第85話 NEXT-<G>
■アメリカ合衆国、ワシントンD.C.
白亜の城……ホワイトハウスの廊下を、一人の人物が速足で進んでゆく。いや、『速足』という表現も適当ではないかもしれない。カツカツと大きな足音を響かせながら、その人物はもはや走るような勢いで目的の部屋に到達する。
その人物――エドワード・マッケンジー大統領補佐官は『フゥ』と短く息を整えると、目的の部屋……大統領執務室の扉をノックした。そのノックにも力が籠っており、ホワイトハウスの静謐な廊下に硬質な打音が響いた。
「入れ」
部屋の主の返答、それを聞き終わる前に彼は扉を押し開け、執務室に踏み入る。円形の部屋、ハクトウワシの国章をあしらったカーペットを踏みしめ、執務机の前に立つ。
白髪白髭の老紳士は、彼の上司……リチャード・ターナー大統領が口を開く前に、単刀直入に切り出した。
「閣下、お聞きしたい事があります。これをご覧頂きたい」
そう言いながら、マッケンジー補佐官は手にしていたタブレット端末を執務机の上に置いた。その画面に表示されているのは、ある計画書の表紙だった。そのタイトルにはこう記されている。
――――『次世代型統合戦闘システム開発計画』。
タブレット端末を差し出したマッケンジー補佐官。老齢である彼の顔にはいくつもの皺が刻まれているが、今、彼の眉間には一段と深い皺が刻まれていた。この老紳士が、タブレット端末に表示されている計画を『懸案事項』として捉えている証左だ。
対するターナー大統領は椅子に深く腰掛けたまま、タブレット端末を一瞥すると、普段と変わらぬ様子で首を傾げた。
「これがどうかしたのかね?」
「貴方もこれに目を通されたはず。この書類の最後には、計画を承認する大統領令の書状が添付されている!」
マッケンジー補佐官の語気が強まるが、大統領は全く動じない。
「ああ、承認したとも。君はこれが気に入らないのか?」
「当たり前です! この新システムの根幹にはA・W関連技術を――――いや、それどころかA・W細胞そのものを使用するとある! アニング博士との協約を反故にするおつもりですかッ!!」
更に声が大きくなり、いよいよ相手を問い詰めるようになったマッケンジー補佐官だが、やはりターナー大統領は動じず……それどころか『面倒だ』とでも言うように鼻を鳴らす。
「A・W-4による無差別の通商破壊と、GLFの手引きによるタイタンへの攻撃……君も肝を冷やしたはずだ。このような事は二度とあってはならない。万全の態勢を整え、速やかに残る2体のA・Wを討たねばならん。その為には、いち学者の言葉になど構ってはいられんのだ」
約束を破る行為を正当化するターナー大統領。しかし、『政治家として』彼の言葉は正しい。民主主義国家において、『選挙』という多数決によって選出された政治家は、言わば『多数への奉仕者』である。
人の命……人類の存亡がかかっているのであれば、少数を斬り捨て、多数を生かすのが『政治家』の仕事なのだ。
「それは十分に理解しています。しかし、このような強引なやり方では、現場の反発を招きます! アニング博士はA・W討伐に多大な貢献をしてくれているんです、再考して頂きたい!」
マッケンジー補佐官は大統領の言葉に理解を示しつつも食い下がった。
彼の言葉も間違いではない。ある問題を解決しようとする時、新しい施策を試そうとする時、その道の専門家に意見を求める事がある。専門家や経験者の言葉には耳を傾ける価値がある。
だが、その言葉が多数派の意見や利益と相反する事もままあるのだ。
互いの言葉に理があり、だからこそ反目してしまう……皮肉としか言いようがない。
「マッケンジー君、これは決定事項なのだ。安心したまえ、このシステムの有用性が証明されれば、僅かな抗議の声など吹き飛ぶだろう」
決定事項……ターナー大統領はこの件を大統領令で認可した。大統領令とは文字通り、『大統領の裁量で、議会を通さずに発令される行政命令』だ。勿論、全てが大統領の自由に出来るわけではなく、発令された大統領令を議会が無効と判断すれば打ち消すことは出来る。だが、今から議会への根回しをを行い、審議する時間など無い。
議会への根回し……と、そこまで思考したマッケンジー補佐官の脳裏に、一つの疑惑が湧き上がった。
「――ッ!? 最近耳にする対A・W予算の削減話……あれはこの為に?」
「これ以上答える必要は無い、下がりたまえ」
発した疑問は素気無くあしらわれ、大統領はマッケンジー補佐官に退室を促す。もはや取り付く島もない、老紳士は歯噛みをしつつも一礼し、執務室を後にした。
無論、大統領の論に納得した訳ではない。だが、元海兵隊であるマッケンジー補佐官は引き下がらざるを得なかった。彼はその従軍経験の中で『最も恐れるべき相手』を知悉していたからだ。
戦時において最も恐れるべきもの……それは敵の精鋭でもなく、画期的な新兵器でもなく――――身内の不和である。
残るA・Wは2体。これを討ち果たすまで、『司令塔』が機能不全に陥る事など、絶対にあってはならない。
■アメリカ合衆国カリフォルニア州、サンディエゴ海軍基地
アメリカ海軍太平洋艦隊の母港であるサンディエゴ海軍基地、その基地司令部は騒然とした空気に包まれていた。
沖合で行われている『戦闘』の状況を、居並ぶ通信オペレーター達が矢継ぎ早に報告する。
「ソードフィッシュ2、短魚雷直撃。戦闘不能!」
「フラットフィッシュ1、撃破されました。フラットフィッシュ2が指揮を引き継ぎます」
「シルバーフィッシュ3、戦闘不能。シルバーフィッシュ隊、全滅です!」
戦闘海域の上空を旋回するUAVから、リアルタイムで戦況が送信されてくる。その内容は、それを直に目にしている司令部要員すら、己の目を疑ってしまうような内容だった。
サンディエゴ基地の守備を担うDSCV隊……3個小隊計9機のハンマーヘッドが、たった3機の『敵』に手玉に取られ、見る間に数を減らしている。
テクノロジーが進歩した現代においても、『数』の優位というのは大きなアドバンテージである事に変わりはない。通常、少数によって多数に対抗するという手段は積極的に採られる手段ではなく、厳しい戦況に陥り『そうせざるを得ない』から行われる……つまりは『負け戦』とほぼ同義なのだ。
――――だが。大型ディスプレイに映し出される情報、そしてオペレーター達の報告は、そんな通念を根底から覆すものだ。
「ソードフィッシュ1、撃破されました。『試験』終了、戦闘時間4分13秒」
「ソードフィッシュ隊、フラットフィッシュ隊、シルバーフィッシュ隊、全機喪失判定」
「オルカ1~オルカ3、全機健在。損傷も認められません」
オペレーター達の報告を聞き、驚きのあまり硬直していたサンディエゴ基地の基地司令は一つ咳ばらいをすると、全DSCVに帰投するよう命じる。
先刻、オペレーターの1人が『試験終了』と報告した通りこれは実戦ではなく、新型DSCVと、それを運用するための新OSの実地試験なのだ。
しかし、『試験』といっても実際の機体を使用した実戦さながらのもの。実戦との違いは、使われた魚雷が本物か、シミュレーション用の模擬弾であるかだけだ。
基地司令は深く息を吐くと、背後を振り返る。
「あの『オルカ』という機体、凄まじい性能ですな……。貴方が直々に出向いて来るだけの事はある、という事ですか」
基地司令の視線の先……そこには、国防高等研究開発局、DARPA局長のアンドリュー・カーロイと、主任研究員のエイダ・ミシェルが立っていた。
両名とも、その口元に満足げな笑みを浮かべている。
「『オルカ』と『UICS』のチカラ、ご理解いただけたようで何よりです、基地司令殿」
カーロイの言葉には絶大な自信が宿っていた。今まさに、短時間で3倍の戦力を文字通り全滅せしめたのだ。この場で彼の言葉に異を唱える者は居ないだろう。
「これ程の性能であれば、国防省の役人もワシントンの政治家も、これの採用に反対はせんでしょう」
心底から……といった基地司令の言葉に、カーロイ局長は首を横に振る。
「そうかもしれません。しかし、このシステムの有用性を広く示す為に、是非ともお手合わせ頂きたい相手が居るのですよ」
そう言うと、カーロイ局長は楽し気に笑った。




