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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第92話 そして魔物は牙を剥く

■DARPA実験船シー・ミラージュ、艦橋


 大型ディスプレイにオルカ1の撃破判定を知らせる表示が浮かぶ。それを目にしたアンドリュー・カーロイは、それまで保っていた余裕と自信から一転、目を見開いて驚きを(あらわ)にした。

 (かたわ)らに立つエイダ・ミシェルも、同じように眼鏡の下の双眸を見開き、更に口元に手を当てた姿勢で固まっている。


「撃破判定!? 馬鹿なッ! 何かの間違いじゃないのか!?」


 カーロイは気色ばむ。オルカとハンマーヘッドの性能諸元を比較すれば、ハンマーヘッドが搭載する火器管制システム(FCS)では、オルカを照準に捉える事すら困難なはずだった。

 カタログスペック上では、オルカの勝利は約束されていた…………だが、その『はず』は、蓋を開けて見ればオルカが先に1機喪失するという大番狂わせによって机上の空論と成り果てた。


「い、いえ……シミュレーションプログラムは正常に進行中。オルカ1は011が撒いた誘導デコイに囲まれ、ガーフィッシュ1が『誘導デコイに誘引されるよう放った魚雷』の爆発に『巻き込まれたため』、機体各駆動部にダメージを受けました。撃破判定は確かなものです」


 カーロイの叫びに、試験戦闘の状況をモニターしていたブリッジクルーの一人が答える。そのクルーは続けて『信じられない』といった風に感嘆を口にした。


「一歩間違えれば撃破される極限状況で、あんな機転を()かせられるなんて……最精鋭と言われるだけはありますね」


 その言葉が余計にカーロイの感情を逆撫でした。しかし、状況は更に彼の思惑を狂わせる方向へ転がっていく。


「エンタープライズ戦闘群司令部指揮所(TFCC)より緊急入電! 深海帯より浮上してくる巨大な動体を確認。A・W-5の可能性大、即時試験を中止し戦闘態勢へ移行する。シー・ミラージュは至急、本海域より退去せよ――――です!!」


 エンタープライズより通信が届くのとほぼ同時に、シー・ミラージュのソナーも直下から迫る巨大な反応を捉える。


「A・Wだとッ!? 何でこんな時に――――ッ!?」


 アンドリュー・カーロイが声を荒げた直後、地の底――――いや、水の底から『クォォォォォ―――――――――ン』という低い、低い轟音が響く。その音は聞く者の心臓を鷲掴みにしてしまうような……そんな只管(ひたすら)に心をかき乱す不穏な音だ。悪魔の叫びだと言われれば信じてしまうかもしれない。


 ――――そして、その音はまさに『悪魔の叫び』だった。


「――――ッ!? オルカに異常! 全機行動停止しましたッ!」


 オルカのリアルタイムデータを監視していたクルーが叫ぶ。すかさずエイダ・ミシェルが近くの端末に取り付き手早く操作すると、驚愕の声をあげた。


「これは……致命的な(フェイタル)エラーによる再起動(リブート)? オペレーティングシステムのプログラムが何かと競合(コンフリクト)してる? でも、一体何と……!?」


 エイダが大型ディスプレイに表示したオルカのステータス……恐ろしい速さでシャットダウンとリブートを繰り返すその様は、オルカがガクガクと痙攣(けいれん)しているようにも見えた。そして――――。


「オ、オルカ全機活動再開! 臨時編成小隊に向かっていますッ!!」


 クルーが叫ぶ。オルカは……撃破判定を受け停止していたオルカ1を含めた3機で臨時編成小隊に急接近していた。オペレーティングシステムが機能不全に陥ったまま、まるで何かに操られるように。


「そんなッ! システムは機能していないのに!! 暴走してるとでも言うのッ!?」


 エイダ・ミシェルが取り乱し、叫ぶ。その様子を片眼で見ながら、そして内心舌打ちしつつ、アンドリュー・カーロイはオルカの停止を命じる。


「オルカ全機緊急停止! システムロックダウンだッ!!」


 命令を受けたクルーが緊急停止コードを送信する――――が。


「だ、ダメです、停止コードを受け付けませんッ! 制御不能ッ!!」


「何!? どういう事だ? 何故オルカは突然…………」


 カーロイは(うめ)く。思い当たるのは、水底から響いた『轟音』しかない。



■A・W遊撃艦隊旗艦、空母エンタープライズ戦闘群司令部指揮所(TFCC)


「シー・ミラージュより入電! オルカ全機制御不能。停止コードを受け付けず、暴走状態にあり!!」

「直下より浮上する動体反応、間もなく交戦距離に入ります!」


 警報が響き渡る中、TFCCのクルーが矢継ぎ早に報告する。試験戦闘が優位に推移していた矢先のA・W-5出現、そしてオルカの暴走……状況が目まぐるしく移り変わり、TFCC要員は対応に追われ、浮足立っている。


「暴走状態だと!? クソッ、よりにもよってこんな時にッ!!」


 ウェルズ司令は忌々し気に吐き捨てた。A・Wだけでも手に余るのだ、余計なリスクは抱えたくない。


「兎に角、臨時編成小隊を収容! 待機中のDSCVは対A・W装備で出撃、至急ッ!!」


 ジョンソン艦長が命じる。しかし、マディガン大尉から更なる異変を伝える通信が入った。


『ガーフィッシュ1よりTFCC! オルカからの攻撃を受けている! どうなってんだ、試験は中止じゃないのかッ!?』


 マディガン大尉の通信の直後、TFCCクルーの一人が叫ぶ。


「オ、オルカ全機、臨時編成小隊に急接近! 戦闘を継続していますッ!!」


「チッ! 制御を失っても目の前の獲物に喰いつくのかッ!」


 ウェルズ司令が叫ぶ。すると、駿河CICより通信が入った。相手はアニング博士だ。


『状況からの推測に過ぎませんが、先程の『轟音』……あれは間違いなくA・W-5の鳴き声です。あの咆哮の直後にオルカのシステムは異常をきたした。恐らく、有機演算素子に使われているA・W細胞がA・W-5に呼応して活性化したのだと思われます』


「成程な……。しかし、原因はどうあれ対応は変わらん。対A・W装備で発艦したDSCV隊はオルカを撃破せよ! 実弾を抱えていないとはいえ、あの機動性は脅威だ、A・W-5と接敵する前に露払いを済ませろッ!! 併せて全水上艦艇、水雷戦用意! 再度シー・ミラージュに退避するよう通告しろッ!」


 TFCC内にウェルズ司令の命令が飛ぶ。しかし、退避を求められたシー・ミラージュからアンドリュー・カーロイが反駁(はんばく)する。


『撃破だと!? 待て、オルカは最新技術のカタマリだ。勝手は許さんぞッ!!』


「暴走したまま停止も出来ない、その上こちらに攻撃してくるのであれば排除するしかありません」


 ウェルズ司令は大型ディスプレイに映るDARPA局長に鋭い視線を送りつつ、即座にカーロイの反論を切って捨てた。そして大きく息を吸い込むと、更に言葉を続ける。


「対A・W戦闘の作戦指揮権は私にあります。貴方達に関しても、これ以上我々の作戦行動の障害になるのであれば、実力をもってこの海域から退去して頂くことになりますが――――よろしいか?」


『グッ…………。分かった、従おう』


 歴戦の艦隊司令が放つ有無を言わせぬ迫力にDARPA局長はたじろぎ、シー・ミラージュは退避行動を開始する。

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