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アビスウォーカーズ  作者: 大野 タカシ
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第94話 リヴァイアサン

「A・W-5、海面に浮上!」


 駿河戦闘指揮所(CIC)のクルーが叫ぶ。それと同時に、大型ディスプレイに船外カメラからの映像が映し出された。


「なッ!? これは――――」


 木崎副長が驚きの声をあげた。いや、その映像を見たクルー全員が驚き、息を呑んでいる。

 そうなるのも無理はない。駿河の船外カメラは周囲360度全方向に出現したA・W-5の胴体を捉えている。上下にうねりながら海中から現れ、また海中へ沈んでゆくその長大な『龍』の身体は、忽然(こつぜん)と大海原に現れた山脈のようにも見えた。


 そう、A・W遊撃艦隊は一体の『龍』によって完全に包囲されていた。


 A・W-5は『とぐろ』を巻き、海上に姿を現した。相手を包囲しようと意図しての事なのか、はたまた只の習性なのか……それは不明だが、A・W-5がその長大な身体でとぐろを巻いた結果、艦隊を丸ごとその円の中に取り込んでしまったのだ。


 ――――『常軌を(いっ)する』という言葉すら、もはや生ぬるい。


 正規空母を(よう)する空母打撃群は、本格的な陸上戦力を投入する前段階において、『敵国』の空軍・海軍戦力を叩くことを主任務としている。つまり国家規模の戦力が想定される『敵』であるのだが…………今、彼等を包囲する『敵』は、それとは全く異質な、そして比べるべくもないチカラを持つ『怪物』だ。


「むぅ、このままではマズいな…………」


 余りの光景に皆が静まり返る中、津川艦長が眉間に皺を寄せながら呟いた。


「艦長、何を……?」


 木崎副長が老船乗りに視線を向ける。完全に包囲されたこの状況は1から10まで『マズい状況』なのだが……経験豊富な津川艦長がわざわざ口に出したという事は、特に深刻な問題があるという事に違いない。


「奴の『とぐろ』の内側では、蹴立てられた波が全方向から中心に向かって押し寄せる。そうすると波同士が干渉し、海面が荒れる……DSCVを収容できなくなる。それだけじゃない、三角波に突き上げられれば大型船でも危険だ」


 老船乗りは深刻そうに答える。『波』は距離によって減衰するが、今この状況においては四方八方から押し寄せる波が互いに干渉し合う。そうすると、波同士が打ち消し合ったり、逆に増幅されることで海面が大きく荒れる。

 特に、多方向から寄せる波が重なり合う事で『三角波』という特に高い波が発生する事がある。これは台風の暴風域内等で発生する現象で、真下から突き上げられればタンカー等の巨大船舶でも無傷では済まない危険なものだ。


 『ゴウン』という轟音と共に大きな揺れが駿河を襲った、揺れる度に駿河の船体が軋む。皆それぞれ、自席にしがみつかなければならない程の揺れ。津川艦長の言葉の通り、これではDSCVの収容作業は不可能だ。


「……仕方あるまい。DSCVの収容作業は不可能と判断、帰投中の臨時編成小隊には後発部隊の直掩(ちょくえん)に回るよう伝えろ」


「しかし、それでは――――」


 津川艦長の指示に木崎副長が異を唱えようと口を開きかける。しかし、木崎副長が何を言わんとしているのか、老船乗りも重々承知していた。


「分かっている。023自身に攻撃の手段が無いままA・Wと対峙させるのは危険だ。しかし、それでもイヴ君の……ネーレイスの巫女の能力が無ければ戦うことは出来ん」


 津川艦長は絞り出すように答えると、拳を強く握りしめた。大きく揺れる駿河――――まるで台風に翻弄されているようだ。老船乗りはそんな風に思う。

 A・W-5はこれまでの相手とは文字通り『格』が違う。ソナーでも全容を捉え切れない長大な体躯は、ただ動くだけでこれ程の被害を(もたら)す。


(台風のよう……いや、これは正しく台風だ。実体を伴った災害だ。だが、それでも――――負けるわけにはいかんのだ)


 津川艦長は大型ディスプレイに映るA・W-5に視線を向けた。



■同海域、深度50メートル


『クソッ! 艦隊を完全に包囲だと!?』


 水上艦艇からの通信を受け、ガーフィッシュ1――マディガン大尉が毒づいた。遊撃艦隊はA・W-5が形成する『とぐろ』の内側に囚われ、海面の荒れによりDSCVの収容は不可能。……つまりは装備の換装を受けることが出来ず、丸腰のままA・W-5と対峙しなければならないという事だ。


 端的に言って、これ以上無い程の危険な状況である。


『021より臨時編成小隊! 無事かッ!?』


 合流した後発部隊――仙波二尉の声が無線から響く。その声音からも緊張の色がありありと(うかが)えた。


『こちらガーフィッシュ1。無線を聞いただろうが、水上艦艇は波に揉まれてDSCVの収容は不可能、こっちは丸腰ときてる! お前たちが頼みの綱だ、せめて暴走したオルカは俺達で引き受け――――ッ!?』


 マディガン大尉の言葉を遮り、海中に『クオォォォォン』という腹の底まで震えるような轟音が響いた。再びの『龍』の咆哮…………相変わらず、聞く度に精神力を削がれるような叫びだ。


 そして2度目の龍の咆哮は、またもやオルカに異変を齎した。


「何だ!?」


 後発部隊と合流した恭司達の様子を窺っていたオルカ2機は急に向きを変え、より深みへと突き進んでゆく。その先にあるのは、水底からこちらを覗く巨大で無機質な3つの眼。

 次の瞬間『龍』はその(あぎと)を開き、深淵の(うろ)のような口中にオルカを迎え入れ――――飲み込んだ。


『わざわざ食われに行った? 暴走してるからって、そんな―――!?』


「ううん、アイツが命令したの! 今の鳴き声で、『こっちにこい』って!」


 困惑した瀬戸二尉の無線にイヴが答える。


「確かに、ヤツはA・W細胞を取り込もうとしてるみたいだな…………それならッ!!」


 恭司はフットペダルを思い切り踏み込み、八式はそれに答えてウォータージェットを全開にする。全速力で動き出した023に、ガーフィッシュ1からの無線が届く。


『023! 何をするつもりだッ!?』


「自分がA・W-5の注意を引きます! 後発部隊はその隙に攻撃をッ!!」


 恭司はヘッドセットに叫び返しながら、メインモニターに映る『目標』を見やる。そこに映っているのは、電磁推進機関キャタピラー・ドライブを潰して無力化したオルカ1だ。


 推進機関を失い満足に動けなくなったオルカ1は、先程の『龍』の咆哮を受けても動くことが出来ずにいたのだ。


「コイツをエサにすれば、一瞬だけでもヤツの注意を逸らせるはずだッ!!」


 恭司は身動きの取れないオルカ1を背後から拘束すると、A・W-5に向かって八式を回頭させる。


「イヴ、もう少しだけ頼むッ! 行くぞッ!!」


「うんッ!!」


 後部座席のイヴが再び歌い出す。ネーレイスの巫女の力とこの『エサ』を使って活路を開く。


 一度きりのチャンス――――――失敗は許されない。

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