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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第91話 踊る人形

「メインタンクブロー! 急速浮上ッ!!」


 八式のコクピット内に恭司の声が響く。アビスウォーカーは機体の誤操作を防ぐために、声に出しながら操縦桿やフットペダル、コントロールパネルを操作するよう訓練されるのだが……それは兎も角、恭司の操作により八式はメインタンク内の海水を排水(ブロー)し、代わりに圧縮空気を注入することで浮力を得、とび上がるように上昇する。一瞬後、八式の足元をオルカが横切った。オルカの左腕には巨大なハサミ――――近接戦闘用装備、グラップル・プライヤーが展開されていた。


 あくまでオプション兵装として、グラップル・プライヤーを後付け(アッドオン)している八式やハンマーヘッドと違い、オルカは左腕……前腕部そのものを巨大なハサミに変形させていた。

 ――――いや、グラップル・プライヤーだけではない。八式やハンマーヘッドが肩部や脚部に取り付けている短魚雷ランチャーも、オルカの外見上は見受けられなかった。恐らく、電磁推進機関キャタピラー・ドライブで高速機動するために、機体形状の凹凸を極力減らすべく、全ての装備を内蔵式にしているのだろう。


 つまり、兵装の搭載容量は最低限まで減らされている…………ハズだ。魚雷の搭載弾数も、八式とハンマーヘッドの基本装備構成となる3連装短魚雷ランチャー4機、計12発と比して少ない可能性は十分にある。

 現に、恭司が早々に魚雷を使い切り近接戦闘を仕掛けると、オルカ2機はそれに応じた。現在、オルカ2機は恭司の八式を挟撃しようと行動し、恭司はそれを躱そうと動き、目まぐるしく互いの位置を入れ替えながら(しのぎ)を削っている。


 DARPA(ダーパ)局長の言葉を信じるならば、オルカの人工知能(AI)は徹底した先制攻撃ドクトリンを実行するようにプログラムされている。初手で9発もの魚雷を撃ち、その上で相手の撃破に失敗したオルカが容易く近接戦闘に移行したのは『残弾が少ないから』ではないか?


 恭司はそんな事を考えつつ、メインモニターを見やる。八式のメインカメラが(とら)えているオルカ――――極限まで無駄を削ぎ落したその姿には兵器然とした無骨さは一切なく、『優雅さ』すら感じられる。ともすれば、八式の周りをオルカが『舞っている』ように思えてしまうのだ。


「キョージッ! 前ッ!!」


 後部座席からイヴが叫ぶ。状況を確認するより先に身体が反応し、とにかく八式を動かす。その直後、眼前に回り込んで来たオルカがグラップル・プライヤーを恭司の八式に向け『射出』した。

 撃ち出された巨大なハサミは八式の肩を(かす)め、『ギャリンッ!』という金属同士の擦れる耳障りな音を響かせた。


「――――ッ!? アレも飛び道具なのかよッ!!」


 恭司が驚きながらも必死に機体姿勢を整える間、オルカは撃ち出した左腕のワイヤーを巻き上げ、再び上腕に接続した。


「有線式か……射程はそれほど長くは無さそうだけど、リーチに差があるのはキツイな」


 思わず弱音を吐く恭司だったが、背後からぬぅっと伸ばされたしなやかな腕が、彼の肩を掴む。


「大丈夫! キョージは一人じゃないよ!!」


 後部座席のイヴが静かに、けれど力強くささやく。その声を聞き、恭司の口元に笑みが浮かんだ。


「ああ、そうだな」


 ここで勝つ必要は無い、負けなければ良いだけだ。この2機を引き付け時間を稼げば、ガーフィッシュ1と011が分断したオルカを撃破し、戦いの潮目を変えてくれる――――――。


 恭司は一つ深呼吸すると、グラップル・プライヤーを突き出し迫り来るオルカ2機に突撃する。




 ハンマーヘッドのコクピット内、マディガン大尉は操縦桿とフットペダルを巧みに操りつつ、右手でコントロールパネルを叩く。正確さと素早さを兼ね備えた熟練のオペレーション――――最古参のアビスウォーカーの面目躍如といった所だが…………次の瞬間、彼は盛大に毒づいた。


「クソッ、速過ぎる! 火器管制システム(FCS)で捉えられんッ!!」


 先刻からずっと、オルカをターゲッティングしようと試みては、その全てが徒労に終わっていた。オルカの懸絶(けんぜつ)した機動性は、ハンマーヘッドの照準をすら容易に振りほどいて見せる。

 011……瀬戸二尉も同じ状況なのだろう、2対1の状況を作りはしたが、2機とも1発の魚雷も撃っていない。


 ――――いや、雷撃すら出来ずにいた。


『011よりガーフィッシュ1! 自分が囮になってヤツの動きを止めます、接近して近接攻撃を誘発すれば何とか組み付けるはず…………そこを雷撃して下さいッ!!』


 011からの無線、その声色からは切羽詰まった様子がありありと感じ取れた。イヴの歌で五感が強化された023にオルカ2機の相手を任せてはいるが、この状況がそう長く続くとは思えない…………だが、マディガン大尉は瀬戸二尉の提案を即座に却下する。


「待て! お前まで一緒に沈んじまったら意味がない! 何としてでも数的優位な状況を作らないとジリ貧に――――ッ!?」


 そう命じながら、彼の脳裏に天啓の如く、1つのアイディアが浮かんだ。


「囮……そうだ囮だッ! 011、試したい手がある! 俺、オルカ、お前が一直線上に並ぶように展開、俺の合図でヤツの周囲に誘導デコイを散布してくれッ!!」


『ッ! 了解ッ!!』


 マディガン大尉の言う『試したい手』を瞬時に察した瀬戸二尉が復唱する。八式はオルカへ探信を放ちフェイントをかけるとその脇をすり抜け背後へ回り込む。

 ハンマーヘッド、オルカ、八式が一直線上に並ぶ。これまでであれば挟撃を仕掛けても、その機動力で難なく回避されていたのだが――――。


「カウント3! 2、1、誘導デコイ撃てッ!!」


 マディガン大尉の号令が飛び、011は無数の誘導デコイをオルカの周囲に撃ち出す。


「直接照準が無理なら、狙えるモノを用意してやれば良いだけだッ!」


 マディガン大尉は神業と言っても過言ではない速さでコントロールパネルを操作、火器管制システムの誘導設定を切り替え、オルカではなく『瀬戸二尉の八式』を狙う。


「肩部1番、3番、短魚雷斉射ッ!! 011、ジェネレーターを切れぇッ!!」


 ハンマーヘッド両肩部、短魚雷ランチャーから6発の魚雷が撃ち出された。オルカは即座に回避行動に移る――――が、八式の航行音をインプットされた魚雷は、『八式の航行音を発する誘導デコイ』に喰らい付く。


 023がオルカの初撃を(しの)いだ時と同じく、急激に機動を曲げ、放射状の航跡を曳く魚雷は信管を作動、6発の魚雷が一斉に、オルカを包み込むように爆発した――――と、シミュレーション映像で表示された。


 オルカはシミュレーションプログラムに従い行動を停止、ガーフィッシュ1――ハンマーヘッドのメインモニターに『TARGET DESTROYED』……目標撃破の文字が表示された。同時にエンタープライズ戦闘群司令部指揮所(TFCC)から驚きを含んだ無線が入る。


『た、短魚雷命中ッ! オルカ1、複数の駆動部に深刻なダメージ。行動不能、撃破判定ですッ!!』


 その無線の背後から『Yeah!』という歓声も聞こえて来た。どうやらTFCCの皆も、無人兵器への代替というDARPAの方針に反感を抱いていたらしい。


「どうだ木偶人形ッ! 011、無事か!?」


『こちら011、問題無し! お見事です、大尉!』


 機体を再起動した瀬戸二尉からの返答、011の無事を確認したマディガン大尉はソナー画面に視線を走らせる。


「よしッ! すぐに023と合流を――――っと、向こうから来たな!!」


 ソナー画面には、023を表す光点が、オルカを表す2つの光点を引き連れて向かって来る様子が映し出されていた。これで状況は3対2、後は023を中核として、人魚姫の体力が尽きる前に押し切るだけだ。


 ――――しかし、状況が好転したと安堵(あんど)したマディガン大尉の耳に入って来たのは、焦りを滲ませた023からの無線だった。


『023より全機! 緊急事態です、イヴが――――』


「人魚姫がどうかしたのか!?」


 即座に問い返すマディガン大尉。


『下から来る、でっかいのが! 絶望が来るよッ!!』

『DSCVのソナーではまだ感知していませんが、直下に巨大な動体が居ますッ! 急速に浮上中ッ!!』


 イヴと真道三尉が続けざまに答える。


「巨大な動体だぁ!? まさかこの前の――――」


 マディガン大尉の叫びは、また別の無線によって掻き消された。


『駿河CICより全艦艇、全DSCVへ! 直下より接近する反応有、A・Wと思われます! 全艦警戒態勢ッ!!』


 水上艦艇のソナーはDSCVのそれと比べて高出力だ。そのため、一足先に直下の反応を感知したのだ。そして間もなく、DSCVのソナーにもその反応が現れた。


 サイズが大きすぎて、ソナーでも全容を確認できない。間違いなく、これは――――――。


「チッ! 何だってこんな時にッ!!」


 直下の蒼く暗い海から浮かび上がって来る3つの眼光、それを見たマディガン大尉は盛大に舌を打った。

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