第79話 The Hunted
鎧を纏った巨大な魚――A・W-4が、恭司達に目を向ける。落ち窪んだ眼窩から覗く眼球がギョロリと動き、6機のDSCVを捉えた時、旗艦エンタープライズから緊急通信が入る。
『戦闘群司令部指揮所よりDSCV隊へ、水上艦艇より雷撃を行う、散開せよッ!』
TFCCのオペレーターが叫ぶ。その内容に宗像三尉が首を捻った。
『雷撃? そんなの、アイツには――――』
『いいから散開! 至急ッ!!』
宗像三尉が疑問を口にしかけるが、そこにマディガン大尉の鋭い声が割り込んだ。全機慌てて距離を開けると、その隙間を無数の魚雷が通り抜けてゆく。
巨大魚は未だ本調子ではないのか、それとも魚雷では自身が傷つくことは無いと学習した故か、回避行動を取る様子は無い。そのまま、魚雷は吸い込まれるようにA・W-4へ殺到、連続する爆発が海中を震わせる。
――――しかし、宗像三尉が疑問を呈したように、A・W-4相手に雷撃など効果は無い。TFCCが何故雷撃などしたのか……その答えはすぐに知れた。
『何だ? A・W-4の様子がおかしい?』
無線から瀬戸二尉の怪訝そうな声が響く。その言葉の通り、モニターに映し出されるA・W-4は全身を痙攣させ、巨大な顎をしきりに開閉させていた。そう……まるで、苦しんでいるように。
DSCV隊が巨大魚の様子に驚いていると、ローザの快哉を叫ぶ声が無線から流れてきた。
『よしッ! 弾頭にオムニトキシンを充填したスペシャル弾、効果はあったようねッ!!』
その言葉に、恭司は驚き目を丸くする。
「ろ、ローザ!? オムニトキシンを海中にばら撒くとかッ!!」
対A・W用特殊酵素――オムニトキシンは大気中や水中に散布された場合、急速にその毒性を失う。とは言え、元々の毒性が飛び抜けている事に加え、毒性を失った後にどのような影響が出るのか把握できていないのだ。恭司が驚くのも無理はない。しかし、ローザの答えには確固たる意志が込められていた。
『ええ……今後、長期に渡ってこの海域の継続調査が必要でしょうね。けど、それは私がキッチリやってやるわ。それに、どんな影響が出ても必ず解決して見せる。だからここで、A・W-4を必ず倒すのよッ! これ以上、ヤツに好き勝手させてたまるもんですかッ!!』
そもそも彼女は資源メジャーの建前とは言え、海底開発の環境アセスメントのためにケロンで研究を行っていた生物学者だ。広範な環境に影響を及ぼしかねない戦術を採るのは相当な苦悩を伴ったに違いない。事実、駿河の医務室で『もっと何か出来なかったのか』と、その心中を吐露していた。
だが、南二尉の死に直面し、彼女も決意を新たにしたのだろう。
人と争いが分かち難いモノであるように、人と自然環境もまた不可分だ。特にこの苦難の時代において、『人か? 自然か?』という二者択一は意味を成さない。
折からの資源不足……人類が生き延びるためには、今まで以上に自然環境への負担を承知で開発を進めねばならない。しかし、自然環境が破綻してしまえば人類も共に滅びてしまうだろう。
――――そんなギリギリの均衡に突き立てられた牙がA・Wだ。
A・Wはあらゆるモノを喰らい、際限なく成長するという……。そんなものの存在を許せば、今まで保ってきた均衡が瞬く間に崩れ、全てが滅ぶのだ。
『皆、今よッ!!』
ローザが叫ぶ。その声に背中を押されるように、6機のDSCVが一斉に行動を開始した。
「イヴッ! 頼むッ!!」
恭司が後部座席のイヴに歌うように促す。
「アイツ、すごく苦しんでる、怒ってる……。けど、もう怖くないんだからねッ! Yu vi za la la la…………」
褐色の少女が歌い始める。すると、苦しみ悶えていたA・W-4の動きが緩慢になった。凶悪無比の巨大魚も、南二尉が口の中でぶち撒けたオムニトキシンと先刻の雷撃で弱っていたのだろう……イヴの歌が確実に枷になっているのが見て取れた。
DSCVはA・W-4に急速接近、それぞれに巨大魚の体表に取り付くと、腰部に懸架していたスケイル・バスターを鱗に押し付けるようにして設置する。
『スケイル・バスター設置……固着確認ッ!!』
無線から響くマディガン大尉の声。恭司はメインモニターに表示される情報を目で追う。スケイル・バスターの接着が完了した旨の表示が明滅する。
「スケイル・バスター固着確認! 効いてくれよ――――インパクトッ!!」
恭司はすかさずコントロールパネルを叩き、スケイル・バスターを起爆する。『ゴウン』という、くぐもった爆音が彼の身体を震わせた。一瞬の後、役割を終えたスケイル・バスターの中央パーツが切り離される、すると――――。
『効果確認ッ! 出血してる、鱗を抜いたぞッ!!』
歓喜を含んだ瀬戸二尉の声。恭司の八式も、スケイル・バスターの抜け落ちたパーツの跡から、赤黒い液体が海中に流れ出している様子を捉えていた。
『全機、トドメだッ!!』
無線からマディガン大尉の命令が聞こえてくる。それと同時……いや、それよりもわずかに早く、恭司の手は半ば無意識に八式のマニピュレーターを操作していた。
八式右腕のインジェクション・パイルを鱗に穿たれた穴に捻じ込み、起動する。
「オムニトキシン、インジェクションッ!!」
他のDSCVも同様にインジェクション・パイルを巨大魚に突き立て、A・W細胞を殺し尽くす致命の毒を巨大魚の体内に流し込んだ。
積み込んでいたありったけのオムニトキシンを注入し、DSCV隊はA・W-4から離れる。海中に流れるイヴの歌を聴きながら、巨大魚は苦しみに悶える事も出来ずに沈んで行く。オムニトキシンを注入された部位からボロボロと鱗が剥がれ落ち、全身から噴き出る血が海流に捲かれて消えてゆく…………その様はまるで、巨大な城が崩れ落ちるようにも見えた。
「…………これで、ようやく」
様々な思いが去来する中、恭司は胸を撫で下ろした…………しかし。
「ッ!? キョージ、下に居るッ!!」
突然、イヴが叫ぶ。
『ソナー感! 直下から何か来る、デカいぞ! 全機散開しろッ!!』
一瞬遅れて、マディガン大尉の命令が飛ぶ。DSCV隊が大きく後退すると、海の底から恐ろしく巨大な『何か』が、海を割り天を衝く勢いで上昇してきた。
――――そして、巨大なソレは……A・W-4の死骸に喰らい付き、一息に飲み込んだ。




