第82話 トレーニング
「おお、来たな」
駿河の艦橋に踏み入った恭司達3人を、津川艦長の穏やかな声が迎えた。その場には津川艦長と木崎副長……そして、見知らぬ人物が並び立っていた。制服を着ていても一目で分かるほどの鍛え上げられた身体、短く刈り上げた髪が精悍な印象を醸し出すその男は、制服の肩章を見るに、二尉であるようだ。
「早速だが、挨拶を」
津川艦長に促され、その人物は一歩進み出る。
「自分は仙波 司郎二尉だ。第二戦闘艇小隊隊長として本日着任した。よろしく頼む」
淀みない見事な敬礼。恭司達も、身に沁みついた所作で反射的に答礼する。
「自分は、第2戦闘艇小隊隊長代理、瀬戸彰二尉です。歓迎します」
「第2戦闘艇小隊2番機担当、宗像信太郎三尉っス! よろしくお願いしますッ!」
「同じく3番機担当、真道恭司三尉であります! よろしくお願いしますッ!」
3人続けて自己紹介をすると、津川艦長が口を開いた。
「瀬戸二尉、今までご苦労だった。仙波二尉への引継ぎ後、第1小隊隊長へ復帰してくれ。以上、解散!」
――――こうして新たな仲間を迎えた駿河、そしてA・W遊撃艦隊は、タイタン警備艦隊の再編成完了を受け、再び大海原へと漕ぎ出す。目標は勿論『龍』……A・W-5だ。
しかし、大方の予想通りA・W-5の姿はようとして知れず。またGLFもフィリピン海での戦闘における被害故か、その活動は一時的に下火になっていた。その為、動かない状況に対してジリジリとした焦燥を感じつつ、遊撃艦隊のクルー達はそれぞれの職務を全うする日々を過ごしていた。
■ヘリ空母駿河、格納庫
格納庫に駐機されている第2小隊の八式……そのコクピットの中で、恭司はメインモニターに映し出される訓練用のダミー画像に集中していた。
実際の海底地形を元に構築されたコンピューターグラフィックスと、そこに重ねて表示されている各種の情報を読み取りながら、恭司はコントロールパネルを叩き、両脚を使ってフットペダルを小刻みに調整する。
仮想訓練モードで起動している八式は、実際には動かないものの、画面の表示は、彼の操作を反映して切り替わってゆく。
『021より小隊全機、深度300まで急速浮上』
021……仙波二尉からの無線が届く。022と023はフォーメーションを崩すことなく021の動きに追随する。その後も転進、潜行、散開等、命令に従い八式を操る。
……これは戦闘技術の習熟ではなく、チームの息を合わせる事に重きを置いた訓練だ。
言うまでも無い事だが、小隊――チームで活動する以上、空いてしまったポジションに新たな人材を据えただけではチームは上手く回らない。お互いの力量を把握し合い、あらゆる状況に対応できるように、この訓練は行われていた。
暫くの間訓練を続け、フォーメーションの乱れも殆ど無くなってきた頃、仙波二尉からの無線で訓練の終了が告げられた。
恭司が八式のハッチを開け外に身を乗り出すと、塗料の独特なにおいが鼻を突いた。首を巡らせて臭いの出所に顔を向けると、021……第2小隊1番機に数人の整備要員が取り付き、マスキングした八式の装甲に塗料をエアーコンプレッサーで吹き付けている。
あの日、南二尉と共に1番機は失われた。後任である仙波二尉は問題なく着任したものの、新しい機体の調達が難しかったために、暫くの間は駿河に搭載されていた予備機を第2小隊1番機として運用することになった。
その為、予備機である事を示すマーカーを消し『021』と新たな機体番号を書き付けているのだ。
そんな1番機の頭部パーツが跳ね上げられ、コクピットブロックのハッチが開く。そして、慣れた様子で仙波二尉がスルリと身を乗り出し、八式の腕を伝って機体を降りてゆく。
恭司も慌てて機体を降りると、同じく降機した宗像三尉と共に仙波二尉の前に整列する。新しい隊長は、新しい部下の顔を交互に見つつ口を開いた。
「確かに南の教え子なだけはある。二人とも筋が良い、だが……いや、だからこそ、もっと上を目指せるはずだ。今後もこの訓練は継続するぞ。今日の所はこれで終了する、明日までにちゃんと疲れを抜いておけよ。以上、。解散ッ!」
互いに敬礼を行い、訓練は終了した。すると、宗像三尉は一人、無言で格納庫を出ていってしまう。
恭司が心配そうにその背中を見送っていると、仙波二尉が恭司を呼んだ。
「真道三尉、彼……宗像三尉はいつも『ああ』なのか?」
恭司は隊長に振り返りながら答える。
「いえ、以前はもっと調子の良い……明るい奴だったんですが、たいちょ――いや、南二尉の件があってからずっとあの調子で……。隊長はもう、我々の経歴には目を通しているかと思いますが、アイツは母子家庭で――――」
「ああ、南のヤツが世話を焼いていた訳か……。成程な」
仙波二尉が腰に手を当てつつ、納得したように頷いて見せる。彼の言葉に違和感を覚えた恭司は疑問を口にした。
「あの、南二尉と親しいような口ぶりですが……確か隊長は舞鶴の第3護衛隊群所属でしたよね?」
海上自衛隊第3護衛隊群は舞鶴と大湊を根拠地とする、日本海の守りを担う部隊である。
南二尉は青森出身だが、地元である大湊には配属されたことは無く、仙波二尉とは接点は無いはずだった。
しかし、仙波二尉は『ああ、そんなことか』といった表情を浮かべ、次に昔を懐かしむように目を閉じた。
「大した事では無い、南とは防大の同期でな。アイツ、面倒見の良い奴だったろう? 俺も何度か世話になった事がある」
その答えを聞いた恭司は申し訳ない気持ちになる。
「その……申し訳ありません」
「いや、気にするな。まあ、そんな訳で俺のここでの仕事は、南の教え子であるお前たちを鍛えて、無事に任務を終える事だと思ってる。そんな訳で、訓練は厳しくいくからな、しっかりついて来るように。それと、宗像三尉の事は俺も気にかけておく」
仙波二尉はそう言うと、最後に『しっかり休んでおけ』と付け加えて格納庫を立ち去った。
恭司はやはり、そんな隊長の背中を見送りながら、改めて南二尉の存在の大きさを再認識する。
命を落とした者……その死の際、同じ場所に居た者も、遠く離れていた者も、等しく死者を思い、その『死』に意味を見出し、その『死』と向き合わねばならない――――いや、向き合わざるを得ない。
津川艦長が語った『死者との向き合い方』という言葉が脳裏を過った。
人が死ぬという事は、これ程『大きな』ことなのかと恭司は思う。
人の死に立ち会ったのは初めてではないが、恭司の祖父母が立て続けに鬼籍に入った時は、彼はまだ小学生だった。その為、ただ祖父母の死を悲しむだけに終始していたように思う。それは子供らしい反応だ。
だが、こうして今、南二尉の『死』に向き合うと、恭司の胸には様々な思いが湧き上がって来る。それはグルグルと渦を成し、綯い交ぜとなって…………そうして最後には必ず、なにか割り切れない『矛盾』に突き当たるのだ。
自身の内に潜むこの『矛盾』に、恭司は天を仰ぐ。
このモヤモヤの答えを見つける事が、南二尉の『死』に向き合う事なのだろうか――と、そんな事を恭司は思う。




