭載していないとはいえ(それはお互い様なのだが)、オルカは魚雷並みの速度を誇るのだ。一瞬たりとも気を抜く事は出来ない。
「クソッ! やっぱり動きが速い! 暴走しても、機体性能はそのままか……まあ、当たり前……だなッ!!」
ボヤきつつ、先刻回避したオルカの2撃目を再び躱す。しかし、躱すことは出来ても反撃に転じる事が出来ずにいた。オルカはその機動力を遺憾なく発揮し、一撃離脱戦法を仕掛けて来ている。
「イヴ! まだ大丈夫かッ!」
手元から目が離せない恭司は声だけでイヴに問う。今までの経験からすれば、そろそろイヴも体力的にキツくなって来ているはずだ。
そんなことを考え、焦り始めた恭司の肩を、後部座席から伸びて来たイヴの手が『ポンポン』と優しく叩いた。たったそれだけの事で、焦りがすぅっと引いていく気がした。
「大丈夫だよ。それに、アイツは私を狙ってる。ここで倒れるわけにはいかないよ」
気丈に答えるイヴだったが、その言葉に恭司は驚く。
「イヴを狙ってるだって!?」
「ウン、私と――――あの人形達。アイツは私達を食べて取り込むために出て来たんだ」
『人形達』とはオルカの事だろう。あの無人機にはA・W細胞を使用した有機演算ユニットが搭載されている。そしてイヴ――――ネーレイスの巫女の肉体もA・W細胞によって形作られているとローザから聞いた事がある。
「てことは、あの『龍』は自分と同じA・W細胞を喰うのか……クソッ! 丸腰じゃどうにもならないぞ!?」
恭司がそう叫んだ時、急接近してきたオルカがグラップル・プライヤーを射出、八式の右腕を掴んだ。
「ッ!? しまったッ!!」
直下から迫るA・W-5に気をとられた痛恨のミス。右腕に喰いついた巨大なハサミはギリギリと開口部を狭める。このままでは右腕を挟み潰されてしまう……しかし、無線からガーフィッシュ1の声が響く。
『023! そのままだッ!!』
「――ッ! りょ、了解ッ!!」
恭司は右腕に喰らい付く巨大なハサミ――――そこからオルカに伸びるワイヤーを八式の左腕で掴み、押さえた。単純な話だ……掴みかかって来たのなら、掴み返してしまえば相手の動きを封じることが出来る。
「逃がすかよ! ガーフィッシュ1、オルカの六角形状のパーツを狙って下さい! それが恐らく電磁推進機関の推進装置ですッ!!」
『応よッ!!』
直上から急潜行してきたガーフィッシュ1のハンマーヘッドがオルカの背中に取り付き、敵機のバックパックに取り付けられた蜂の巣状のパーツにプライヤーを突き立てた。更にハンマーヘッドの腕をねじり、バックパックの破孔を広げる。
間髪入れず、恭司は八式のプライヤーでオルカのワイヤーを引き千切った。
完全に機能停止とまではいかないが、メインスラスターを破壊され、唯一の兵装であるグラップル・プライヤーも失ったオルカは、もはや脅威ではなくなった。
『どうやら大した損傷は無いようだな。しかし、よくあの珍妙なパーツがスラスターだと分かったな』
マディガン大尉の感心したような言葉が無線機から流れてくる。
「オルカが動く度に、その方向に対応したあの蜂の巣みたいなパーツから異音が聞こえていたので……」
『成程な……とにかく、1機減らせりゃ十分だ。対A・W装備の後発部隊が合流する、バトンタッチして我々は一度母艦へ帰投するぞ!』
グラップル・プライヤーひとつきりでは、A・Wと戦うことは出来ない。一度母艦に戻り、装備の換装を行う必要がある。
『021、了解ッ!』
「023、了か――――――ッ! こ、これはッ!?」
021……仙波二尉に続き恭司も復唱しようとした時、彼の耳が『異常』を捉えた。
『023、どうした? 何があった!?』
ガーフィッシュ1が問う。
「我々は――――いや、我々だけではなく艦隊ごと、完全に包囲されています――――」
恭司は声を震わせながら、絞り出すようにして答えた。




