第69話 分断世界
甲高い金属の破断音が水中に響き渡る。011……瀬戸二尉の八式が、左腕に装備したグラップル・プライヤーで敵DSMVの右腕を挟み潰し、切断したのだ。
切断されたDSMVの腕は、その手に握った携行式短魚雷発射機ごと海底に沈んでゆく。
更に、片腕を失いバランスを崩したDSMVの背後から012が接敵し、バックパックのメインスクリューをやはりグラップル・プライヤーで破壊する。
攻撃手段と推進力を失ったGLFのDSMVは観念したのかフレームを切り離し緊急脱出、エアバッグを膨らませた耐圧殻が、海面へと浮上していった。
水上艦艇の散布式爆雷による攻撃で乱れた敵部隊のフォーメーション。それを立て直す間を与えず、第1戦闘艇小隊は一気に接近……白兵戦に持ち込んだ。
当然だが、魚雷を白兵距離で撃てば撃った側も被害を被る。それを逆手に取り、敵部隊が態勢を整える前に接近することで魚雷での攻撃を封じたのだ。
戦闘距離による使用兵装の取捨選択……戦い慣れたベテランであれば迷うことは無い。しかし、GLFのDSMVはペッパーボックスしか遠距離兵装を持っていないのだ。白兵戦ではデッドウェイトにしかならない唯一の武器を捨てるか否か…………この判断はベテランのアビスウォーカーでも迷いが生じる。
その隙を突き、首尾よく敵機の無力化に成功した第1戦闘艇小隊。ほぼ同時に、ロックフィッシュ隊から敵機を2機無力化した旨の通信が入った。
「俺達が1機処理する合間に2機やったのか。流石は米海軍の精鋭だ!」
瀬戸二尉は喝采する、これで数的優勢は逆転した。戦いの『潮目』は変わり、天秤はこちらに傾いた。後は勢いに乗って敵を押し潰すだけだ。
(こっちは何とかなりそうだ……が、第2小隊の方はどうなってる?)
瀬戸二尉は残るDSMVの位置をソナー画面で確認しながら、擬態戦闘艇の迎撃に出た第2小隊の無事を祈る。
■A・W遊撃艦隊旗艦、空母エンタープライズ、戦闘群司令部指揮所
「DSCV隊、敵DSMVを3機撃破ッ!!」
「各艦、敵ボート部隊を迎撃中、残り4!」
「レーダー、ソナー共に新たな敵影無し、警戒を継続します!」
張り詰めた空気が漂うTFCCの中、クルー達が海上、海中の戦況を次々と報告してゆく。事態は優勢に推移していると誰もが思い始めた時、GLFが強奪した小型旅客機の動向に変化があった。監視衛星『イントルーダー』の情報をチェックしていたクルーが叫ぶ。
「GLFの小型旅客機が進路を変更! A・W-4もそれに追随しつつありますッ!!」
手製のソノブイでA・W-4を『釣る』事に成功したのだろう。それを阻止することが出来なかったのは悔やまれるが、今目を向けるべきは『GLFが何を目標にしているのか』である。
ウェルズ司令が即座に問う。
「旅客機の進路はッ!?」
「現在、東南東へ――――――ッ!? この方角はッ!?」
報告するクルーの声が驚愕に染まる。同時に大型スクリーンの戦略マップに旅客機の進路が表示された。
「なッ!?」
その表示を見たウェルズ司令以下、TFCCに詰めている人員全員が驚きを露にした。
大型スクリーンに表示された予測進路の行き着く先――――――そこは、北マリアナ諸島の南端。米領グアム沖…………軌道エレベーター『タイタン』の地球側海上プラットフォーム建設海域だった。
■同海域、深度50メートル
ウォッチャーの駆る擬態戦闘艇が短魚雷を発射する。随伴するDSMVの携行式短魚雷発射機とは違う、火器管制システムと連動した誘導魚雷……しかし、イヴの歌によって五感が鋭敏化している恭司は冷静さを保ったまま、タイミングを計って誘導デコイを射出――――魚雷は誘導デコイに喰らいつき、八式の直前で爆発した。
『023! 無事かッ!?』
『恭司さんッ!?』
無線から南二尉と宗像三尉の声が重なる。イヴの歌の影響を受けていない2人からすれば、今のは恭司の八式に魚雷が命中したと思っても不思議ではない。
「こちら023、健在です! 機体にも異常なし! それよりも、敵DSMVが散開していますッ!!」
『021了解した。022、我々はDSMVの対応にあたるぞッ!』
『りょ、了解っス!』
こちらの側面に回り込むような動きを見せるDSMVの相手を仲間に任せ、恭司は擬態戦闘艇と対峙する。その時、駿河CICから緊急通信が入った。
『駿河CICより交戦中のDSCV隊へ。GLFの航空機が進路を変更、目標はグアム沖で建造中の軌道エレベーターだと思われる! 可及的速やかに敵を排除せよッ!!』
「ッ!? そんな、タイタンをッ!?」
共有された情報に、恭司は思わず声を荒げた。後部座席のイヴは話の内容が理解できていないらしくキョトンとしている。
その僅かなスキを、ウォッチャーは見逃さなかった。擬態戦闘艇が一気に距離を詰め、恭司の八式に肉薄する。
「しま……ッ!?」
恭司は咄嗟にウォータージェットを全開にし、上方へ逃れようとするが、そんな八式の右脚を擬態戦闘艇の触腕が捕えた。擬態戦闘艇はそのまま八式の背後に回り込み、他の触腕を使い八式を雁字搦めにする。
一般回線を介し、ウォッチャーが語りかけてきた。
『どうやら、我々の狙いに気付いたようだな。こちらも同志から知らせがあった、A・Wの誘導に成功したとな』
ウォッチャーの声には喜びの色が滲んでいる。まんまと策が成ったのだ、無理も無い。内心では喝采の一つも叫びたい筈だ。
しかし、その声が恭司の感情を逆撫でする。
「……ッ! なんでタイタンを狙う!? あれは人類を永らえさせる為の、未来への懸け橋だッ! それを何故ッ!?」
『人類を永らえさせる、未来への懸け橋……。条約機構が流すプロパガンダの丸写しだな』
恭司の怒声。しかし、対するウォッチャーは小動もせず、淡々と答える。
『君達が語る『人類』が言葉通りの意味であれば、我々もこのような選択はしなかったさ』
「何を言っている!?」
『タイタンが完成し永らえる『人類』とは、環太平洋条約機構加盟国の事だ。それ以外の内陸国や第三世界の人々は、君達が定義する『人類』には含まれていない。今現在ですら、海洋国家以外の地域は半ば以上、見捨てられているのだからな』
「そんな事は――――」
反駁しようとする恭司。しかし、その声はウォッチャーの断固とした声に遮られる。
『ない――――と、言えるのか? 海洋開発によって産出された資源は、その殆どがタイタン建設と条約機構内で消費されている。条約機構外に出回る資源の量は極僅かだ。人道支援の名の下に……善行のつもりだろうが、その実情は生かさず殺さず、家畜の扱いと大して変わらん』
ウォッチャーの声に力が籠り始める。これは…………怒り、だろうか?
『そもそも、現在特に混乱している中東と南アフリカは昔からアメリカ、ロシア、中国、そしてヨーロッパ諸国といった所謂『列強』に振り回されてきた。中東は石油利権、南アはかつての植民地時代から続く因習によって混乱が続き、今では資源不況が重なり収拾がつかない有様だ』
擬態戦闘艇の触腕が一層強く締め付けられ、八式のフレームが『ギシリ』と軋む。
『そして列強諸国……海洋開発に邁進する国々は、その責任に背を向け、苦しむ民衆から目を反らし、自分たち以外を爪弾きにしたまま、軌道エレベーターを建造して宇宙に……新たな利権に手をかけようとしている。タイタンは『未来への懸け橋』などでは断じてない。あれは持つ者と持たざる者とを、より明確に分かつ為の楔だ』
「だから破壊するっていうのかッ!? タイタンが無ければ、持つ者だろうと持たざる者だろうと関係なく、いずれ皆滅ぶんだぞッ!!」
再び恭司が叫ぶ。
『タイタンが『たった一つの冴えたやり方』だと? 違うな。『人類』が生き延びるためには、今の歪んだ世界秩序を破壊し、真に人類を一つにせねばならない。かつて世界はイデオロギーによって東西に分断され、貧富の差によって南北に分かたれた。これ以上、君達列強の……条約機構の都合によって世界を砕かせはしない。その為に、我等は命を懸けているのだ!』
ウォッチャーが迷いなく、そして淀みなく答える。
彼等の言葉はすれ違い、その思いは相容れない。まるで、ウォッチャーが語った『分断された世界』を象徴するかのように。




