第83話 瀬戸際の降誕祭
A・W-4討伐に成功し、タイタン警備艦隊の再編完了に伴い再び大海原へ漕ぎだしたA・W遊撃艦隊は全く成果を上げられずにいた。
ファースト・コンタクト以降、『龍』……A・W-5は一切姿を見せず、環太平洋条約機構及び条約機構の呼びかけによって世界中で行われている捜索でも、その尻尾すら掴めない状態が続いている。
しかし、そんな状況であっても無情に時間は過ぎてゆく。
度々船舶を襲っていたA・W-4と異なり、完全に行方をくらましたA・W-5と、未だ一次接触すら出来ていないA・W-6…………。世界の海は表面上、平穏を取り戻したと言える。
それは、針で突けば破裂してしまう風船のように危ういモノなのだが、『喉元過ぎれば熱さを忘れる』のがヒトのサガ。目に見える『脅威』が無ければ、根拠のない楽観論が支配的になるのは、ある意味で自然な流れなのだろう。
A・Wの捜索に専心する現場を他所に、政治・経済のステージでは『このまま事態が収束するのなら、対A・W関連予算を縮小すべき』という意見が出始めていた――――。
■南緯32度47分、西経170度25分、ニュージーランド近海
「これだから現場を知らないヤツって嫌なのよ! 『予算を縮小すべき』ですって!? A・Wの騒動がこのまま尻すぼみに終わる訳ないでしょうがッ! 政治家連中は一体何考えてるのよッ!!」
駿河の狭い通路に、ローザの叫びが響き渡る。アメリカ人らしく、映画やドラマで見るようなオーバーリアクションを交えつつ、彼女は怒りの丈を吐き出す。
話題は、ワシントンD.C.や環太平洋条約機構上層部で囁かれ始めた『対A・W予算の縮小』についてだ。
「A・W細胞には成長限界が無いのよ!? キロ単位の長さだったあの『龍』だって、間違いなくもっとデカくなるわ! 放って置いたら深海帯の生物群を食い尽くして浅い海に出てくるでしょうね! そうなったら、今度こそ世界の終わりよッ! こんなこと、ちょっと考えれば分かりそうなモノなのにッ!!」
彼女の後をついて歩く恭司は若干引き気味だ。怜悧という言葉が服を着て歩いているようなローザが感情をむき出しにして怒る様には、妙な迫力がある。イヴに至っては怯えるあまり、恭司の背に隠れてしまっていた。
「うぅ……ローザ、こわいよ~」
恭司の背中につかまりつつ、イヴが小声で呟く。しかし、ヒートアップしたローザの舌鋒は止まらない。
「そもそもケロンでやってた研究だってそうよ! お偉方の体面を繕うための、ポーズだけの環境アセスなんて無意味な事をやらせてッ! 私がどれだけデータを示しても、碌に返事なんて来やしない! 私はシーシュポスじゃないわッ!!」
「シー……何だって?」
恭司が意味の分からない単語に首を傾げる。
『シーシュポス』とはギリシャ神話の登場人物だ。神々を騙した罰として大きな岩を山の頂上まで運ぶ事になったが、何度運んでも岩は麓に転げ落ちてしまい、いつまでも罰は終わらない…………つまり『徒労』の代名詞である。
――――それはさておき。プリプリと怒りの収まらないローザと共に通路を進み、目的の場所が見えてきた。
目的の部屋……食堂からは何やら賑やかな声が聞こえてくる。
「あー……ローザ? 気持ちは分かるけど、せっかくのパーティなんだからさ、怒るのはここまでにしよう。イヴも怯えてるし、な?」
今日は12月24日……クリスマスイヴだ。A・Wの捜索やGLFへの警戒等、常に気を張っている隊員達のリフレッシュのため、ウェルズ司令と津川艦長が取り計らってくれたのだ。
恭司達が食堂に入ると、既に宴は始まっていた。
完全に警戒を解く訳にはいかないため、三交代勤務の乗組員が入れ替わりでクリスマスパーティを楽しむ事になっている。単純計算で駿河乗組員の三分の一だけが集まっている訳だが、それでも食堂内は溢れんばかりの人でごった返していた。
スペースを確保するため椅子は全て片付けられており、テーブルに料理や飲み物が並べられ、立食形式となっている。
「おー! すごいよキョージ!!」
食堂に踏み入った途端、ローザの怒気に怯えていたイヴは一転、目をキラキラさせながらはしゃぎ始める。ケロンの深海で封印を解かれてからこっち、このように大勢の人が集うパーティは初体験なのだ。はしゃぎ回るのも無理はない。
テーブルに並べられた手の込んだ料理の数々を見て、ローザも軽く目を見開き驚く。
「へぇ……。軍艦でやるクリスマスパーティっていうからどんなモノかと思ってたけど、結構良いじゃない」
限られた食材と設備をフルに使い、給養班が用意してくれた料理の数々は食欲を刺激する香りを立ち昇らせ、彩も良く、見ただけで美味しそうだと分かる。
ローザは一度深く息を吐き、気持ちを切り替えるために軽く頭を振った。
「ふぅ、確かに貴方の言う通りね……クリスマスを怒り散らして過ごすのも馬鹿らしいわ。ほらイヴ、ヨダレを拭いて。一緒にテーブルを回りましょう、何か食べたいものはある?」
ローザはイヴを連れて歩き出す。その直前、彼女は恭司に目配せを送り、視線を恭司の背後に向けた。恭司がそれに気づき背後を振り返ると、仙波二尉が近付いてくるのが見えた。
「遅かったな真道三尉。だが、クリスマスパーティは始まったばかりだ、今は任務の事は忘れて楽しむと良い。こういう時に気を抜いておかないと身が持たないからな」
「はい、せっかくですし思いっきり楽しんでやります。……まあ、この暑い最中にクリスマスって言われても、正直ピンと来ないんですけど」
苦笑しつつ恭司は答える。
季節が逆転する南半球では今の季節は夏。クリスマスといえば冬のイベントであり、雪とトナカイのソリに乗るサンタクロースのイメージが強い日本人には『真夏のクリスマス』というのは奇妙に思える。
だが、息抜きが出来るなら名目は何でもいい。せっかくのこの機会を逃す手は無かった。
「そうだ、真道三尉。あっちを見てみろ」
そう言うと、仙波二尉は室内の一点を指さす。恭司が指し示された先に視線を向けると、そこにはローザ、イヴと談笑する宗像三尉の姿があった
「よかった、アイツ出席したんですね」
恭司は宗像三尉の様子を見て胸を撫でおろす。
「ああ、まだ少しぎこちない所はあるが……大分調子が良くなっているようだな」
仙波二尉も腕を組み、満足げに首を縦に振る。この所、宗像三尉は訓練や哨戒任務を問題なくこなせるようになっていた。このまま完全に調子が戻ってくれれば……と思っていると、整備班の数名がイヴ達に歩み寄り、何やら話し始める。
そして、ポケットからポータブルプレーヤーとイヤホンを取り出しイヴに手渡した。
イヴはイヤホンを着け、軽く頭を振ってリズムを取り始めた。何を聞いているのだろうと疑問に思っていると、プレーヤーを渡した整備員が大声を上げた。
「全員注目ッ! これからイヴちゃんがクリスマスソングを歌ってくれるぞッ!!」
それを聞いた会場内の全員からどよめきが沸き起こった。曲を聞き終わったイヴが定番のクリスマスソングをアカペラで歌始めると、室内の喧騒がピタリとおさまった。
そして、イヴが一曲歌い終えると、先程よりも大きな歓声が巻き起こった。ネーレイスの巫女の力など発揮しなくても、イヴの歌声は万人を魅了する。会場内のボルテージは一気に上がり、やんややんやと大騒ぎになる。
「おーい! 人魚姫の歌を俺達だけで楽しんでちゃあ、他の艦の連中から恨まれちまう! 誰かカメラを用意しろ! ライブ中継するぞ!!」
誰かがそう叫ぶと、『そりゃあ良い!!』とその場の全員が賛同する。だが、また別の誰かが声をあげる。
「中継つったって、海のど真ん中じゃWi-Fiも飛んでないぞ」
「戦術データリンクを使えないか、艦長に掛け合ってみるわ!」
――――と、とんとん拍子に話は進み、イヴのために即席のステージと機材が用意された。
■A・W遊撃艦隊旗艦、空母エンタープライズ、艦橋
「全く、このタイミングで予算の話か……。確かに、深海に引き籠って動きを見せないA・W-5の探索に金がかかっているのは事実だが、『目に見える脅威』が無ければ、緊張感を維持するのは難しいという事か」
タブレット端末の画面に目を通し、ウェルズ司令は呆れ半分に呟いた。端末に表示されているのは、マッケンジー補佐官からのメールだ。内容は昨今大きくなり始めた対A・W予算削減の話題だ。
「現場と後方では脅威度の感じ方に落差が生まれるのは良くある話です。……以前、リオール社のルーカス支部長に同じような事を仰っていましたね」
傍らに立つジョンソン艦長が口を開く。この事態の引き金となったGLFのケロン襲撃事件の際、確かにそんな事を口にしたな……と、ウェルズ司令は思い起こした。
『過去』という程のものでは無いが、それでも随分と昔に思える。
事実上、世界の命運などというモノを背負い、決して敗北の許されない戦いに身を投じたこれまでの……この半年程度の日々は、今まで数十年積み上げてきた人生の中で、間違いなく最も濃密な時間だろう。
それは、この艦隊で働く皆も同じだろう。だからこそこの降誕祭の日、任務の無事完遂を神に祈ると共に、せめて皆に息抜きをさせてやりたいと、全艦でクリスマスパーティの実施を許可したのだ。
そんな事を思っていると、通信士官の一人がウェルズ司令を振り返る。
「司令、スルガのツガワ艦長より入電。全艦艇間の戦術データリンクの使用許可を求めています」
「何だ? 何か問題でもあったか?」
報告の内容に首を傾げつつ、ウェルズ司令は問う。すると、通信士官も困惑しつつ答える。
「それが、民間人協力者……イヴ・マッケンジーさんの歌を流したい……とのことで…………」
それを聞いたウェルズ司令は意外な要請に目を丸くして驚くと、次の瞬間、大声で笑い始めた。
「プッ……ハッハッハッ!! そりゃあ良い! 許可する!」
ウェルズ司令は自席に備え付けのマイクをオンにする。
「全艦艇、全乗組員に達する、艦隊司令のウェルズだ。スルガのツガワ艦長の厚意により、これより人魚姫のライブを中継する! 全艦、パーティ会場にモニターを用意、戦術データリンクに繋ぐように。それでは諸君、メリークリスマス!」
ウェルズ司令の通達が終わるやいなや、エンタープライズ艦内から……そして周囲の艦艇からも『おおおおッ!』というどよめきが聞こえてくる。
「全く、今日だけですよ」
普段は厳格なジョンソン艦長が苦笑しつつ、肩を竦めて見せた。
「ああ、分かっているさ。せめて今日だけでも……な」
ウェルズ司令は唇の端を上げて笑う。こうして、降誕祭の夜は更けていった。




