第90話 チームプレイ
『オルカ3機、雷撃距離に到達ッ! 全機警か――――いや、敵機雷撃を確認、短魚雷9基接近ッ!! 早いッ!!』
ヘッドセットから011――瀬戸二尉の驚愕交じりの声が響く。オルカ3機は驚くべきスピードで距離を詰め、短魚雷の飽和攻撃を仕掛けて来た。
先刻DARPA局長が語った通り、『尋常ならざる速度で先制し、反撃を許さない』という基本戦術を確実に実行してくるオルカは無人機であると理解しているものの、その徹底した戦闘行動には『殺意』のようなモノすら感じてしまう。
これは試験であり、向かって来る魚雷は訓練用の模擬弾だ。殺傷能力は無いはずだが……それでも、恭司の背中に冷たい物が伝い落ちた。
『クソッ! 全機散開ッ! 誘導デコイ広域散布ッ!!』
続けてガーフィッシュ1――マディガン大尉の命令が飛ぶ。しかし、恭司は僚機を守るように八式を進出させる。
「いえ、2機とも自分の背後に! あの魚雷は全部自分が引き受けますッ! イヴ、頼むッ!!」
「うん! La Aa Ah Ja――――」
イヴが歌い始めると恭司の五感が先鋭化し、八式のセンサー類よりもハッキリと、そして明瞭に周囲の状況が理解できるようになる。海を切り裂き来襲する魚雷は九つ、数は多いが――――――なんとか対応は可能だ。
『023、無茶はするな!』
マディガン大尉の声が鋭敏化した恭司の耳朶を震わせる。傍から見れば恭司の判断は破れかぶれのギャンブルに見えるだろう。しかし、イヴが『歌って』くれるなら勝算はある。
「問題ありません! 誘導デコイを集中散布します。ガーフィッシュ1、011、カウント3でジェネレータを切って下さいッ!!」
『チッ! ガーフィッシュ1了解!』
『011了解ッ!!』
9基分の探信が『カァン! カァン!』と間隔を狭めながら出鱈目に鳴っている、問答をしている時間など無い。2機とも恭司が乗る八式の背後に回った。
「よし、ケロン襲撃の時もやったんだ。落ち着けよ――――――カウント3! 2……1、今ッ!!」
恭司は半ば自分自身に語りかけつつ、魚雷との相対距離を測る。そして3カウントで合図を出すと同時に、八式両肩部のランチャーから誘導デコイをありったけばら撒き、八式のジェネレータを切る。
信管作動の直前で相手を見失った魚雷は、目論見通りに誘導デコイへと食いついた。9基の魚雷が放射状の軌跡を描き誘導デコイへ殺到。次々に『撒き餌』へ食いつき、ソナー画面から反応が消えてゆく。
「っしゃ成功ッ! ガーフィッシュ1、011、再起ど――――ッ!?」
反撃の為、雷撃の用意をしつつ恭司は無線機に叫ぶ。しかし、彼の言葉を待たずとも、僚機は既に次の行動に移っていた。
『全機再起動、即時雷撃ッ! 当たらなくても構わん、奴らをばらけさせて各個撃破するッ!!』
『011了解ッ!!』
無線からマディガン大尉の怒声が流れ、瀬戸二尉が答える。恭司は二人の行動の速さに驚きつつ『023了解』と復唱し、八式の計器ではなく、自身の耳を頼りに照準――――両肩部と両脚部ランチャーの魚雷を全て発射する。
魚雷が引きずる航跡を見送る僅かな間、再度ガーフィッシュ1から無線が入った。
『ガーフィッシュ1より023、直撃はしていないようだが……損害は無いか!?』
「こちら023、損傷無し! 戦闘に支障ありません!」
魚雷を撃ち尽くし、空になった両腕両脚のランチャーを切り離しながら恭司は応答した。恭司の答えを聞くと、マディガン大尉は『よし!』と呟き、続ける。
『奴らは魚雷を回避するために散開するはずだ、そこを1機づつ集中して叩く! 023には残り2機のオルカを引き付けてもらいたい……出来るか!?』
「可能です!」
恭司は即答した。どうやらマディガン大尉も恭司と同じことを考えていたらしい。ガーフィッシュ1と011で1機のオルカを相手にする間、023が残り2機のオルカをかく乱する――――速度と機動性に勝る敵を相手にするならば、相手を分断し、局所的に……そして無理矢理にでも多対一の状況を作り出すしかない。
それを見越して、恭司は全ての魚雷を撃ち尽くし、機体の重量を軽くしたのだ。
『よしッ! オレと011は突出しているオルカ1を叩く、023は残りの2機を足止めしろ! ムーブッ!!』
『011了解ッ! 023、無理はするなよッ!!』
「023了解ッ!!」
3機はウォータージェットを全開にして、一斉に動き出す。
■DARPA実験船シー・ミラージュ、艦橋
「成程、良い動きをする。流石は最精鋭と言ったところか……」
艦橋の大型ディスプレイに映るリアルタイム映像を見、アンドリュー・カーロイが呟く。
オルカ部隊の先制攻撃を凌いだ臨時編成小隊の力量に驚き、眉を僅かに動かしたものの……それ以上慌てるようなことは無く、余裕の姿勢が崩れることは無かった。
確かに、臨時編成小隊は『理想』と言っても良い、最高の連携プレーを行っている。熟練のアビスウォーカーによる一糸乱れぬチームプレイ……。本来であれば最も恐れるべき相手ではあるが、それは人同士が戦う場合の話だ。無人機対有人機の場合、状況は違ってくる。
――――そう、人間は『疲労』するのだ。
どんなに鍛えていても、どんなに経験を積んでいても、延々と戦い続けるのは不可能である。戦闘状況下という高ストレス環境においては尚更だ。疲労が蓄積すれば集中力が切れる、身体の動きが鈍る。それは状況判断のミスと機体の操作ミスにつながる。
翻ってオルカは『疲労』とは無縁だ。機体のバッテリーが続く限り、有機演算ユニットを維持するための栄養剤(点滴のパックのような物だ)が続く限り、戦い続けることが出来るのだ。
アンドリュー・カーロイはほくそ笑む。
「オルカと無人統合戦闘システムの基本戦術は、徹底した先制攻撃による完封。しかし、初撃で仕損じても問題はない。相手が人間であれば必ずほころびが生まれる…………弱ったところを一気に喰らい尽くせば良いだけだ」
「ええ、全く。さて、オルカの猛攻……彼等はどれほど耐えられるでしょうか」
傍らに立つエイダ・ミシェルも、赤い唇の端を吊り上げ笑った。
■ヘリ空母駿河、戦闘指揮所
「クッ…………!」
模擬戦の様子を見つつ、ローザは拳を強く握りしめた。彼女の抗議を無視し、オルカの試験はなし崩しで始まってしまった。これでオルカの性能が認められれば、A・W細胞とその関連技術がおおっぴらに軍事利用される事となる。
それを防ぐには恭司達が勝利し、オルカの正式採用を撤回させるしかない。
オルカの先制攻撃は凌いだ――――だが、それで状況が好転したわけではない。無人機が相手では、戦闘が長引くほど不利になる。
(こんな時に何もできないなんてッ――――)
A・W関連事物の軍事利用の禁止は、言ってしまえば彼女の我が儘だ。それに付き合ってくれている恭司達が今まさに体を張って戦ってくれているというのに、何もできない自分の身をローザは呪った。
ローザは海洋生物の専門家としてその知識を買われ、A・W遊撃艦隊にオブザーバー参加しているに過ぎない。A・W相手の作戦行動においては助言も出来るが、軍事的な知識を持っていない彼女は、DSCV同士の戦闘に口を差し挟むことは出来なかった。
祈るような気持ちで戦闘の様子を映し出すディスプレイに視線を向けた時、ソナー画面を見ていた水測員が怪訝そうな声をあげた。
「何だ、この反応は……?」
「ソナー、どうした?」
すかさず木崎副長が問いを発する。ローザも水測員の後ろからソナー画面を覗き込んだ。その画面に映っていたのは、艦隊の直下……海の底から浮かび上がって来る巨大な影。
「これは――――――ッ!!?」
ローザは驚きに目を見開いた。




