第84話 プロファイル
駿河のブリーフィングルーム……その壁面をスクリーンにして、プロジェクターがある人物の画像を投影している。
浅黒い肌、鋭い目つきの男。遠距離から望遠で捉えたと思われるその画像からでも、男が漂わせる危うい雰囲気が伝わって来るようだ。
ブリーフィングルームに集められた恭司達アビスウォーカーは皆、緊張した面持ちでその画像を見つめていた。
何故ならば、この画像の人物が恭司達の『敵』であるからだ。
――――画像の男、緑の解放戦線の現首魁にして、『ウォッチャー』と名乗った擬態戦闘艇を駆るアビスウォーカーの情報が齎されたのは、年が明けて程なくの事だった。
■
駿河副長、木崎二佐が皆の顔を見渡し口を開く。
「先日、米政府より情報提供があった。この画像の人物が、ベーリング海とフィリピン海において接触した擬態戦闘艇のアビスウォーカーである可能性が非常に高い。かねてから国際刑事警察機構によって国際手配されているものの、現在も身柄の拘束に至っていない事から、再び作戦中に接触する可能がある。その為、諸君ら戦闘艇小隊員に優先して情報を共有する」
木崎副長が手にするタブレット端末を操作すると、投影されている画像が切り替わり、文字の羅列が表示される。それはウォッチャーの人物評や略歴といったプロファイルデータなのだが……妙に情報量が少ない。
「うん? GLFの環境テロリストだから直近の活動履歴に不明な点が多いのは分かります。しかし、名前まで判明しているのに交友関係や家族構成まで詳細不明というのはどういう事ですか?」
第2戦闘艇小隊隊長、仙波二尉が疑問を口にする。木崎副長は一つ頷くとタブレット端末の画面をタップ。すると、プロジェクターの画像、表示されている文章の一部が強調表示された。その記載によれば、『ウォッチャー』ことウスマン・ハーディという人物は、アフリカのスーダン共和国出身であるらしい。
「提供された情報によれば、この人物はスーダン共和国出身。皆も知っての通り、スーダンは長年に渡る内戦によって国内のインフラが壊滅状態にあり、近年成立した暫定政府は未だ十分に機能していない」
木崎副長が淀みなく説明する。政府が機能していない……つまりは外交ルートを介しての捜査協力が望めないという事だ。副長は更に説明を続ける。
「それともう一つ、スーダン内戦……特にダルフール地方では民族浄化が繰り返され、夥しい数の犠牲者が出ている。これらの事により政府レベルでも民間レベルでも情報の断絶が起こっており、その為、判明しているプロファイルデータには偏りがある。それを念頭に置いて聞いてもらいたい」
再度画像が切り替わる。複数の赤点が記された世界地図……それぞれの赤点には年月日のキャプションが添えられていた。そのキャプションを目で追うと、最古の赤点はスーダンの隣、エジプトに穿たれている。
「この図はウスマン・ハーディの活動が確認された国、地域を示した物だ。確認できる最も古いデータはエジプト。この人物はエジプトのカイロ大学に在籍していた経歴がある。人文学系の複数の学位を取得、特に語学に秀でており、米露中独仏、その他にも複数の言語を習得していたようだ。驚いた事に、その中には日本語も含まれている」
また画像が変わり、今度はある動画投稿サイトが表示された。確かに、ウスマン・ハーディがカメラに向かい、日本語で何事か語りかけている。動画のタイトルも日本語で『スーダン内戦における東西列強の介入について』と銘打たれていた。
画面の中の男は動画を見る者に真摯に訴えかける、曰く――――『我が祖国スーダンは、長い内戦に苦しんでいる。民族・宗教・資源の利権……これらが絡み合い、事態は複雑だ。更に、米中露を始めとする列強の国々が介入し、東西の代理戦争の様相を呈している。どうか、戦火を煽るのではなく、スーダンの平和のために、世界の人々の力を貸して欲しい――――』
流暢な日本語で切々と訴えかける動画の人物は、フィリピン海で仲間の命を使い潰す作戦を指揮したウォッチャーと同一とは思えなかった。恭司がそんな事を考えていると、木崎副長が口を開く。
「そして、恐らくこの動画こそが、彼がテロに手を染めた理由だと思われる。彼のこの訴えは誰に顧みられることも無く、ネットの海に埋没してしまった。この後、スーダン内戦は更に激化。民族浄化が繰り返されたのは先に述べた通りだ」
再度、画像が複数の赤点が記された世界地図に切り替わる。
「大学卒業後、ウスマン・ハーディは消息を絶つが、数年後にスーダン国内に姿を現す。独自の武装勢力を結成し、衝突する政府派・反政府派双方に攻撃を仕掛けている。この『第3勢力』は『自由スーダン戦線』と名乗り、規模を拡大していく」
次々に画像が切り替わってゆく。そのどれもが、炎と、破壊と、血に染め上げられていた。自由スーダン戦線による破壊の記録である。
「自由スーダン戦線によって大きく戦力を毀損されたスーダン政府派、反政府派は停戦交渉のテーブルにつくことになる。皮肉な事だがな」
木崎副長は一つため息を吐き出すと、手にしたタブレット端末を再び操作した。世界地図の赤点に次々とキャプションが表示されてゆく。
「スーダン内戦が終結するとともに、自由スーダン戦線は解散するが……ウスマン・ハーディは再び姿を消し、世界各地でその姿が確認されるようになる。シリア、モザンビーク、ウクライナ、新疆ウイグル……世界中の紛争地帯を転々とし、最近ではアメリカ、オレゴン州で目撃されている」
プロジェクターで表示されたのはFBIの捜査報告。オレゴン州での目撃情報を元に作成された合成画像だ。確かに、動画で平和を訴えていた人物の面影がある。あの若者が歳を取ったなら、こんな顔になるだろうと思えた。
木崎副長の説明は続く。
「世界中の紛争に介入し、我々以上に実戦を経験している。その経歴から、正規軍の戦い方だけではなく、ゲリラの戦術にも通じているだろう。更にこの人物は、少なくとも9件の重大テロに関与しているとの情報もある。端的に言えば、非常に危険な人物だ」
「……それに、あの擬態戦闘艇も厄介ですね。全く、あんなモノどこで手に入れたのやら」
第1戦闘艇小隊隊長、瀬戸二尉が口を開く。現在でも、ソナーがクジラの反応を捉える度に、無人偵察艇を出してカメラ画像による目視確認を行っているのだ。その負担は乗組員に重くのしかかっている。
木崎副長は重々しく頷いた。
「擬態戦闘艇の出所については、目下調査中だ。捜査に進展があれば、改めて情報を共有する。もう一度言うが、ウスマン・ハーディは非常に危険な人物だ。才能に溢れ、紛争地帯を渡り歩いて実戦経験を積み重ねた筋金入りだ。総員、今まで以上に気を引き締めて任務にあたってもらいたい。以上だ」
木崎副長が締めくくると、ブリーフィングを聞いていた戦闘艇小隊員達が次々に立ち上がり、部屋を後にする。
しかし、恭司は席に着いたまま、プロジェクターで映し出されたウスマン・ハーディのモンタージュに見入っていた。
画像の男は何も言わない。だが、恭司の脳裏にはかつて聞いたウォッチャーの言葉が渦巻いていた。
『我々と君達と、そのどちらに正義がある?』
恭司は力なく首を振る。
(いや、正義だなんだって話じゃない。けど、何か引っかかる……何か、間違っているような……矛盾しているような…………)
いくら考えても、答えは出ない。




