第87話 兵士の価値を問うなかれ
■ヘリ空母駿河、戦闘指揮所
「失礼します!」
語気が荒くなっている事を自覚しつつ、CICの扉を押し開け暗い室内に踏み入ると、ローザは素早く周囲を見渡す――――すると、目当ての人物は直ぐに見つかった。
ローザは自席に腰を下ろす津川艦長に歩み寄ると、単刀直入に切り出した。
「お聞きしたい事があります。先程到着した試験相手――――A・W由来の技術を……いや、A・W細胞そのものを利用したモノではありませんか?」
そう問いを投げかけるローザには確信があった。かつてスクリップス海洋研究所ケロン支部で恭司・イヴと初めて対面した時、イヴはクーラーボックスに入れられたA・W細胞に反応し、敵意を剥き出しにして見せた事を思い出す。
その事から、彼女はイヴ――――つまりは『ネーレイスの巫女』が、A・Wを含むアルゴーと『共感』のような何らかの繋がりを保持していると推測していた。
そして今また、イヴは接近するDARPAの実験船を指し示し、『絶望』と口にした。今回の試験相手である『新型』とやらが、A・Wに係わるモノである事は容易に想像がつく。
年若い女性研究者の鋭い視線を真っ向から受け止める津川艦長は、こうなる事を予想していたのか、あっさりと答えを口にした。
「やはり、貴女をごまかすことは出来ませんな……。仰る通り、件の新型DSCVにはA・W細胞を利用したシステムが使用されているそうです。この事を知っているのはウェルズ司令以下、エンタープライズ戦闘群司令部指揮所の一部と私、そして木崎副長のみです。緘口令が敷かれておりましてな、真道三尉を始め一般隊員はこの事を知りません。責めないでやって頂きたい」
そう言って、老船乗りは頭を下げる。
――緘口令が敷かれている事もローザは予想できていた。医務室で恭司を問い詰めた時、彼が本当に何も知らないのだと分かった。あの人物は、よく言えば表裏の無い……悪し様に言えば単純な男なのだから。
ローザは無言で一つ頷くと、口を開いた。
「分かっています……。それより、ウェルズ司令と話をしたいのですが」
津川艦長はローザの意を汲み、通信オペレーターへ顔を向け、目配せして見せた。直度、壁面の大型ディスプレイにエンタープライズTFCCの様子が映し出される。
■A・W遊撃艦隊旗艦、空母エンタープライズ戦闘群司令部指揮所
「ニホン隊、スルガCICより緊急通信!」
オペレーターの報告と同時にディスプレイの表示が2分割され、駿河CIC内の様子が表示された。そこには、柳眉を逆立てた白衣の女性――――ローザ・アニング博士の姿が映っている。
これで、エンタープライズ、駿河、DARPA実験船シー・ミラージュとの三者間通信が確立されたのだが……ローザはその事に全く気を留めず、ウェルズ司令に対して本題を切り出した。
『司令、どういう事か説明して頂きたい』
画面の中の若い研究者からは、『相手が誰であろうと構うものか』という、有無を言わさぬ迫力を感じる。しかし、ウェルズ司令もこうなる事は十分予測できていた。アニング女史は対A・W戦において欠かすことのできないブレーンだ。緘口令で人の口に戸をたてても、彼女相手には何の障害にもならないだろう。
『形ばかりの緘口令はここまでだな』と思いながら、ウェルズ司令は答えた。
「大統領令にて、A・W関連事物の兵器転用が認可されました。そして、この新型DSCVの開発に関しては、私自身、これ以上の犠牲者を出さずに済むのではないか……と、期待する所でもあります」
『大統領令!? いや、命令権者が誰なのかは今は……それよりも、犠牲を出さずとは、どういう事ですか?』
ウェルズ司令の言葉の意味を計りかね、ローザが更に問う。しかし、その問いを遮り別の声が2人の間に割り込んだ。
シー・ミラージュのアンドリュー・カーロイが口を開く。
『貴女がローザ・アニング博士ですね? A・W研究の第一人者として、お噂はかねがね……。お会いできて光栄です』
『…………何処の誰だか知らないけれど、後にしてもらえるかしら?』
画面の中のローザが僅かに視線をずらす。彼女が見る画面にも、エンタープライズTFCCとシー・ミラージュの様子が分割表示されているはずだ。ローザは今、横槍を入れて来たアンドリュー・カーロイに胡乱気な視線を向けていた。
しかし、当のカーロイはそんな視線もどこ吹く風。薄ら笑いすら浮かべながら滔々と語り始める。
『いえいえ良い機会です、是非とも自己紹介を……私はDARPA局長のアンドリュー・カーロイ、そして隣の彼女は開発主任のエイダ・ミシェルです。さて、あなたの問いへの回答ですが……ウェルズ司令は最前線で戦う兵士達の犠牲を厭う人物であるからこそ、この新型機開発に理解を示してくださったのですよ。何しろ、この新型――――『オルカ』は無人機であるのですから』
『無人機ですって? それとA・Wに何の繋がりが――――』
反駁するローザを右手の平を突き出し押し止め、カーロイは口を開く。
『順番にご説明いたしましょう。我々DARPAは、以前から無人兵器の開発に注力してきました。既に陸空で運用されているUAVやドローンはその努力の結実です。しかし、海においては無人兵器の実戦運用は不可能だと思われていた――――何故だかわかりますか?』
カーロイは唐突にローザへ問いを投げる。機械工学など専門外のローザでも、その理由は直ぐに思い当たった。そして、同時に新たな疑問が湧き上がる。
『……通信可能圏の問題でしょう? 海中では長距離通信が出来ない。つまり、遠隔コントロールが出来な――――そうよ、不可能のはず! それなのに無人機ですって?』
『そうです。その為、我々は新たなアプローチを試みた。既存の遠隔コントロールではなく、人工知能を使用した完全自立行動が可能な、原義通りのロボットの開発に着手したのです』
DARPA局長は得意げに語る。その様子は、お気に入りのオモチャを自慢しているようにも見えた。
『しかし、開発は難航していました。問題になったのはAIそのもの。戦術データリンク、そして遠隔コントロールから独立して稼働するためには、頭脳たるAIに非常に高い性能が求められます。得られたデータから演算によって答えを導き出すだけではなく、人間と同じように『推論』によって未知の事象に対応する…………それは、既存の0と1の演算装置では達し得ない領域です。そこで、我々が目を付けたのが生物素子による演算装置の代替でした』
『生物素子…………まさかッ!?』
カーロイの言葉の中に紛れた一つのワードが、ローザの懸念事項と結びつく。
『ええ、これも既存の生物の素子――遺伝子では長時間の稼働に耐えられず、開発に行き詰っていたのですが……丁度そんな時にA・W細胞の情報を得ましてね。貴方にはかねがね、お礼を申し上げたいと思っていたのですよ』
そう言うと、アンドリュー・カーロイは鷹揚に一礼して見せた。だが、その様が余計にローザの感情を逆なでした。
『貴方は――――――』
『無人機ねぇ……こりゃぁまた、御大層なのが出て来たもんだ』
ローザが激高しかけた時、ウェルズ司令でもDARPA局長でもない、また別の声が通信に割って入った。その声の主は直ぐに分かった、エンタープライズ第1DSCV隊――ガーフィッシュ隊隊長、ハリー・マディガン大尉だ。
許可なくTFCCの通信に割り込んで来たマディガン大尉に注意するべく、ウェルズ司令はマイクを口元に寄せた。
「感心せんぞ、大尉」
『これは失礼を、試験の開始時刻が押しているようだったので。しかし……成程ねぇ、例の予算削減の話…………出所はアンタ等だな? 国防高等研究計画局の皆さんよ』
マディガン大尉は上官の注意を受け流し、DARPA局長、アンドリュー・カーロイを睨みつけた。




