第86話 ヒトの思惑と絶望の先触れ
■アメリカ合衆国カリフォルニア州、サンディエゴ沖
サンディエゴ海軍基地より約60キロの海上で、A・W遊撃艦隊は待機していた。太平洋艦隊司令部の命令により、新型DSCVの性能評価試験に参加する為である。
通常であれば、新型機が採用され戦力が強化されるのは歓迎すべき事だ。しかし、その試験相手の到着を待つウェルズ司令の表情は硬い。
いや、ウェルズ司令だけではなく、ジョンソン艦長以下、少数の『事情』を知る者達は皆一様に複雑な胸の内が表情に出てしまっていた。
薄暗い戦闘群司令部指揮所の中、ジョンソン艦長が自身の上司に問いかける。
「……この話、良く了承しましたね」
「了承も何も、太平洋艦隊司令部からの命令だ。命令とあらば、それを遂行するのみだよ」
椅子に深く腰掛けるウェルズ司令が答える。その内容とは裏腹に、声には『不承不承』といった色が滲んでいる。
ジョンソン艦長は軽く首を横に振った。
「いえ、我々では無くマッケンジー補佐官の事です。件の新型とその運用システムはA・W由来の技術を使用しているそうですね。補佐官がGOサインを出すとは思えないのですが……」
「サインをしたのは大統領だ。つまり、この任務は発令元こそ太平洋艦隊司令部だが、その大本は大統領令というわけだ」
さも面白く無さそうに『フン』と鼻を鳴らしつつ、そう語るウェルズ司令。ジョンソン艦長は僅かに目を見開き、驚く。
「大統領令! それは――――」
「友軍の敵味方識別信号を確認。IX-530『シー・ミラージュ』コンタクト。望遠映像出ます」
ジョンソン艦長が何事か言いかけたが、そこにコマンドデッキクルーの報告が割り込んだ。同時に、壁面の大型ディスプレイに奇異な形状の艦艇が向かって来る映像が映し出される。
『シー・ミラージュ』と呼ばれたその艦は、喫水線から艦の頂点に向かって引き絞られた形状をしており、アンテナや火砲の類が一切見当たらない。見る角度によっては、洋上に浮かぶプラミッドのようにも見える。
――――かつて開発計画の迷走の末、ごく少数のみが配備されたズムウォルト級ミサイル駆逐艦を再設計した故の異形である。
その洋上ステルス性能を生かし、隠密裏にDSCV部隊を展開・運用する『ステルス母艦』として国防高等開発局が試作・運用試験をおこなっている艦なのだ。
「戦術データリンク確立。シー・ミラージュより通信、繋ぎます」
クルーの報告、大型ディスプレイの映像が切り替わる。映し出されたのはシー・ミラージュの艦内、そして二人の人影だった。
『はじめまして、トーマス・ウェルズ少将。私はダーパ局長のアンドリュー・カーロイ。彼女は主任研究員のエイダ・ミシェルです。お忙しい中、今回の試験にご協力いただき感謝いたします』
画面の中、仕立ての良いスーツに身を包んだ男は鷹揚に語る。しかしその表情、仕草の端々に慇懃無礼な様が見て取れた。
ウェルズ司令は僅かに眉をひそめる。A・W-5の捜索を優先せねばならない遊撃艦隊を試験相手に指名した時点で、『広く精鋭と喧伝されているA・W遊撃艦隊のDSCV隊を下し、新兵器と自組織の力を誇示したい』という相手の思惑は透けて見えていた。
ただでさえ、A・W由来技術の使用の件で腹に割り切れないものを抱えているのだ。そこへ実際に顔を合わせた相手がソリの合わない人物とくれば、心象は最悪である。
『この試験は新型DSCV『オルカ』と、その運用システムである『UICS』を軍で採用するかどうかの重要な判断材料になります。故に、事前にお伝えしている通り、そちらの最高戦力と全力で戦いたいと考えています。その為に勝手ではありますが、相手をしていただくアビスウォーカーを過去の戦闘データを元に私共で指名させていただきました。……準備はお済でしょうか?』
アンドリュー・カーロイは、いかにも『公正を尊ぶ紳士』然と振舞うが、やはりその目や仕草には相手を叩きのめして自らの力を誇示しようとする傲慢さが見え隠れしていた。
「…………ええ、手早く済ませてしまいましょう」
ウェルズ司令は小さく溜息を吐き出し、答えた。
■ヘリ空母駿河、医務室
恭司、イヴ、ローザ、中村医官のいつもの面子で待機していると、恭司の通信端末に呼び出しがかかった。事前のブリーフィングで知らされていた、新型DSCVの運用試験が開始される合図だ。
先方の要請により、ガーフィッシュ1・マディガン大尉、駿河第1小隊1番機・瀬戸二尉、そして同第2小隊3番機・恭司とイヴの混成チームで試験の仮想敵役を務める事になっている。
「時間だな。イヴ、行こう」
椅子から立ち上がり、恭司がイヴへ声をかける。しかし、イヴは医務室の窓へ視線を向けたまま微動だにしない。
「どうしたんだ?」
恭司はそう尋ねながらイヴの視線の先を追う。窓の外に見えたのは接近してくる一隻の異形の船だった。一見して軍用船とは思えない、のっぺりとしたシルエットのその船は事前のブリーフィングで説明があった、DSCVの運用母艦として開発された実験船『シー・ミラージュ』だ。
あの船に今回の試験相手である新型DSCVが搭載されているはずだ。特に問題は見られないが……しかし、イヴの表情はどんどん険しくなってゆく。そして、異形の船を睨みつけたまま、褐色の少女は呟いた。
「キョージ……あれ、絶望だよ」
「何だって?」
イヴが口にする『絶望』とはA・Wの事だ。かつてイヴの『おとーさん』が、A・Wを『絶望の先触れ』と呼んでいた為、彼女もそれに倣っているのだろう。
それはさておき、イヴの言葉にローザと中村医官も反応した。ローザがやはり窓を覗き込むため顔を寄せてくる。恭司は慌てて身を引いた。
「A・Wですって!? 近くに居るの?」
白衣の女性研究者は小さな窓に顔を押し付けつつ問いを発するが、恭司はそれを否定した。
「A・W-5はあれだけのサイズだったんだ、近くにいるならとっくにソナーにかかって武鐘が鳴ってるはずだ。なあイヴ、絶望って……もしかしてあの船か?」
そう言いながら接近してくる船を指さすと、イヴはコクコクと頷いた。
「どういう事だ? あれは米軍の実験船だろう」
首を捻る恭司の横で、ローザが『まさか……』と声をあげた。彼女は恭司に問いかける。
「ねえ、新型機の運用試験……事前のブリーフィングで何か聞いてない?」
「『何か』って……特に何も、おかしな話は無かったぞ」
急に水を向けられ少しばかり動揺しながら恭司が答えると、ローザは恭司の言葉の真偽を確かめるように彼の顔を覗き込み――――そして『ふぅ』と小さく息を吐き出し、視線を逸らした。
「ど、どうしたんだよ?」
ローザに気圧されて目を白黒させつつ恭司が問う。ローザは軽く首を横に振った。
「いえ、なんでもな……くは無いんだけど、少なくとも貴方は何も知らされて無いし、嘘をついてない事は分かったわ。試験が始まるんでしょう? 早く移動した方が良いわよ」
ローザに促され、状況が飲み込めない様子ではあったものの、恭司はイヴを連れて医務室を後にする。2人の後姿を見送ると、ローザは中村医官に顔を向けた。
「ナカムラさん、私も確認したい事があるので戦闘指揮所に向かいます」
そう言い残し、ローザは医務室を出る。CICに向かう彼女の表情は今までになく険しいものだった。
(誰の思惑か知らないけど、冗談じゃないわよッ!!)
ローザは胸中で毒づいた。




